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第二部-失意の先の楽園
40 レオという存在
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車は最も安全な場所ともいえる、大統領官邸まで千尋達を運ぶ。
先ほどの事件のせいだろう。大統領官邸の周りは厳戒態勢がとられていて、白が基調の官邸内では職員達が忙しなく行き交っていた。
長い廊下を進み、厳重に警備された奥にあるプライベート空間まで来ると、ブライアンは疲れ切ったとばかりにどさりとソファに腰を下ろす。
一緒に部屋についてきていた常駐の医師が、ブライアンの診察をすかさず始めた。
「レオ、君は大丈夫だとは思うが一応診察と検査は受けておいてくれ。あれだけ濃いフェロモンがまき散らされたんだ、影響が出ていてもおかしくはないからね。あぁそれと、ファビアンと千尋も今ここで見てもらって」
薬が回り落ち着きを見せてはいるが、ブライアンの疲労は凄まじいに違いない。
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めてぐったりとソファに座るブライアンはいつもの飄々とした姿ではなく、憔悴しきっていると見て分かる程だ。
それでも指示を周りに出している辺り、流石大国の長だと言わざるを得ない。
「それから千尋、レオを動かしてくれて感謝するよ。あの場で動けるαはレオ以外に居なかったからね」
「あの場を納めるのには、元を探し出すしかないですから」
あれほどの濃いフェロモンであればどこから発生しているか分かりやすく、すぐに事態は収束するかと千尋は思っていた。
しかし実際には、レオがブライアンのことを運命の番だと叫ぶ男の元へ辿り着くまで、かなりの時間を要していた。
ブライアンが言うと通り、レオに何か影響が出ていたのではないかと視線を向けるが、当のレオはいつも通りの表情だ。
「あの場でフェロモンをまき散らしていた人物は、あの男だけではありません」
「なんだって? だが香りは一つだっただろう?」
「いいえ、大統領。人数はあの男を含め三人。その人数分のフェロモンの香りは確かにありました。彼らの位置がばらけていたので、全て拘束するのに時間が掛かってしまったんです」
「三人だって? なるほど、通りで匂いが濃すぎると思ったよ」
「いえ、それだけではないかと」
レオの発言に、部屋にいる皆がまだ何かあるのかと視線を険しくさせる。
耐性獲得のために軍で行った訓練で、数十人の発情したΩと密室に閉じ込められたレオだが、その状態でも先程のような濃すぎる匂いにはなった試しがない。
ましてや混ざり合い、一人のフェロモンの匂いのように感じられるなどありはしないとレオは言う。
漸く落ち着きを取り戻した頭で考える。千尋も一人分のフェロモンの臭いだとあの場で思っていた。
しかしレオが三人居たと言ったことで、頭に濁流のように流れてきた一人分ではありえない情報の数に納得がいく。
「拘束されていた人物から強力な麻薬反応も出ましたので、もしかしたらそれが原因かもしれませんね」
ブライアンの秘書官の一人が、警察から上がってきた報告書に目を通しながら進言してきた。
そんな薬があるのだろうかと軽く頭を傾げれば、レオもブライアンも難しい顔をするばかり。
「フェロモンを増幅する薬なら分かるが、臭いを同じにするものなんてあるのか?」
聞いたことがないというブライアンに同調するように、周りの人々が頷いていく。
ブライアンの次にファビアンの診察をしていた医師でさえも、そんな薬は聞き覚えがないと言った。
フェロモンは一人一人で香りが違う。故にαとΩはその香りを間違えることはない。
近親者や一卵性の双子などでは、稀に似通った香りになることがあるとデータが出ているが、全く同じ香りになることはない。
何よりも、フェロモンの感知力が高いαが同一の香りだと間違うなどありえないのだ。
沈黙が落ちる部屋の中、ブライアンが目を瞑り天を仰ぐ。
「……問題が多すぎる」
部屋の中には重苦しい空気が立ち込め続けていた。
滞在しているホテルに戻った千尋とレオだったが、お互いに口数は少なかった。
テレビを付ければ日中の出来事が大々的に報道され続けている。
