運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

58. マークスと母

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 一通り話を終えた千尋は、マークスと共に与えられた部屋に戻る。
 ライリーとアイリスは、そんな千尋達に希望を抱いた瞳で別れを告げると、慣れたように屋根裏へまた姿を隠した。
 誰にも会うこともなく、難なく部屋に戻った千尋はベッドに腰かけるとマークスに向き直る。
 部屋の片隅にある椅子と何かの小箱を持ってベッドの近くに位置取り腰掛けた。

「貴方に聞きたいことは山ほどあります」
「そうだろうね。どこから話そうか――」

 マークスは膝に置いた小箱を軽く撫でながら、話始めた。

 マークス・マーキンスはフレディがこの場所で最初に囲い込んでいたΩのうちの一人が生んだ子供だ。
 母親はマークスを産んだが、それでもフレディの愛を独り占めできないことに気が付き、マークスを放置した。
 一度もこの場所から出ることも叶わず、けれども森の中で見つけた古びたラジオから知識を蓄えていき、この場所が歪な場所であると認識していった。
 時が経つにつれΩの数は増えていく。
 そんな中でマークスを世話してくれる大人も現れたが、しかし彼らも薬に溺れ、最終的にはフレディの言いなりになっていた。
 成長し沢山のΩと関わる中で、マークスはある能力を徐々に覚醒させていった。
 それは “Ωの運命が分かる” という能力。

「千尋の力と対のような能力だよね」

 引き攣れた肌を器用に釣り上げ、疲れたように苦笑したマークスはさらに話を続ける。
 その能力から、自身の母親の運命の番の場所を見たマークスは、母親を救えると嬉々として彼女に告げたのだが――待っていたのは嘲るように鼻を鳴らした母親の姿だった。

「ねぇ、それを私に言ってどうするのよ」
「ここを出てその人の所に行けば母さんは幸せになれるんだよ! だって運命の番だもん!」
「ははっ、あははははッ! 本当にお前もあの人と一緒で、私を絶望に叩き落とすのが好きよね」
「ち、違うよ、僕は母さんに幸せになって欲しいだけで……」

 ゆらりと立ち上がった母親は、マークスの目の前に立ち首に手を掛けてきた。

「お前が言うことが本当だったとして、今更どうなるっているのよ。運命の番? 笑わせないで。私にとってはもう彼だけしかいないのよ!」

 細すぎる枝のような腕でギリギリと喉を締め上げられる。どこにそんな力があるのかというぐらいの力と、食い込んでいく伸びた爪が痛かった。
 酸欠になりながら、しかしマークスは母親から視線を外すことができず、大した抵抗もできずにいた。
 意識がゆっくりと遠のく傍らで、母親は涙を流しながら虚ろな目をしながら絶えず喋り続ける。

 この世で幸せを享受できるのはほんの一握り。フレディに選ばれ最初はその中の一人になったのだと思ったが現実は甘くなかったと。
 薬と病に侵されボロボロで、かつて誇ったΩの美しい容貌は今や見る影もない。
 そんな状態で、もしマークスの言う通りに運命の番の元に行ったとして、愛してもらえる保障はどこにもないのだと彼女は言う。
 だから己にはフレディしかいないのだと。

「こんなに汚い私を、運命の番だからと言って無条件に愛してもらえると思うえるほど、私は子供ではないし馬鹿でもないわ。なのに、なのにッ!! 今更私に、希望を与えるなんて!!」

 その言葉はマーカスの心に深く突き刺さった。
 視界が黒く染まる直前、漸く首元から手が離れマークスは床に蹲り空気を吸おうと激しく呼吸を繰り返す。
 その間一時的に傍を離れた母親だったが、その手に鋭く光るナイフ片手にマーカスの元に戻ってきた。
 振り上げられ、キラリと光った切っ先に呆然としていたマーカスは我に返りなんとか体を動かしてナイフから逃れた。
 だが母親は繰り返しマークスにナイフを振りかざしてくる。
 その目には確かに憎しみが宿っていた。どうしようない恐怖に駆られたマークスは机をなぎ倒し、椅子を引き倒して進路を妨害した。
 床には机に乗っていた物が散乱する。まだ元気で機嫌が良かった母親が唯一マークスに手渡したオルゴールが鈍い音を立てて床に転がり、歪んだ音を鳴らす。
 母親は暖炉から熱されていた灰かき棒を取り出すと、今度はそれを振り回しながら迫って来た。

 灰が勢いよくマークスに勢いよく降りかかり、思わず目を閉じれば次に襲ってきたのは顔を焼くほどの熱さ。
 目が見えないまま、皮膚が焼ける痛みのままに、がむしゃらに抵抗していれば鈍い音が聞こえ、その後に何かが焼ける音が聞こえた。

 恐る恐る目を開ければ、頭を暖炉に突っ込み燃える母親の姿。
 マークスは死の恐怖から解放されたことと、母親を殺してしまったことで体の震えが止まらなくなってしまった。
 部屋には叫び声の代わりに、壊れたオルゴールの音色が流れ続けていた。

「あれから母さんが毎夜夢に出てきて、あの日のことを繰り返すんだ」
「フレディは……貴方の父親はなんと?」
「そうなんだ? っていわれただけだよ。だから僕は母さんを引きずって裏庭に埋めた」

 マークスは手にした小箱を徐に開く。すると流れてきたのは、聞き覚えがあるメロディだった。

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