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第二部-失意の先の楽園
37 追悼式典
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テレビでの衝撃的な光景を見てから数か月。あれから度々大物αへのフェロモンアタックが散見されるようになった。
テレビやネットニュースでは、そのことが取り上げられるようになっている。
それと同時に、上流階級だけで起こっていたΩの失踪が、一般にも広まりを見せ始めていた。
何かが起こっている。そう感じるのは千尋とレオだけではなかった。
休暇が明け仕事を再開すれば、上流社会に身を置く者達が皆、以前よりも神経質になっていることが分かる。
普段と何ら変わりなく振舞う彼らだが、明らかに周りを固める護衛が増え、誰かしら何か情報を持っていないかと探るような会話が多い。
仕事先や会食等では誰もが神経を尖らせていて、肌で感じるそれらが千尋に影響を与えていた。
休暇でなりを潜めていた悪夢は再び顔を覗かせ、歪んだオルゴールの音が耳の奥にこびりついて離れない。
そんな中であっても仕事は待ってくれず、体調を何度か軽く崩しながらも、日々を過ごしていた。
忙しく過ごしている間に季節は移り替わり、年が明ける。
ブライアンに招待され訪れたのは、千尋が巻き込まれたテロの追悼式典だった。
アーヴィングの件があり、千尋を招待するか迷ったらしいブライアンだが、結局は千尋を招待することにしたらしい。
それは彼がレオの元部下で、大事な戦友であったからという理由が大きかった。
千尋としても、償いの意味も込めて出席することに否やはない。
寒空の下で行われる式典には、多くの人々が集まっていた。このテロで亡くなった人々は少なくない。
芝生の上にはパイプ椅子が無数に並べられ、招待された要人達が座っていて、その後ろには一般参加の群衆が見える。
そんな中で、千尋はいつもより多めに安定剤を服用し、すました顔でレオと、そしてブライアンの妻であるファビアンと共に座っていた。
本来であれば、ブライアンはΩであるファビアンを外に連れ出したくはなかっただろう。しかし大統領の妻という立場上、こういった場に出ないわけにもいかない。
それ故、千尋の側に居させているのだ。レオと言う強い護衛も居るし、その周りに通常よりも多くの護衛達を置いていても問題がない。
自分の妻を守りつつ、千尋の安全も確保できる。要はブライアンにとって一石二鳥なのだ。
追悼式典の最中、ファビアンはアーヴィングのことを思い出したのか、ハンカチを取り出し目元に当てる。
千尋は胸が痛みその背を擦ってやることしかできなかった。
「ごめんね千尋。どうにも感傷的になってしまってダメだね」
そう笑うファビアンの顔色が悪くなっていることに気が付いた千尋だが、その時不意に、あの歪なオルゴールの音が遠くで鳴ったような気がした。
頭を軽く振り、レオから手渡されたミネラルウォーターをファビアンに手渡す。
水を数口飲んでいるものの、気分は優れる様子は見えず、吐き気がするのか口元にハンカチを当てていた。
なんとなく目の前のファビアンの様子に既視感があった千尋は、その考えが当たっている気がしてならなかった。
自然に視線が下がり、ファビアンのお腹に目がいく。引き付けられるように、そこから目が離せなくて仕方がない。
「ファビアン、もしかして……」
千尋の頭に過ったことを口に出そうとした瞬間、ファビアンが慌てて口元に指を当てて周りをきょろりと見回した。
「昨日分かったんだけど、実は二人目を授かったみたいでね。でもほら、今日はこれがあったでしょう? 実はまだブライアンには話してないんだよ」
「無理はいけませんよ。こんなに寒いのに」
「あとは献花だけで終わりだから大丈夫だよ。ほら、一緒に行こう千尋」
ファビアンに腕を組まれブライアンの元まで行けば、流石に顔色の悪さに気が付いたらしいブライアンが心配そうにファビアンに耳打ちしたあと、連れだって献花台に花を置きに向かった。
千尋とレオもそれに続き、花を献花台に置いて視線を上げれば、遠くにアーヴィングの亡霊が見えたような気がして僅かに体が跳ねる。
忌々しいと感じながらも、Ωがαを求める本能が揺り起こされているのか、皮膚の奥底から燃えるような熱を感じてしまう。
千尋は口内を噛みしめ痛みを自らに与えることで、にこりと笑いかけてくる幻影を振り払った。
ブライアンの元から戻ってきたファビアンは、先程よりも顔色が良くなっていた。番の元に居たことで多少具合が持ち直したのかもしれない。
自分の今の状況との違いに思わず苦笑が零れる。
「帰ろう千尋」
「ブライアンは一緒じゃなくていいんですか?」
「まだ他の人達と話があるから先に千尋と戻っていろってさ。それに僕としては千尋とさっきのことで話がしたいから丁度いいでしょう」
ファビアンは余程千尋に聞かせたいのか、やや浮ついた様子で千尋の小声で言ってくる。その可愛らしい姿に、癒されながら少し離れた場所に居るブライアンに視線を向ければ、頼むよと言わんばかりにウィンクされた。
千尋より少し背の低いファビアンを伴い、待機させていた車に乗り込もうとした瞬間、辺り一帯にブワリと濃厚すぎるΩのフェロモンがまき散らされた。
