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第二部-失意の先の楽園
49. 不気味な男
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扉の先で待ち構えていたのは頬のこけた背の高い男だった。
無造作に伸ばされた肩にかかる髪に、痩せているせいか影のできる顔。
吊り上がった口端と三日月のように細めた目で不気味に笑う男を前に、言い知れぬ緊張感が襲いくる。
一歩進む度に軋む床、薄暗くある程度の広さがある室内には、目の前の男と千尋を連れてきた男達しかいない。
古びた室内は広間のようになっていて、長椅子が男を中心に半円を描くように複数置かれていた。
扉の前から動かずにいれば背中を押されたたらを踏む。振り向けば男の一人に顎で男の元へ行くようにと示された。
警戒しながら少しずつ歩みを進めていけば、目の前の男が両手を広げさらに口角を吊り上げていく。
「待っていたよ千尋君。α達の運命の女神様」
名前を呼ばれさらに警戒心を募らせれば、何が面白いのか男は笑みを消すことなく千尋に近づいてくると、上から千尋の顔を覗き込んできた。
「なるほど、女神に相応しい美しさだねぇ? 写真もないから君がどんな人物か分からなくてね、やっと君を見れて僕は今嬉しさでいっぱいだよ!」
まるで舞台俳優のように両手を広げてくるくると回る男は、怪訝な表情で彼のことを見る千尋に気が付くと、これまた芝居がかったように話し出す。
「あぁ、そんなに警戒しないでおくれよ! 僕はフレディ・マーキンス。この村の、そうだねぇ……そうそう。村長のようなものさ」
差し出された骨ばった大きな手に、千尋は視線を向けただけで握ろうとはしなかった。
誰が好き好んで誘拐犯である男と握手などできようか。
「あらら、嫌われちゃったのかな? まぁ仕方ないね、こんな誘拐みたいな連れてこられ方したらねぇ」
ケラケラと笑う様はとても正常な理性を保っているようには見えない。
そのことが更に千尋の警戒心を強めているのだが、彼はそれには気が付いていなようだった。
不安から無意識に首元をさすってしまう千尋だったが、それを目ざとく見つけたフレディはニヤリと笑う。
「あぁそうだ、君のネックガードは外させてもらったよ? 何でも厄介な機能が付いてるみたいじゃないか」
「……それを一体どこで?」
「おやびっくり、声まで綺麗なんだねぇ。上流階級のα達が君を気に入るがわかるよ、うんうん」
フレディは千尋がいかに数多のΩより美しさが突出しているかを朗々と語るが、会話のペースが乱され眉間に僅かに皺を寄せてしまう。
「あぁ、ネックガードの話だったね。気になるよねぇ? 答えは簡単、アロン・マローニからさ!」
予想していた通りの名前が出てきたことで、千尋は落胆の色を隠せなかった。
千尋の存在も特殊なネックガードの存在も、確かに今まで秘されてこれたことが奇跡だと言える。
だがそれは、千尋に運命の番を導いてもらえるαが大多数であったからこそ守られていたものでもあった。
アロンのように、自分に運命の番はいらないがその幸運を自身の子供に与えたい――そう考え、その願いが叶わなかった者からすれば、千尋に恩を感じることもなければ敬う必要もないのだ。
他のα達からの圧力、そして排除されることへの恐れがなければ、アロンのような行動に移すこともありうるというわけだ。
権力を持っている人間は、手にしているものを自ら手放したりはしないもの。
だからこそ、千尋の恩恵に預かれなくても彼らは礼儀正しくしていたのだ。
だがアロンはそうではないらしい。
「彼は一番最初の支援者で、君のことを色々と教えてくれたのも勿論彼だ。とってもいい人だよね? だけど彼以外にもこの場所と、そして僕の考えに賛同してくれる上流社会のαは増えてきてるんだよねぇ……君は知ってたかい?」
「貴方の考え……?」
一体この場所がどんなところで、それにどんな意味があるのか。
アロン以外の権力を持つα達が賛同するフレディの考えというのも気になるところだ。
千尋の問いかけに、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑みを深めたフレディが、再び両手を大きく広げ一際大きな声を上げる。
「Ωはそのバース性のおかげで不遇の扱いを受ける子達が大多数だ。君みたいな人は例外中の例外というわけだ。あぁ、それに権力者たる一部αの子供達もね。それ以外は……言わずもがなだ、そうだろう?」
フレディはいかにΩの性を持つ者が可哀想であるかを説く。
そしてそれは、千尋という存在が現れてから上流社会においてはより顕著であると言う。
今まで一般的なΩよりも、金銭的にも環境的にも優れていると思っていた上流社会に身を置くΩ達。
だが彼らはいくら千尋に依頼できる金銭や地位があろうとも、運命の番とは出会えない。
周りのαが次々に運命の番と出会っていく、そしてその隣には最高の幸せを享受する同じバース性を持つΩ。
それを目の当たりにする彼らが絶望感を味わうのは必然とも言えた。
「なんとも可哀想なことだろう? だから僕はこの場所へ彼らを受け入れた。そう、君が幸せにできないΩ達をね」
フレディの言葉が針のように突き刺さる。
千尋とて、好んで彼らを切り捨ててきたわけではない。だが結果としてそうなってしまった事実は変わりようがないのだ。
「すなわちここはそんな彼らの――Ωの楽園なのさ」
振り返りったフレディは、千尋を挑発するように不気味さを伴う満面の笑みを向けてくるのだった。
*やっと第二部の副題回収ができましたっ!!!