報道陣の他に、一般の参加者達がスマホで撮っていた数々の映像のお陰で、多角的に事件の様子が放映され続けていた。
気が滅入るような情報の中では、ブライアンの周りを固める護衛達のαの比率と能力について言及しているものもある。
レオがブライアンを救ったことで、レオを千尋から引き離しブライアン付きにするべきだという声も、大統領官邸を後にする道すがら聞こえてもきた。
大統領官邸に暫くの間滞在するように秘書官から提案されたのも、暗にレオがそばに居れば万が一のことがあっても大丈夫だと考えているということだ。
レオのような存在は他にはいない。
要人に付いている護衛は、レオが軍で受けている訓練を勿論受けていて、Ωのフェロモンに対する耐性はレオには及ばないながらもある。
しかし今回のような特殊な事例が起きてしまえば、なす術が無くなってしまうのだ。
今回のような事態が起きた直後では、尚のことレオという存在が手元に欲しくなるだろう。
もしもレオを奪い取られたら――そう考えると心の奥が心底冷える。
確かに千尋は女神として君臨していて、優先されることは多い。
だがレオの立場はただの護衛でしかないのだ。
大事な存在なのだと、そう公言できたらどれ程良いか。
だがレオが千尋の元にただ一人居られるのも、千尋の特別な存在ではないのだと周りが知っているからに過ぎない。
千尋の能力を奪うかもしれない存在が常に傍に居るという事態は、千尋を女神と崇める彼らにとって許されない事柄なのだ。
「レオ、私だけのレオ」
千尋が抱える不安もレオも当然分かっている。それは、レオも千尋から引き離される可能性があると理解し、同じ不安を抱えているからだ。
いつもより抱きしめる力が強いレオの胸の中に囲われながら、お互いのフェロモンを香らし、不安を掻き消すようにお互いを深く求めあったのだった。
*大変お待たせいたしました。
先週は上げた記憶が無くなっていたので、39話を40話として上げてしまって申し訳ありませんでした。
現在、39話は修正版に差し替えてあります。(大きな変化はありません)
まだまだスランプ中ですので進みが遅いのですが、お付き合いいただけると嬉しいです!!
リハビリ?も兼ねて、夏休みの宿題と称してツイッターで毎朝140字SSを投稿していますので、気になる方は是非見てやってください。
先ほどの事件のせいだろう。大統領官邸の周りは厳戒態勢がとられていて、白が基調の官邸内では職員達が忙しなく行き交っていた。
長い廊下を進み、厳重に警備された奥にあるプライベート空間まで来ると、ブライアンは疲れ切ったとばかりにどさりとソファに腰を下ろす。
一緒に部屋についてきていた常駐の医師が、ブライアンの診察をすかさず始めた。
「レオ、君は大丈夫だとは思うが一応診察と検査は受けておいてくれ。あれだけ濃いフェロモンがまき散らされたんだ、影響が出ていてもおかしくはないからね。あぁそれと、ファビアンと千尋も今ここで見てもらって」
薬が回り落ち着きを見せてはいるが、ブライアンの疲労は凄まじいに違いない。
ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めてぐったりとソファに座るブライアンはいつもの飄々とした姿ではなく、憔悴しきっていると見て分かる程だ。
それでも指示を周りに出している辺り、流石大国の長だと言わざるを得ない。
「それから千尋、レオを動かしてくれて感謝するよ。あの場で動けるαはレオ以外に居なかったからね」
「あの場を納めるのには、元を探し出すしかないですから」
あれほどの濃いフェロモンであればどこから発生しているか分かりやすく、すぐに事態は収束するかと千尋は思っていた。
しかし実際には、レオがブライアンのことを運命の番だと叫ぶ男の元へ辿り着くまで、かなりの時間を要していた。
ブライアンが言うと通り、レオに何か影響が出ていたのではないかと視線を向けるが、当のレオはいつも通りの表情だ。
「あの場でフェロモンをまき散らしていた人物は、あの男だけではありません」
「なんだって? だが香りは一つだっただろう?」
「いいえ、大統領。人数はあの男を含め三人。その人数分のフェロモンの香りは確かにありました。彼らの位置がばらけていたので、全て拘束するのに時間が掛かってしまったんです」