「レオっこれは――」
「間違いない、フェロモンアタックだ」
そういったレオの顔は、発生源を探し当てようとしているのか、険しく遠くを睨みつけていた。
テレビやネットニュースでは、そのことが取り上げられるようになっている。
それと同時に、上流階級だけで起こっていたΩの失踪が、一般にも広まりを見せ始めていた。
何かが起こっている。そう感じるのは千尋とレオだけではなかった。
休暇が明け仕事を再開すれば、上流社会に身を置く者達が皆、以前よりも神経質になっていることが分かる。
普段と何ら変わりなく振舞う彼らだが、明らかに周りを固める護衛が増え、誰かしら何か情報を持っていないかと探るような会話が多い。
仕事先や会食等では誰もが神経を尖らせていて、肌で感じるそれらが千尋に影響を与えていた。
休暇でなりを潜めていた悪夢は再び顔を覗かせ、歪んだオルゴールの音が耳の奥にこびりついて離れない。
そんな中であっても仕事は待ってくれず、体調を何度か軽く崩しながらも、日々を過ごしていた。
忙しく過ごしている間に季節は移り替わり、年が明ける。
ブライアンに招待され訪れたのは、千尋が巻き込まれたテロの追悼式典だった。
アーヴィングの件があり、千尋を招待するか迷ったらしいブライアンだが、結局は千尋を招待することにしたらしい。
それは彼がレオの元部下で、大事な戦友であったからという理由が大きかった。
千尋としても、償いの意味も込めて出席することに否やはない。
寒空の下で行われる式典には、多くの人々が集まっていた。このテロで亡くなった人々は少なくない。
芝生の上にはパイプ椅子が無数に並べられ、招待された要人達が座っていて、その後ろには一般参加の群衆が見える。
そんな中で、千尋はいつもより多めに安定剤を服用し、すました顔でレオと、そしてブライアンの妻であるファビアンと共に座っていた。
本来であれば、ブライアンはΩであるファビアンを外に連れ出したくはなかっただろう。しかし大統領の妻という立場上、こういった場に出ないわけにもいかない。
それ故、千尋の側に居させているのだ。レオと言う強い護衛も居るし、その周りに通常よりも多くの護衛達を置いていても問題がない。
自分の妻を守りつつ、千尋の安全も確保できる。要はブライアンにとって一石二鳥なのだ。
追悼式典の最中、ファビアンはアーヴィングのことを思い出したのか、ハンカチを取り出し目元に当てる。
千尋は胸が痛みその背を擦ってやることしかできなかった。
「ごめんね千尋。どうにも感傷的になってしまってダメだね」
そう笑うファビアンの顔色が悪くなっていることに気が付いた千尋だが、その時不意に、あの歪なオルゴールの音が遠くで鳴ったような気がした。
頭を軽く振り、レオから手渡されたミネラルウォーターをファビアンに手渡す。
水を数口飲んでいるものの、気分は優れる様子は見えず、吐き気がするのか口元にハンカチを当てていた。
なんとなく目の前のファビアンの様子に既視感があった千尋は、その考えが当たっている気がしてならなかった。
自然に視線が下がり、ファビアンのお腹に目がいく。引き付けられるように、そこから目が離せなくて仕方がない。
「ファビアン、もしかして……」
千尋の頭に過ったことを口に出そうとした瞬間、ファビアンが慌てて口元に指を当てて周りをきょろりと見回した。
「昨日分かったんだけど、実は二人目を授かったみたいでね。でもほら、今日はこれがあったでしょう? 実はまだブライアンには話してないんだよ」
「無理はいけませんよ。こんなに寒いのに」
「あとは献花だけで終わりだから大丈夫だよ。ほら、一緒に行こう千尋」
ファビアンに腕を組まれブライアンの元まで行けば、流石に顔色の悪さに気が付いたらしいブライアンが心配そうにファビアンに耳打ちしたあと、連れだって献花台に花を置きに向かった。
千尋とレオもそれに続き、花を献花台に置いて視線を上げれば、遠くにアーヴィングの亡霊が見えたような気がして僅かに体が跳ねる。
忌々しいと感じながらも、Ωがαを求める本能が揺り起こされているのか、皮膚の奥底から燃えるような熱を感じてしまう。
千尋は口内を噛みしめ痛みを自らに与えることで、にこりと笑いかけてくる幻影を振り払った。
ブライアンの元から戻ってきたファビアンは、先程よりも顔色が良くなっていた。番の元に居たことで多少具合が持ち直したのかもしれない。
自分の今の状況との違いに思わず苦笑が零れる。
「帰ろう千尋」
「ブライアンは一緒じゃなくていいんですか?」
「まだ他の人達と話があるから先に千尋と戻っていろってさ。それに僕としては千尋とさっきのことで話がしたいから丁度いいでしょう」
ファビアンは余程千尋に聞かせたいのか、やや浮ついた様子で千尋の小声で言ってくる。その可愛らしい姿に、癒されながら少し離れた場所に居るブライアンに視線を向ければ、頼むよと言わんばかりにウィンクされた。
千尋より少し背の低いファビアンを伴い、待機させていた車に乗り込もうとした瞬間、辺り一帯にブワリと濃厚すぎるΩのフェロモンがまき散らされた。
「レオっこれは――」
「間違いない、フェロモンアタックだ」
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