運命に抗え【第二部完結】

第二部-失意の先の楽園

50. Ωの楽園

「――Ωの楽園」
「そうだよ、素晴らしいだろう？　実際に見てみたら君にもわかるはずだよ」

　そう言ったフレディは千尋の横を通り過ぎ、閉められていた扉を開けて外に出る。

「あぁ、ここから逃げようなんて思わない方が良いよ？　きっと森の中で野垂れ死にするだけだからね」

　促されるまま再び外に出た千尋は、先導するフレディの背を追いながら周りに視線を巡らせる。
　ここがどこであるか何かしらのヒントがあれば――そう思うのだが、目に見えるのは高い木々と点在する家ばかり。
　分かるのは元居たパーティー会場からはかなり離れた場所にある森、ということだけだ。
　しかし詳細な場所が分かったところで、ジャケットに入っていたスマホは回収されていて、千尋に外部への連絡手段はない。
　ネックガードかスマホのどちらかがあればまだよかった。
　どちらもGPSが付けられているので、それらがあればレオがすぐに助けに来れたはずなのだから。
　だが今はそのどちらも手元にない。
　どの辺りで捨てられたか分からないが、今いる場所の近くではないだろう。
　それでも捨てられた場所が元いた街から離れていれば、向かった方向くらいは分かるのではないだろうかと千尋は考えていた。

ーー下手に動かない方が良いかもしれない。　

　レオならなにかしらの手段できっと千尋を見つけてくれる。力を貸してくれる者達も数多く居るだろう。
　だから大丈夫なのだと自身に言い聞かせるのだが、不安は拭えず首元を無意識に触ってしまう。

「ネックガードに縛られるΩは可哀想だと僕は常々思ってるんだよ。精神的に依存して、君のようになる」

　首元に置かれた手を指摘され、千尋は不愉快極まりなかった。
　だがフレディはそんな千尋の姿が面白いらしく、ケラケラと笑いながら足を進めていく。

「ここで暮らすΩ達は自由さ。ネックガードから解放されている。なによりα達に怯えなくていい。素晴らしいだろう？」
「怯えなくていい？　笑わせないでください。ここにαが一人も居なければそれも可能でしょうが、そうではないでしょう？　私を連れてきた二人はαだし、貴方もαですよね」

　立ち止まりゆっくりと振り返ったフレディが、口角を限界まで上げそれがどうしたとばかりに笑みを形作る。
　あまりの気味の悪さに肌が一気に粟立った。

「そうさ、僕はαだ。だからなんだって言うんだい？　元々ここは僕だけの楽園だったんだから僕が居るのは当然だよ」

　まるで昔を懐かしむようにフレディは語りだす。

　元々ここは、フレディが付き合っていたΩ達を囲うための場所だったと言う。
　森の奥、自然だけしかない場所ではαはフレディしかおらず、多数のαに怯えることもなければ煩わしいネックガードからも解放される。
　だがその内、フレディが囲うΩが外部のΩを呼び、気がつけばΩが沢山住まうようになったというのだ。

　この場所に辿り着くΩは皆、心に傷を負っていて街で生活することができなくなった者達だったらしい。
　
「そんな時に僕のΩが言ったのさ。この場所をΩの楽園にしたらいいってね！　素晴らしいだろう？」

　弱った心に付け入るのは至極簡単で、優しい言葉を先住のΩからかけられ、αであるフレディが良い人を演じれば皆面白いように騙された。
　そうして受け入れたΩにフレディは、己の欲望と引き換えに安全を与える。
　彼はこの場所では救世主と位置付けられているのだと、心底可笑しそうに笑い声を上げる。

「正しくwin-winってわけさ！」

　咎める者が誰もいない、フレディの好きにできる楽園。
　そうして好き勝手に暮らしていれば、いつの間にかΩの両親達から寄付金が寄せられるようになる。
　彼らはフレディが子供を救ってくれたと本気で思っていて、納めらる額も相当なものなのだとか。

「本当におかしいよね？　だから僕も彼らが望むように彼らの前では振る舞うのさ。そう、君みたいにね」