最後までおつきあい頂けると嬉しいです!!
無造作に伸ばされた肩にかかる髪に、痩せているせいか影のできる顔。
吊り上がった口端と三日月のように細めた目で不気味に笑う男を前に、言い知れぬ緊張感が襲いくる。
一歩進む度に軋む床、薄暗くある程度の広さがある室内には、目の前の男と千尋を連れてきた男達しかいない。
古びた室内は広間のようになっていて、長椅子が男を中心に半円を描くように複数置かれていた。
扉の前から動かずにいれば背中を押されたたらを踏む。振り向けば男の一人に顎で男の元へ行くようにと示された。
警戒しながら少しずつ歩みを進めていけば、目の前の男が両手を広げさらに口角を吊り上げていく。
「待っていたよ千尋君。α達の運命の女神様」
名前を呼ばれさらに警戒心を募らせれば、何が面白いのか男は笑みを消すことなく千尋に近づいてくると、上から千尋の顔を覗き込んできた。
「なるほど、女神に相応しい美しさだねぇ? 写真もないから君がどんな人物か分からなくてね、やっと君を見れて僕は今嬉しさでいっぱいだよ!」
まるで舞台俳優のように両手を広げてくるくると回る男は、怪訝な表情で彼のことを見る千尋に気が付くと、これまた芝居がかったように話し出す。
「あぁ、そんなに警戒しないでおくれよ! 僕はフレディ・マーキンス。この村の、そうだねぇ……そうそう。村長のようなものさ」
差し出された骨ばった大きな手に、千尋は視線を向けただけで握ろうとはしなかった。
誰が好き好んで誘拐犯である男と握手などできようか。
「あらら、嫌われちゃったのかな? まぁ仕方ないね、こんな誘拐みたいな連れてこられ方したらねぇ」
ケラケラと笑う様はとても正常な理性を保っているようには見えない。
そのことが更に千尋の警戒心を強めているのだが、彼はそれには気が付いていなようだった。
不安から無意識に首元をさすってしまう千尋だったが、それを目ざとく見つけたフレディはニヤリと笑う。
「あぁそうだ、君のネックガードは外させてもらったよ? 何でも厄介な機能が付いてるみたいじゃないか」
「……それを一体どこで?」
「おやびっくり、声まで綺麗なんだねぇ。上流階級のα達が君を気に入るがわかるよ、うんうん」
フレディは千尋がいかに数多のΩより美しさが突出しているかを朗々と語るが、会話のペースが乱され眉間に僅かに皺を寄せてしまう。
「あぁ、ネックガードの話だったね。気になるよねぇ? 答えは簡単、アロン・マローニからさ!」
予想していた通りの名前が出てきたことで、千尋は落胆の色を隠せなかった。
千尋の存在も特殊なネックガードの存在も、確かに今まで秘されてこれたことが奇跡だと言える。
だがそれは、千尋に運命の番を導いてもらえるαが大多数であったからこそ守られていたものでもあった。
アロンのように、自分に運命の番はいらないがその幸運を自身の子供に与えたい――そう考え、その願いが叶わなかった者からすれば、千尋に恩を感じることもなければ敬う必要もないのだ。
他のα達からの圧力、そして排除されることへの恐れがなければ、アロンのような行動に移すこともありうるというわけだ。
権力を持っている人間は、手にしているものを自ら手放したりはしないもの。
だからこそ、千尋の恩恵に預かれなくても彼らは礼儀正しくしていたのだ。
だがアロンはそうではないらしい。
「彼は一番最初の支援者で、君のことを色々と教えてくれたのも勿論彼だ。とってもいい人だよね? だけど彼以外にもこの場所と、そして僕の考えに賛同してくれる上流社会のαは増えてきてるんだよねぇ……君は知ってたかい?」
「貴方の考え……?」
一体この場所がどんなところで、それにどんな意味があるのか。
アロン以外の権力を持つα達が賛同するフレディの考えというのも気になるところだ。
千尋の問いかけに、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑みを深めたフレディが、再び両手を大きく広げ一際大きな声を上げる。
「Ωはそのバース性のおかげで不遇の扱いを受ける子達が大多数だ。君みたいな人は例外中の例外というわけだ。あぁ、それに権力者たる一部αの子供達もね。それ以外は……言わずもがなだ、そうだろう?」
フレディはいかにΩの性を持つ者が可哀想であるかを説く。
そしてそれは、千尋という存在が現れてから上流社会においてはより顕著であると言う。
今まで一般的なΩよりも、金銭的にも環境的にも優れていると思っていた上流社会に身を置くΩ達。
だが彼らはいくら千尋に依頼できる金銭や地位があろうとも、運命の番とは出会えない。
周りのαが次々に運命の番と出会っていく、そしてその隣には最高の幸せを享受する同じバース性を持つΩ。
それを目の当たりにする彼らが絶望感を味わうのは必然とも言えた。
「なんとも可哀想なことだろう? だから僕はこの場所へ彼らを受け入れた。そう、君が幸せにできないΩ達をね」
フレディの言葉が針のように突き刺さる。
千尋とて、好んで彼らを切り捨ててきたわけではない。だが結果としてそうなってしまった事実は変わりようがないのだ。
「すなわちここはそんな彼らの――Ωの楽園なのさ」
振り返りったフレディは、千尋を挑発するように不気味さを伴う満面の笑みを向けてくるのだった。
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