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第二部-失意の先の楽園
36 偶然か必然か
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数日の間、穏やかな日々を過ごした千尋は、漸く気持ちを切り替えることができた。
安心できる国で、そして自身の家で心を完全に許せるレオと成瀬と共に過ごせることでストレスが緩和されているのだろう。
その証拠に、悪夢を見る回数も減っていた。
日課となっているレオとのトレーニングを終え、シャワーで軽く汗を流せば成瀬がキッチンに立ち朝食を作っていた。
用意されていた蜂蜜入りのミルクティーを飲みながら、千尋はスマホで各所からの連絡を返していく。
朝食を食べ終わり三人で片づけをしたあとは、再びスマホとパソコンで仕事の依頼やスケジュール等を確認していく。
千尋が連絡を返す横では、レオも成瀬もパソコンやタブレットを開き、自身の仕事をしていた。
リビングには点けっぱなしのテレビから賑やかなワイドショーの音と、三人のタイプ音が聞こえているが、とても穏やかな時間だった。
どれぐらいの時間そうしていたのか、時計の針が正午を過ぎそうな頃、千尋のスマホがいつもと違う着信音を鳴らす。
画面を見れば表示されていた名前はアーロンだった。
「誰からだ千尋」
「アーロンですよ。ほら、律義にマチルド君の様子を送ってきてくれたんです」
アーロン自身に頼んでいたことだがこんなにも早く、そして詳細にマチルドの様子を送ってくるとは思わなかった。
日付事に分けられ書かれている長文に、ご丁寧にも写真まで添付されている。
思わずスマホでは読みづらいと、パソコンからメール画面を開いたが、それでも見やすいかと言われればそうではなかった。
心配していたのでマチルドの状況を詳しく知れるのは嬉しいのだが、文面を読めばこれはただの惚気が書いてある日記では、と千尋は思わず苦笑してしまう。
それを見た成瀬も一緒に画面を覗きこんで、送られてきたメールを読み微笑ましそうに表情を緩めていた。
「幸せそうで良かったじゃないか。子の子だろ? 運命が切り替わった子は」
そう言われて、千尋は成瀬に首肯で返す。
どうやらアーロンはすぐにマチルドの両親も呼び寄せ、マチルドが不安がらないように暫くは両親とも一緒に過ごさせるようだ。
怪我の具合も日々回復を見せていて、アーロンが元々飼っていた愛犬と庭を軽く走ったりしているらしい。しかし――
「まだ記憶は戻っていないみたいだな」
横から成瀬と同じように画面を覗き込んでいたレオが口を開く。
「まだアーロンに預けてから時間が経っていませんからね、仕方ないですよレオ」
「だがしかし、あの紙片が気になる」
「紙片ってなんだい?」
「マチルドは誰かに言われて、レオの家に逃げ込んだみたいなんだ。レオの住所が掛かれた紙の切れ端を持っていて、ほらこれだよ」
千尋はパソコンのケースの中の内ポケットに無くしてしまわないように保管してあった紙片を取り出し、成瀬に手渡す。
すると成瀬は首を傾げながら、ある一点を指さした。
「ここの透かし、何かのマークの端じゃないかな?」
「本当だ、住所ばっかりに気を取られて気が付かなかった」
「千尋は見覚えある?」
「なんだろう……レオはなんのマークか分かりますか?」
「記憶にないな。調べてみるか」
「調べられるんですか?」
「似たようなことを軍に居た時にやったからな。時間はかかるが、マチルドの記憶が戻るか分からないから調べておいた方がいいだろう」
レオはすぐにパソコンで調べ始めていた。
折角手がかりになりそうな物も見つけたというのに、すぐにはマチルドに指示を出した人間が誰だか分かりそうにない。
思わず落胆していれば、テレビと接続しているスピーカーから一層大きな音が流れ、三人共が一斉にそちらを見た。
テレビに映し出されていたのは、海外で行われている映画祭の光景だった。しかし常であれば優雅であるはずのレッドカーペットの上は、今はその姿を変え騒然としていた。
『私は貴女の運命の番よ! 貴女も分かるでしょう!?』
カメラが捉えているのは、有名な女優へ必死に手を伸ばし叫ぶ一人の女性と、それを取り押さえるセキュリティの面々だ。
カメラは必死に叫ぶ女性の訴えを映し続けていて、中継が止まることはない。
最大のスクープが撮れるのではないかと、辺り一面はパパラッチや報道陣のフラッシュが焚かれていて、画面が白く染まるほどで目が痛かった。
