運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

62. 千尋を求めるα達

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 朝食を食べ終わったフレディに、これで解放されるかと期待したがその通りになるはずもなかった。
 与えられた部屋に戻りレオが来るまで待ちたい気持ちはあれど、ここでフレディに逆らい不測の事態が起きても困る。
 千尋が今できることは、彼の神経を逆撫でしないように行動するだけだった。

 連れられた先はどうやら応接室のような場所だ。
 床には絨毯がひかれ、古いが重厚なソファが置かれていて、調度品もそれに合わせて揃えられている。
 豪華な一人用の椅子に座らされた千尋は、フレディに手を取られると肘置きに両腕を手錠で固定された。

「君はここから一人では逃げられないだろうけれどね。これから来る人達はそう思われないだろうから念のために着けさせてもらうよ」

 冷たい感触が両腕に纏わりつき、不快感を募らせる。不安が押し寄せるが、今の千尋にはただただ従うことしかできないことに歯がゆさを感じていた。
 そのまま待つように言われ、フレディが退出したのと入れ違いでマークスがティーセットを持って部屋に入って来る。
 素早く目線を巡らせ誰もいないことを確認すると近くに来るように手を動かし、できるだけ小さな声でマークスに話しかけた。

「じきに助けが来ます。ライリーとアイリスに伝えて、いつでも動けるようにしてください」

 何気ない様子でティーセットを並べながら話を聞いていたマークスは、一瞬千尋と視線を交わすと軽く頷いて部屋を出ていった。
 無事に伝えられたことにほっと一息ついていれば、今度は複数の足音と共にフレディが部屋に戻ってくる。
 その後ろにはαの男女が複数人。皆一様にニタニタととても気持ちの悪い笑みを浮かべていて、千尋を嘗め回すように見てきて背筋が寒くなった。

「貴方達は、こんなことをしてどうなるか分からないんですか」
「君を攫って今からやろうとしていることをかい? それにどうなるかだって? 君を盾にすればどうとでもなるだろう」
「貴方を手に入れられえば、世界を手に入れられるようなものよ」
「運命の番と出会うより、そちらの方が我らはいいのさ」
「貴方がたの言うことを聞く気はありませんが……?」

 彼らはニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを浮かべると、皆がフレディを見れば彼は気味の悪い笑みを深めるにとどめた。

「それでは、始めましょうか皆さま」

 フレディの言葉と共に始まったのは、千尋自身のオークションのようなものだった。
 α達が次々に千尋を我がものにしようと金額を釣り上げ、様々な条件を提示していく。

「要らないΩをこちらで集めよう」
「あら、では私はここの環境が良くなるように手配するわよ」
「それなら私は……」

 千尋は目の前に面々を無表情に眺めながら、ただただこの無謀ともいえる話し合いを聞き続けた。
 彼らの顔に見覚えはない。
 数多の権力者達と出会ってきた千尋の記憶にないのだから、左程権力に近しい者達ではないのだろう。
 でなければこんなことをしでかすわけがない。

 今まで上流のα達の中で手を出されなかったのは、彼らがお互いに牽制しあっていたからに他ならない。
 千尋が害されることがあれば、周りがここぞと潰しにかかる。そんな時限爆弾のような存在を、敢えて女神と称えることで均衡を保っているのだ。
 勿論、中には運命と番えたことで本格的にそう信じている者も、神聖視している狂信者達もいるのだが、それは全体から見れば極僅かといえよう。

 α達は常に足の引っ張り合いに身を置く。虎視眈々と誰かがミスをするのを狙っているのだ。
 そんな中で、ある程度の地位に身を置くであろう彼らがこうして千尋を害そうしている。
 彼らの末路は考えるまでもない。
 目の前の彼らは、あるはずのない未来を夢見て目をギラつかせながら、どんどん話を進めていく。
 それがどれ程滑稽であるか。
 同時に嫌悪感が沸き上がりながらも、千尋は脱出したときに備えて会話の中から彼らの名前を拾いその顔を頭に叩き込む。
 フレディのような男に手を貸そうとしている者達が野放しにされていいわけがないからだ。



 途中で昼食を挟まれ、尚も話し合いは続いた。
 時間が流れるのが嫌に遅く感じ、壁にかかる時計に何度も目をやりそうになるのを必死に抑える。
 下手な動きを見せ、この先に待ち受けていることを彼らに気づかれてはいけない。

 欲望に溢れた話し合いは長く続いたが、日が傾き始める頃には終わりを迎えた。
 最終的にαの男が千尋を高額と破格の条件で手に入れることになり他のα達は悔しそうにはしていたが、フレディから薬を手に入れることを条件に解散していった。

 この場に残ることになったのは千尋を手に入れることになったαとフレディだ。
 高い酒のボトルを開け、祝杯を上げる彼らを目の前に千尋は小さく息を吐いた。

「さて、これで彼は貴方のものですよ」

 そう言ってフレディが懐から出したのは、大きめの袋に入った粉だった。

「彼はどうやらこの薬の効きが悪いようだからね、多めにお渡ししますよ」
「ははは、些か量が多すぎる気もするが」
「サービスですよ。それだけあれば……他にも楽しめるでしょう?」

 αの男にニタリと笑みを向けられ、全身に寒気が走る。

「君の質問に答えていなかったな。君に言うことを聞かせるのは簡単さ。これで君を運命の番に仕立て上げればいい」
「それで簡単に信じると……?」
「君がかかわる人達は、君に運命を番を斡旋してもらった人が多いだろう? 一番その重要性が分かっている者達が、運命の番と番うことができた君を否定することはできないはずさ」

 自信満々と言い切るαの男に、果たしてそうなるだろうかと千尋は考える。
 確かに千尋が運命の番を見つけたとなれば、彼らは千尋の運命の番であるαを歓迎するだろう。
 だがそれは表向きでしかない。
 権力を望むようなαであろうがなかろうが、千尋の運命の番であろうがただの番であろうが、番った相手は最大限の警戒をされることになるだろう。
 そして今まで以上に監視される日々が待ち構えているに決まっている。
 そうでなければ、レオとの関係を隠すこともないのだから。
 女神とその護衛として、恋人とでも何でもないと周りに見せているのはそういったことが起こりうるからだ。

「あぁ怯えなくていい。ここでは君を番にはしない。君をゆっくり堪能したいからね」

 一体どんな想像をしているのか、舌なめずりをしいやらしい目つきで千尋を見てくるαの男に千尋は不愉快そうに目を細めた。
 だが彼が想像するような未来は訪れはしないだろう。
 何故ならブライアンは既に、アーヴィングが千尋の運命の番だったと知っている。
 今更千尋を運命の番だとして連れて行ったところで、嘘だと言うのが丸わかりなのだ。
 他の者は信用する者も出てくるかもしれないが、ブライアンが迅速に千尋の運命の番は始末済みだと話を広めるはずだ。
 そうでなくとも、ごく一部の人間しか知らないことだが運命の番を亡くしても精神を安定させることができる
薬は既に開発されている。
 アーヴィングの件が無くとも、その薬があれば千尋の運命の番として現れた者を彼らは秘密裏に殺すはずだ。
 もしくは彼らの言うことを聞くように洗脳することも可能かもしれない。
 目の前のαもフレディもそんなことが起こるだろうなどとは想像もつかないのだ。

 それも仕方のないことだろうと千尋は小さく口端を上げる。
 先ほどからポケットの中で何度も震えるネックガードに希望を抱きながら、レオに早く会いたいと思い続けるのだった。
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