運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

38 追悼式典2

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 会場内は途端に騒がしくなった。αであろう者達は皆息を荒くさせ、苦しそうに顔を真っ赤に染め上げている。
 千尋も風に乗って齎された濃すぎるΩのフェロモンのせいで、濁流の如く運命の番の情報が流れ込んできてしまい、頭がパンクしそうなほど熱を持つ。
 目まぐるしく見えてくるのは一人の人間からでは到底ありえない運命の番の数。
 まるで脳震盪を起こしたように脳を情報で揺らされ、千尋は胃液が這い上がってくるのを抑えきれなかった。
 何度か道端で胃の中の物を吐き出すが、気分はちっとも良くならない。

 ふらつく体をレオに支えられながら辺りを見れば、警備に当たっている者達が周りにいるαの状況から事態を察知したらしく、犯人を突き止めようとしているようだった。
 だがしかし、βが大多数を占める警備の者達ではΩのフェロモンを嗅ぎ取ることができない。フェロモンを無差別的に垂れ流す犯人の居場所を彼らが特定するのは至難の業だ。
 αであればフェロモンを感知できるが、この状態では皆それどころではない。
 この場で唯一、フェロモンに当てられずに動ける者は――レオだけだ。

「レオ、動ける貴方が行ってください」
「しかしそれでは、千尋は誰が守る」

 千尋の周りにはβの中でも腕利きの者達が揃っている。Ωやβが相手であれば、彼らでも対処はできる。

「車のドアを閉めて、ファビアンと共に籠ります。守りは周りの者達でも大丈夫でしょう。ですからレオ、行ってくれますね?」

 千尋が命令するように強い口調で問えば、レオは渋々といった様子で頷く。この場で正常に動けるαは貴重だ。
事態を素早く収めるためにもレオを向かわせた方が良いに決まっている。

 レオは素早くホルスターからハンドガンを取り出すと、周りの護衛達に急ぎ指示を飛ばし始めた。
 千尋はその様子を見てからファビアンと共に車に乗り込んだ。運転席と助手席にはβのの護衛が乗車し、外も車の周りを囲むように守備が固められた。
 装甲車のような分厚いドアが完全に閉まれば、車内は外の喧騒を少しだけ和らげられる。
 千尋が乗り込んでいる車は大統領専用車だ。例え銃で撃たれようとも防弾仕様であるので、多少のことでは貫通はしない。堅牢な要塞なのだ。

 車に籠ったことで、緊張で強張っていた体が緩む。だが隣に座るファビアンはといえば、ブライアントの僅かなふれあいで顔色が良くなっていたというのに、再び顔を青ざめさせていた。

「千尋、どうしよう。ブライアンは大丈夫だろうか……」

 一層体の震えを増したファビアンに寄り添い、千尋も外に居るレオを案じた。車内に避難することにしたのはいいが、外の状況は窓から見える僅かなことしか分からない。
 気分が落ち着かない様子のファビアンを落ち着かせるように、備え付けてある箱からチョコレートを取り出し、食べるように促し自身もそれを口にする。
 カカオとミルクの上品な甘みと香りが、鼻の奥にこびり付くようなねっとりとした気味の悪いフェロモンの臭いを緩和させる。さらに水を飲みこみ、今度は飴玉を口に含んだ。

 ファビアンもそれを真似るように、千尋に倣う。口の中が空になる頃にはファビアンは幾分か落ち着きを取り戻したようだったが、千尋自身は未だに落ち着きはしない。
 頭には依然としてフェロモンから齎された情報が繰り返し流れているし、吐き気も肌を舐めるような騒めきも止まらない。
 服の下を脂汗が落ちていくが、この場で倒れるわけにはいかない。千尋は周りに気が付かれないように手を握り込んで一人耐えていた。

「外の様子、どうにかして分からないかな」

 静かな車内にポツリとファビアンの言葉が零れ、皆がどうすれば良いかと頭を悩ませた。
 護衛のインカムから齎される現状報告だけでは物足りない。
 そこでふと、思考を妨げるような鈍い痛みを伴いながらも、千尋は一番初めにフェロモンアタックの報道がなされた時のことを思い出した。

「もしかしたらですが、どこかの報道クルーがカメラを回しているかもしれませんよ」

 なるほどと納得したように車内に設置されたモニターを出した護衛の一人は、この場に中継をしに来ていた報道番組のチャンネルを次々に合わせていく。
 すると何番組もが中継を中断することなく、外の様子を映し出している。
 すぐに複数のチャンネルが映るように設定され、車内の四人はモニターを食い入るように見つめた。
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