運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

59. 運命の番はいらない

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「――その曲は」
「母さんが唯一くれた物だから、忌まわしいけど捨てれなくて。この部屋に、母さんの部屋に置いてあるんだ」

 悪夢を見る中で散々に聞いていた曲がそのままに流れていることに千尋は肌寒さを感じ、無意識に両腕をさする。
 幸いマークスはすぐに蓋を閉じ、歪んだオルゴールの音色は聞こえなくなり気味悪さは薄らいだ。

「αだって分かった時は絶望したよ。あんな父親と一緒になるだなんてさ、悍ましくて堪らなかった。でも幸運だったのは、その頃にはフェロモンを自在に操れたことかな。だから父さんは僕がβだと思い込んでる」

 そのおかげもあり、父親であるフレディはもともと関心がなかったマークスにそれ以上の興味を示さなくなった。
 αであることごバレていたら父親に殺されていたかもしれないとマークスは言う。
 なぜならここの場所は父親であるフレディの楽園で、他のαが居座ることが許されてはいないからだ。
 逃げ出す気力は湧かず、息を顰め暮らす日々。徐々に増えていくΩ達を哀れに思い手を差し伸べることもしたが、結局は薬に溺れてしまう者ばかりだった。

「そうして僕自身も絶望している中で出会ったのがライリーだよ」

 ふわりと目元を緩めて微笑んだマークスの表情はとても温かいものだった。

「彼女は知っているんですか?」
「まさか! 知るわけがないよ。だって僕のフェロモン制御は完璧でしょう?」

 マークスが言う通り、彼の制御は完璧だった。
 千尋やレオのように一切漏れ出ることがなく、そして自在に操れる。
 彼もまた、稀有な存在だった。だから千尋自身、話をきくまでマークスをβだと思い込んでいた。
 それはきっとライリーも同じだろう。

「言わないんですか? 貴方が、彼女の運命の番だと」

 マークスは瞳を一瞬揺らし、全てを諦めたように千尋から視線を逸らす。
 手には力が入り、強く小箱を両手で握りしめていた。
 暫くするとマークスは肩から力を抜いて背もたれにもたれ掛かり、自嘲するような笑みを口元に浮かべる。

「僕は彼女をここから……僕から、逃すつもりだよ。だから君の話を聞いて君が気がつくようにって、ここの人を逃した。最初はマチルドに託したんだけど、反応がなかったから、策を講じて……」

 ライリーを安全に逃がすために、マークスによって隠されていたマチルドの能力で見えたレオの元へ行くように指示を出したのだとか。
 だがマチルドが途中で襲われ、そのショックから記憶喪失になっていたとは思いもよらなかったようだ。
 いつまで経っても千尋が気づいたような気配はなかった。
 故に、他のΩ達を要人達の元へ向かわせることにしたというのだ。
 その際に用いたのが、この場所で作られていた新しい薬物。これはフレディが偶々薬を掛け合わせた過程でできたものだった。
 Ω達を言葉巧みに外へ出し、マークスの狙い通りに彼らは薬で運命の番を誤認した結果、世間を騒がせた数々のフェロモンアタックへ繋がったという。
 誤算があったとすれば、フェロモンアタックに怯えたαがレオを欲しがり、千尋の噂をアロンから聞いたフレディが千尋に興味を示してしまったことだ。
 そのせいでα達とフレディが手を組んでしまい、千尋の誘拐に至ってしまったと、いうことらしかった。

「そんな回りくどいやり方をしなくても、ライリーを逃がせたでしょう?」
「確かにできた。できたけど、でも……運命の番に出会ってしまったら、どうしても離れがたかったんだよ。千尋がくるまでは彼女の傍に居ても良いだろうって、思ってしまったんだ」
「一緒になろうとは思わないんですか? 普通はそう思うでしょう?」

 千尋は不思議でならなかった。
 こんなに近くにいるというのに、そして傍から見れば少なからず好意を持っている様子を見せているライリーを相手にして、何故拒否をするのかと。

 今まで見てきたα達は皆、運命の番を目の前にすれば一目散に番にすることを望む者ばかりだった。
 レオだけが例外だが、彼は特殊過ぎる部類のαなので他のαと同列には語れない。

「だって……僕は汚れてるから。母さんが言っていた意味が良くわかる。あんな親から産まれて、母親も殺して……顔もこんなでしょ? どうやっても愛されるだなんて思えないよ。それが例え、運命の番であったとしても」

 全てを諦め切った顔で口端を上げるマークスに、千尋は心がひどく痛んだ。
 運命の番から必ず揺るぎない愛を獲得できると考えていない、まだ幼さの残る青年には悲壮感が漂っている。

 レオ以外に運命の番に抗える存在がいることは嬉しいがしかし、彼のこれまでの人生を聞いた後ではそう喜べるものではなかった。
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