「三人だって? なるほど、通りで匂いが濃すぎると思ったよ」
「いえ、それだけではないかと」
レオの発言に、部屋にいる皆がまだ何かあるのかと視線を険しくさせる。
耐性獲得のために軍で行った訓練で、数十人の発情したΩと密室に閉じ込められたレオだが、その状態でも先程のような濃すぎる匂いにはなった試しがない。
ましてや混ざり合い、一人のフェロモンの匂いのように感じられるなどありはしないとレオは言う。
漸く落ち着きを取り戻した頭で考える。千尋も一人分のフェロモンの臭いだとあの場で思っていた。
しかしレオが三人居たと言ったことで、頭に濁流のように流れてきた一人分ではありえない情報の数に納得がいく。
「拘束されていた人物から強力な麻薬反応も出ましたので、もしかしたらそれが原因かもしれませんね」
ブライアンの秘書官の一人が、警察から上がってきた報告書に目を通しながら進言してきた。
そんな薬があるのだろうかと軽く頭を傾げれば、レオもブライアンも難しい顔をするばかり。
「フェロモンを増幅する薬なら分かるが、臭いを同じにするものなんてあるのか?」
聞いたことがないというブライアンに同調するように、周りの人々が頷いていく。
ブライアンの次にファビアンの診察をしていた医師でさえも、そんな薬は聞き覚えがないと言った。
フェロモンは一人一人で香りが違う。故にαとΩはその香りを間違えることはない。
近親者や一卵性の双子などでは、稀に似通った香りになることがあるとデータが出ているが、全く同じ香りになることはない。
何よりも、フェロモンの感知力が高いαが同一の香りだと間違うなどありえないのだ。
沈黙が落ちる部屋の中、ブライアンが目を瞑り天を仰ぐ。
「……問題が多すぎる」
部屋の中には重苦しい空気が立ち込め続けていた。
滞在しているホテルに戻った千尋とレオだったが、お互いに口数は少なかった。
テレビを付ければ日中の出来事が大々的に報道され続けている。
報道陣の他に、一般の参加者達がスマホで撮っていた数々の映像のお陰で、多角的に事件の様子が放映され続けていた。
気が滅入るような情報の中では、ブライアンの周りを固める護衛達のαの比率と能力について言及しているものもある。
レオがブライアンを救ったことで、レオを千尋から引き離しブライアン付きにするべきだという声も、大統領官邸を後にする道すがら聞こえてもきた。
大統領官邸に暫くの間滞在するように秘書官から提案されたのも、暗にレオがそばに居れば万が一のことがあっても大丈夫だと考えているということだ。
レオのような存在は他にはいない。
要人に付いている護衛は、レオが軍で受けている訓練を勿論受けていて、Ωのフェロモンに対する耐性はレオには及ばないながらもある。
しかし今回のような特殊な事例が起きてしまえば、なす術が無くなってしまうのだ。
今回のような事態が起きた直後では、尚のことレオという存在が手元に欲しくなるだろう。
もしもレオを奪い取られたら――そう考えると心の奥が心底冷える。
確かに千尋は女神として君臨していて、優先されることは多い。
だがレオの立場はただの護衛でしかないのだ。
大事な存在なのだと、そう公言できたらどれ程良いか。
だがレオが千尋の元にただ一人居られるのも、千尋の特別な存在ではないのだと周りが知っているからに過ぎない。
千尋の能力を奪うかもしれない存在が常に傍に居るという事態は、千尋を女神と崇める彼らにとって許されない事柄なのだ。
「レオ、私だけのレオ」
千尋が抱える不安もレオも当然分かっている。それは、レオも千尋から引き離される可能性があると理解し、同じ不安を抱えているからだ。
いつもより抱きしめる力が強いレオの胸の中に囲われながら、お互いのフェロモンを香らし、不安を掻き消すようにお互いを深く求めあったのだった。
*大変お待たせいたしました。
先週は上げた記憶が無くなっていたので、39話を40話として上げてしまって申し訳ありませんでした。
現在、39話は修正版に差し替えてあります。(大きな変化はありません)
まだまだスランプ中ですので進みが遅いのですが、お付き合いいただけると嬉しいです!!
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