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第二部-失意の先の楽園
53. ライリーとの再会
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ギシギシと鳴る薄暗い廊下をマークスを先頭にして進んでいけば、最奥の部屋に辿り着く。
その部屋はどうやらマークスの自室らしいのだが、およそ若い青年の部屋とは思えないほど質素だった。
部屋の中に誰もいないことを不審がっていれば、マークスがクローゼットの扉を開き、天板を外して屋根裏に続く梯子を下ろした。
千尋にその場で待つように指示したマークスは躊躇いなく梯子を登ると、ライリーに声をかけたようだ。
再び降りてきたマークスのあとに続くように、ライリーが屋根裏から姿を表す。
いつものキッチリとしたスーツではなく、ラフなTシャツにゆったりとしたズボンを穿いた姿は見慣れなくて新鮮味がある。
だがその表情はやつれていて、疲れ切っていることが見てとれた。
「ライリー……」
「千尋っ!!!」
千尋の姿を認めた途端、少し落ち窪んだ目から涙を溢れさせたライリーがその場に泣き崩れた。
ごめんなさいと千尋に対し何度も謝罪を繰り返すライリー。その背中を落ち着かせるようにマークスが寄り添い優しく撫でていた。
「貴方にしたことを忘れたわけじゃないの。でも、確実に頼れるのは貴方しか思いつかなくて……」
しゃくりあげながら、しかし声音をできる限り抑えたライリーはこの場所に居る経緯を語り始めた。
デビュタントの後、千尋に憤りをぶつけた彼女だがそれで心の整理がついた、という分けではなかった。
告げることもできずに終わった想いは燻ったまま、目の前で繰り広げられる幸せはライリーの心をさらにどん底に突き落としていった。
そしてある日、以前からΩの友人たちの間の噂で聞いていたこの場所へ行くことを決めたのだという。
身元を知られ、家族に迷惑をかけることを恐れたライリーは、名前を偽りこの場所を訪れた。
フレディは優しい顔で新入りであるライリーを受け入れ、他のΩ達がこの場所がいかに素晴らしいのか語って聞かせたという。
「初めてこの場所に来たとき、皆が幸せそうな表情で噂は本当だったんだって思ったんです……でも……」
楽園なんだと錯覚したのは最初の数日だけ。
忙しい仕事からも、心を刺してくるような幸せな光景からも隔絶され、ライリーはここの生活で心を癒し始めていた。
そんなある日の夜半。安全だからと夜の森をこっそり散歩していたところ、千尋が昼間に見せられたような光景を見てしまう。
不安が過る中、周りのΩから度々見知らぬ薬を勧められるようになった。
よくよく観察していれば、中毒者のような行動をする者も見かけることが多くなり、想像していたような場所ではなったとそこで思い至ったという。
「それからは自分の部屋から出れなくなって、そうしたら彼が助けてくれたんです」
マークスに手渡されたタオルで目元を拭うライリーは、話している間に漸く落ち着きを取り戻したようだった。
「ライリーが本名をあの人に明かさなかったからここに匿うことができたんだよ。もし知られていたら、無理矢理薬を飲まされて利用されてたはずだからね」
顔を歪ませ何かに耐えるような表情をするマークスは、心からライリーを案じているようだった。
「それでも姿が見えなければ疑われるのではないですか?」
「あの人はここの住人を正確に把握してる訳じゃないから、そこは大丈夫」
そうであるならばライリーを逃すことも可能だったのではないか。
口を開きかけたその時、ポケットの中に隠したネックガードが震えたのが分かり、千尋は僅かに安堵の息を漏らした。
その部屋はどうやらマークスの自室らしいのだが、およそ若い青年の部屋とは思えないほど質素だった。
部屋の中に誰もいないことを不審がっていれば、マークスがクローゼットの扉を開き、天板を外して屋根裏に続く梯子を下ろした。
千尋にその場で待つように指示したマークスは躊躇いなく梯子を登ると、ライリーに声をかけたようだ。
再び降りてきたマークスのあとに続くように、ライリーが屋根裏から姿を表す。
いつものキッチリとしたスーツではなく、ラフなTシャツにゆったりとしたズボンを穿いた姿は見慣れなくて新鮮味がある。
だがその表情はやつれていて、疲れ切っていることが見てとれた。
「ライリー……」
「千尋っ!!!」
千尋の姿を認めた途端、少し落ち窪んだ目から涙を溢れさせたライリーがその場に泣き崩れた。
ごめんなさいと千尋に対し何度も謝罪を繰り返すライリー。その背中を落ち着かせるようにマークスが寄り添い優しく撫でていた。
「貴方にしたことを忘れたわけじゃないの。でも、確実に頼れるのは貴方しか思いつかなくて……」
しゃくりあげながら、しかし声音をできる限り抑えたライリーはこの場所に居る経緯を語り始めた。
デビュタントの後、千尋に憤りをぶつけた彼女だがそれで心の整理がついた、という分けではなかった。
告げることもできずに終わった想いは燻ったまま、目の前で繰り広げられる幸せはライリーの心をさらにどん底に突き落としていった。
そしてある日、以前からΩの友人たちの間の噂で聞いていたこの場所へ行くことを決めたのだという。
身元を知られ、家族に迷惑をかけることを恐れたライリーは、名前を偽りこの場所を訪れた。
フレディは優しい顔で新入りであるライリーを受け入れ、他のΩ達がこの場所がいかに素晴らしいのか語って聞かせたという。
「初めてこの場所に来たとき、皆が幸せそうな表情で噂は本当だったんだって思ったんです……でも……」
楽園なんだと錯覚したのは最初の数日だけ。
忙しい仕事からも、心を刺してくるような幸せな光景からも隔絶され、ライリーはここの生活で心を癒し始めていた。
そんなある日の夜半。安全だからと夜の森をこっそり散歩していたところ、千尋が昼間に見せられたような光景を見てしまう。
不安が過る中、周りのΩから度々見知らぬ薬を勧められるようになった。
よくよく観察していれば、中毒者のような行動をする者も見かけることが多くなり、想像していたような場所ではなったとそこで思い至ったという。
「それからは自分の部屋から出れなくなって、そうしたら彼が助けてくれたんです」
マークスに手渡されたタオルで目元を拭うライリーは、話している間に漸く落ち着きを取り戻したようだった。
「ライリーが本名をあの人に明かさなかったからここに匿うことができたんだよ。もし知られていたら、無理矢理薬を飲まされて利用されてたはずだからね」
顔を歪ませ何かに耐えるような表情をするマークスは、心からライリーを案じているようだった。
「それでも姿が見えなければ疑われるのではないですか?」
「あの人はここの住人を正確に把握してる訳じゃないから、そこは大丈夫」
そうであるならばライリーを逃すことも可能だったのではないか。
口を開きかけたその時、ポケットの中に隠したネックガードが震えたのが分かり、千尋は僅かに安堵の息を漏らした。
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