運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

文字の大きさ
上 下
76 / 98
第二部-失意の先の楽園

60. 運命の番はいらない2

しおりを挟む
「勿論、千尋にともそうなりたいとは思ってないよ。安心して?」

 マークスにそう言われ、毛並みを逆立てる猫のように一気に肌が粟だ立つ。
 ライリーに想いを寄せている様子から、千尋もまたマークスの運命の番であると気がつかれていないと思っていたが、そんなことはなかった。
 すぐさま警戒心を強めた千尋にマークスが両手を上げ、なにもする気はないと示す。

「言ったでしょ? 千尋ともそうなりたいとは思わないって。それに、同じ能力を持っているからかな、千尋にはライリーに感じるような衝動は感じないんだよ」

 確かに千尋自身も、マークスと話せば経験から肌が騒めく。
 しかしブライアンやアーヴィングの時のような、運命の番を本能で追い求めてしまう衝動、離れがたさや求めてやまない飢えのようなものもは欠片は一切感じなかった。

 あるのはただただ、己の運命の番だということへの嫌悪感と悍ましさだけだ。
 黙り込んだ千尋にマークスは何を思ったのか、予期せぬ問いかけをしてきた。

「それとも千尋は……僕とどうにかなりたかったの?」
「まさか!」

 慌てて否定すれば、良かったとマークスが安堵の息を吐く。
 だが僅かに疑念の色が浮かんでいるのを見て取った千尋は逡巡したが、マークスに本音で話すことにした。

「私も貴方と同じで、運命の番と番う気は欠片もありません。寧ろ私は、運命の番だからと理性を塗り替える程の本能が嫌で嫌で堪らない」
「運命の女神って呼ばれているのに?」
「過去に色々ありまして……運命に抗えるαがいるのかどうか、今の仕事をしながら探していたらいつの間にかそう呼ばれていただけですよ」

 千尋は掻い摘んで運命の番を嫌悪するに至った理由を話す。
 マークスはそれを興味深く聞き千尋の評判とは違う一面に驚きながらも、最終的に共感していた。
 お互い内容も程度も違うが、運命の番に、そしてバース性に思うところがあるからだろう。

 一通り聞き終えたマークスは、どこか嬉しそうに千尋を見て微笑む。
 お互いがの持つ能力のお陰で、自分の選びたい者が選べることが嬉しくて堪らないと笑う彼に千尋も同意する。
 それと同時に、あのつらく苦しい思いを三度体験せずに済んだことに千尋も安堵を覚えていた。

「まさか千尋も僕の運命の番なのはビックリしたけど、彼女以外に惹かれなくて良かったって心から思えたよ」

 理性で選び取れるのは素晴らしいと言うマークスは、けれどもライリーを諦めることに変わりはないようだった。
 確実にこの場所から逃がして、そして見えている別の運命にライリーを導こうとしていたのだ。
 その手助けをして欲しいと千尋に頭を下げるマークスに、なんとも言えない気持ちになる。

「ライリーを逃したあと、貴方はどうするんですか?」
「そうだね……きっと父が千尋を連れ去ったことでここも終わりだろうから、最後にあの人を処分して、僕も消えたらいいよね」

 迷いなく笑ったマークスは、未来を全て諦めていた。

「僕は彼女が幸せになれるならなんだっていいし、どんなことでもするよ。したくはないけれど、千尋のことを脅してもいいし。それとここに来てしまったΩ達は確かに可哀想だけど……うん。ライリーが助かれば他はどうでもいいと思ってる。……こんな考え、酷いと思う?」

 その考えがよく分かる千尋は、困った様に微笑んでマークスに同意する。
 千尋にはレオとそして成瀬がいる。彼ら以外がどうなろうと同情こそすれ、そこまで心を痛めることはない。
 家族を切り捨てたように、運命の番を物理的に切り離したように、そうできるだけの非情さを千尋は持っているからだ。

――選び取れる力が羨ましい。と彼は千尋を怖がるどころか、どこか眩しそうに見てくる。

 こんな場所で出会っていなければ、こんな場所に生まれていなければ、あんな親でなければ。マークスは憤りを零す。
 運命の番が目の前に傍にいるというのに、本能に狂わずライリーを逃がそうとする。
 そして理性でもってライリーを求め、それ以外を切り捨てようとするマークスは他のαとは違うように千尋は感じていた。

「ここを脱出したあとのことは、千尋にお願いしてもいいかな? 運命の番のよしみってことで」

 脅すと言いつつも、お願いしてくる彼の心根の優しさが千尋には眩しく見える。

「……請け負いますよ」
「よかった。助けがくるまであと数時間くらいかな? でもそれまでは、あと少しだけ、彼女の傍にいたいんだ。我儘かなぁ」

 我儘とも言えない小さな願いは、僅かに陽の光が差し込み始めた室内に虚しく落ちていった。
しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。