運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

文字の大きさ
上 下
69 / 98
第二部-失意の先の楽園

53. ライリーとの再会

しおりを挟む
 ギシギシと鳴る薄暗い廊下をマークスを先頭にして進んでいけば、最奥の部屋に辿り着く。
 その部屋はどうやらマークスの自室らしいのだが、およそ若い青年の部屋とは思えないほど質素だった。

 部屋の中に誰もいないことを不審がっていれば、マークスがクローゼットの扉を開き、天板を外して屋根裏に続く梯子を下ろした。
 千尋にその場で待つように指示したマークスは躊躇いなく梯子を登ると、ライリーに声をかけたようだ。
 再び降りてきたマークスのあとに続くように、ライリーが屋根裏から姿を表す。

 いつものキッチリとしたスーツではなく、ラフなTシャツにゆったりとしたズボンを穿いた姿は見慣れなくて新鮮味がある。
 だがその表情はやつれていて、疲れ切っていることが見てとれた。

「ライリー……」
「千尋っ!!!」

 千尋の姿を認めた途端、少し落ち窪んだ目から涙を溢れさせたライリーがその場に泣き崩れた。
 ごめんなさいと千尋に対し何度も謝罪を繰り返すライリー。その背中を落ち着かせるようにマークスが寄り添い優しく撫でていた。

「貴方にしたことを忘れたわけじゃないの。でも、確実に頼れるのは貴方しか思いつかなくて……」

 しゃくりあげながら、しかし声音をできる限り抑えたライリーはこの場所に居る経緯を語り始めた。

 デビュタントの後、千尋に憤りをぶつけた彼女だがそれで心の整理がついた、という分けではなかった。
 告げることもできずに終わった想いは燻ったまま、目の前で繰り広げられる幸せはライリーの心をさらにどん底に突き落としていった。
 そしてある日、以前からΩの友人たちの間の噂で聞いていたこの場所へ行くことを決めたのだという。
 身元を知られ、家族に迷惑をかけることを恐れたライリーは、名前を偽りこの場所を訪れた。
 フレディは優しい顔で新入りであるライリーを受け入れ、他のΩ達がこの場所がいかに素晴らしいのか語って聞かせたという。

「初めてこの場所に来たとき、皆が幸せそうな表情で噂は本当だったんだって思ったんです……でも……」

 楽園なんだと錯覚したのは最初の数日だけ。
 忙しい仕事からも、心を刺してくるような幸せな光景からも隔絶され、ライリーはここの生活で心を癒し始めていた。
 そんなある日の夜半。安全だからと夜の森をこっそり散歩していたところ、千尋が昼間に見せられたような光景を見てしまう。
 不安が過る中、周りのΩから度々見知らぬ薬を勧められるようになった。
 よくよく観察していれば、中毒者のような行動をする者も見かけることが多くなり、想像していたような場所ではなったとそこで思い至ったという。

「それからは自分の部屋から出れなくなって、そうしたら彼が助けてくれたんです」

 マークスに手渡されたタオルで目元を拭うライリーは、話している間に漸く落ち着きを取り戻したようだった。

「ライリーが本名をあの人に明かさなかったからここに匿うことができたんだよ。もし知られていたら、無理矢理薬を飲まされて利用されてたはずだからね」

 顔を歪ませ何かに耐えるような表情をするマークスは、心からライリーを案じているようだった。

「それでも姿が見えなければ疑われるのではないですか?」
「あの人はここの住人を正確に把握してる訳じゃないから、そこは大丈夫」

 そうであるならばライリーを逃すことも可能だったのではないか。
 口を開きかけたその時、ポケットの中に隠したネックガードが震えたのが分かり、千尋は僅かに安堵の息を漏らした。

しおりを挟む
感想 93

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。