運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

52. 一人きりの夜

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 警戒心から神経が昂り、酷く疲れているはずなのに目が冴えてしまい、時間が経っても千尋は寝付けずにいた。
 起きた出来事があまりに多すぎるせいもあるだろうし、この空間のせいでもあるだろう。
 この部屋に内鍵は当然のようになく、いつ誰がこの場に入って来るか分からない。身を守る術が何もない状態の千尋にとってこの部屋は安全とは言えなかった。

 夜が進み真っ暗になった外ではフクロウの鳴く声が度々聞こえ、この場所が街中ではないのだと思い知る。
 ここには朝まで煌びやかに光るビルや街灯の光も、車や人の喧騒も何もないのだ。
 その違いがこれほど恐怖を煽るとは。
 仕事の関係で人里離れた場所に行くことも少なくはない。だがそういう時であっても千尋の周りには常に仕事相手やレオがいるし、他の護衛だっている。
 仕事を始めてから,自宅にいる以外でただの一度も一人きりということはなかったのだ。

 何よりも、レオが隣に居ない夜などこの数年ありはしなかった。
 それどころか、これほど長い時間レオと離れたこともない。いつもすぐ隣にいるという安心感がない今、千尋は心底心細くて仕方がなかった。
 レオと出会う前であったなら耐えられたかもしれない孤独も、今では深い闇に落とされるようでとても耐えられるものではない。
 心が弱くなったと思う一方で、彼と出会わなければこの世界で生き抜くことも早々につらくなっていたかもしれないとも思うのだ。

 手にしているネックガードを優しい手つきで撫でた千尋は、その宝石の横に隠れるようにしてあるスイッチを押し電源を入れる。
 極僅かな赤い光がチカチカと点滅するのを確認した千尋は、壊れていなかったことに安堵した。
 このネックガードにGPS機能はついていない。だが代わりに通信機能が備わっているものだ。
 発信先は勿論レオなのだが、発信ボタンを押しても何度かコール音が聞こえるだけで繋がりはしなかった。

「電波のせい?……でも着信履歴は残ったはず」

 それを頼りにこの場所を探ることは可能だろうかと千尋は考える。もしそれが可能ならばすぐに助けが来るはずで――

 大丈夫だと分かっていても、見知らぬ場所で一人過ごす夜は怖い。神経は昂るばかりで体力を無駄に消費していくばかりだ。
 食事すら取っていないので仮眠だけでも取り体力を温存しておきたいが、寝れぬまま時間が過ぎていくだけだった。

「レオ……」

 ぽつりと漏れた言葉が、静かな部屋に落ちていく。
 その時、扉の向こう側から床が軋む音が聞こえてきた。手にしたネックガードを素早く隠した千尋は、扉をじっと見つめ警戒心を高める。
 徐々に近づいてくる足音が扉の前で止まると、かちゃりとドアノブが回されゆっくりと扉が開いていった。
 僅かに開いた扉から姿を現したのは、顔半分に酷いケロイドがある青年だ。
 思わず千尋が息を飲めば、彼は慌てたように自身の口元に指を当て静かにするように制してくる。

「僕は怪しい者じゃない……っと言っても信用はできないかもしれないけど」
「貴方は誰ですか? それにこんな遅い時間に何の用ですか」

 青年は周りを気にしつつも、敵意は無いのだと示しながら部屋に入って来た。
 警戒し続ける千尋は腰かけていたベッドから立ち上がると、いつでも動けるように神経をとがらせる。

「僕は君に何もしないよ。ただ会わせたい人がいるだけで」
「私が素直に頷くとでも?」
「ライリー・オブライエン」
「なんですって……?」
「彼女が、君に会いたがってる」

 その名前を聞いた瞬間、頭を殴られたような衝撃が齎された。
 数か月前に行方不明になってから手掛かりすらもなく、彼女の消息は不明となっていた。まさかこの場でその名が出てくるとは思いもよらなかったのだ。

「あぁ、これでもダメかな。もうこれ以上彼女がここに居るって証明ができないんだけど……」

 ズボンのポケットから取り出されたのは小さなバッチだった。
 薄暗い中、距離が離れているためよく見ることができず、千尋が目を細めていればそれを察した彼が投げてよこした。
 慌てて受け取れば、それはライリーの母親であるクレアが経営する会社のシンボルマークを模ったバッチだった。
 これを手に入れることは普通であれば難しい。けれどフレディにはアロンのような伝手も協力者もいる。
 そう考えるとこのような小道具を入手することも簡単なのではないだろうか。そう考えてしまえば全てが疑わしく思えてしまう。
 だが目の前の青年は、懇願するように千尋のことを見ていた。

「貴方の目的は?」
「僕の目的は、彼女をこの場所から逃がしてあげることだよ。それができるのは、千尋だけだって彼女が言ってた。だからお願い、一緒に来て欲しい」

 切実な声音で、しかし真剣な表情で願う目の前の青年からは、悪意を感じ取れない。

「……貴方の名前は?」
「マークスだよ」

 もし本当にライリーがいた場合、見捨てて逃げることなどできないと考えた千尋は、一か八か彼の願いを聞き入れることにした。

「分かりました……案内してください」

 一度深く吸い込みそれから吐き出した千尋は、青年に向かってそう告げた。

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