運命に抗え【第二部完結】

第二部-失意の先の楽園

48. 引き離された二人

　レオが会場でアロンと対峙しているまさにその時。
　千尋は目隠しをされ、手は後ろ手に拘束されて車の後部座席に転がされてどこかに運ばれているところであった。
　レオとの距離が離れすぎたと気が付いたと同時に会場の照明が落とされ、目隠しをされ視界を更に塞がれたのだ。
　背中には銃のようなものを突き付けられ、抵抗する隙を与えさせてはくれなかった。
　だが不思議なことに、それ以上手荒な真似はされなかったのだ。

　殴られることもなく、ただただ拘束され視界を奪われたまま車に乗せられただけだ。
　その際に聞こえた「よくやった」という声は間違いなくアロンの声だった。
　身動きが取れない中、千尋は何故アロンがこのようなことを企てたのかを考える。

　思い当たる節があるとすれば、数年前にアロンの娘であるΩの運命の番を探せなかったことだろう。
　どんなに金銭を提示されようとも、当時はΩのフェロモンから運命を探し出すことなどできなかった。この能力はつい最近開花し自覚したものでしかないのだ。
　この能力を知る人間はまだ千尋本人とレオ、そして成瀬しかいない。
　何よりもアロンは娘は幸せになっていると口にしていた。その時の表情は決して偽りがない物だと千尋は思っている。
　だから今更、こんな風に千尋を誘拐する理由が分からない。逆恨みだとしても時間が経ちすぎているのだ。
　何か他に考えられる要素を思い付けず、千尋はそのまま気が付けば眠ってしまっていた。



　どれぐらい時間が経っただろうか。
　目が覚めても拘束されたまま目隠しを外されることもなく、千尋は未だ車に揺られていた。
　シートに寝転がさた状態で固定されているので体が痛くて仕方がない。
　車が跳ねる度に体が僅かに浮きそうになるし、ドアに頭をぶつけそうにもなる。
　寝ている間にぶつけたのか、すでに頭に僅かだが痛みも伴っていた。

　どうにか周りの状況が分からないものかと千尋は感覚を研ぎ澄ませていれば、暫くすると窓が開いたようで、外からの風が車内に吹き込んでくる。
　その香りは都市部の排ガスのやゴミ、数多の人の匂いが混ざったような雑多な臭いではなかった。
　香るのは青々と茂る緑の清々しい匂いだ。
　聞こえる音も電車や車の喧しい騒音ではなく、澄んだ鳥の鳴き声や砂利道を走るようなタイヤの音。
　千尋がいたパーティー会場は街中にあるホテルだ。そこからすぐ近くにある高速に乗って、郊外まで出たのだろうと推測する。
　どれだけ千尋が意識を失っていたかは分からないが、かなり遠くまで来ているのではないか。
　そんなことを考えていると車は徐々にスピードを落とし、舗装がされていない道を走っていった。
　湿気と緑の匂いが段々と濃くなっていくので、森の中を走っているのだろう。

　暫く走った車は漸く完全に停止し、扉が開かれ人が降りる音が聞こえてくる。
　このまま自分はどうなるのだろうかと考える暇もなく、千尋の頭上にあるドアが大きな音を立てて開かれた。
　それと同時に目隠しは外され、光の渦で目が眩む。
　霞む視界のまま車外に出された千尋は、千尋の両脇に居る男達に大人しくついてくるように指示を出された。

　周りを見れば辺りは背の高い木に囲まれていて、やはり郊外の森の中に連れてこられたのだと千尋は確信した。
　その時、強めの風が吹き抜けていき木々を騒めかせ、千尋の地肌を撫でていく。
　千尋は首元に違和感を覚え、一気に冷や汗が溢れ出した。
　首元にあったはずのネックガードが取り外されていたことに気が付いたからだ。
　
　ごくりと唾を飲み込み、焦りを悟らせないように冷静さを取り繕いながら千尋は男達の後を歩く。
　横目で周りに視線を走らせれば、ログハウスのような小さな家々が点在していて、一つの集落のようだ。
　森の中を暫く歩いていけば、見てきた家々よりも大きな建物が見えてくる。
　千尋達はどうやらそこに向かっているようだった。
　静まり返った森の中、辿り着いた建物の扉は大きくそこが家ではないことが分かる。
　男たちの手により、ぎぎぎと軋ませながら開かれた扉。その先へ歩くように促された千尋は、不安に揺れる鼓動を抑え込みながら足を踏み入れた。