余りの必死さに、これは本当に運命の番なのではとセキュリティが困惑した表情をしている。
一方女優の方は、顔を赤く染めていた。しかしそれが運命の番に出会った故の表情ではない。
そんなロマンチックさの欠片もないほどに、女優は肩を震わせ怒りを露わにしていた。
『貴女は私の運命ではないわ! そんなにフェロモンを垂れ流して恥を知りなさい!! これはフェロモンアタックよ!! 何をしているの! 早くその人を摘まみだしなさい!!』
苦しそうに顔を歪める女優のその大声で、困惑していたセキュリティ達が大勢慌ただしく動き出す。
女優の言葉通り、その場に居るαであろう者達も皆一様に苦しそうにしており足早にその場を離れていった。こんな人が大勢いる場所でフェロモンアタックが行われるとは。
騒然とする中、慌てたように女優の元へ訪れた女性が一人。
慌ててセキュリティに留められたが、その女性の姿を見た女優が一目さんにその女性に駆け寄り抱きしめたことで、会場の空気が一気に変わった。
『私の運命の番はこの人しかありえないわ!』
抱き寄せた女性に口づけした女優に、会場は更にボルテージが上がったようで、大歓声が沸き起こる。
『さぁ皆さん、気を取り直してイベントを楽しみましょう!』
その言葉に、一斉に拍手と更なる声援が沸き起こる。
苦し気で足元がふらつく女優と、彼女を支えて歩く女性の姿はとても美しかった。
その姿を一枚でも多く撮影しようと、パパラッチ達のシャッターを切る音が数を増す。
現地にいる中継リポーター達は、先程のハプニングと今まで存在が確認されていなかった女優のパートナーの登場に興奮気味だ。
スタジオに切り替われば、コメンテーター達すらも先程の様子に興奮したように喋り出した。
『いやぁ、どうなるかと思いましたが……最後びっくりしましたね!』
『まさかあの大物女優に恋人発覚とはねぇ』
『いやしかし、フェロモンアタックだったようですし、現地の混乱ぶりが心配ですね』
『こういった事件はたまに起こりますが、我々αからしたらたまったもんじゃないですよ』
『我々βには分からない感覚ですが、αの皆さんは大変でしょうね。それでは続いての話題を――』
次の話題に流れても、千尋は画面から目が離せなかった。先ほどまで映し出されていた光景が頭から離れないのだ。
そんな千尋を心配したのか、隣に座っていた成瀬が心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの千尋。難しい顔をしてる」
成瀬に眉間をちょんとつつかれ、千尋はハッと視線を上げる。
話すようにレオと成瀬に促され、千尋は少しずつ、記憶を辿るように話し出した。
先程フェロモンアタックの襲撃を受けた女優は、レオと出会う前に千尋が依頼を受けたことのある相手で、知り合いだったのだ。
その知り合いが突然のハプニングに見舞われ、びっくりしてしまった。そう話せば成瀬とレオは納得したらしい。
「――でも、捕まった女性に見覚えもあって」
そう零せば二人が怪訝な表情を見せ、どういうことかと更に問うてくる。
捕まった女性は先ほど出ていた女優の運命の中の一人だった。特徴的な容姿をしていたので普段は残らないはずの記憶に残っていた。
「これは偶然? それとも――」
ぽつりと漏らされた千尋の言葉にレオも成瀬も答えられず、部屋には重い沈黙が下り続けた。
安心できる国で、そして自身の家で心を完全に許せるレオと成瀬と共に過ごせることでストレスが緩和されているのだろう。
その証拠に、悪夢を見る回数も減っていた。
日課となっているレオとのトレーニングを終え、シャワーで軽く汗を流せば成瀬がキッチンに立ち朝食を作っていた。
用意されていた蜂蜜入りのミルクティーを飲みながら、千尋はスマホで各所からの連絡を返していく。
朝食を食べ終わり三人で片づけをしたあとは、再びスマホとパソコンで仕事の依頼やスケジュール等を確認していく。
千尋が連絡を返す横では、レオも成瀬もパソコンやタブレットを開き、自身の仕事をしていた。
リビングには点けっぱなしのテレビから賑やかなワイドショーの音と、三人のタイプ音が聞こえているが、とても穏やかな時間だった。
どれぐらいの時間そうしていたのか、時計の針が正午を過ぎそうな頃、千尋のスマホがいつもと違う着信音を鳴らす。
画面を見れば表示されていた名前はアーロンだった。
「誰からだ千尋」
「アーロンですよ。ほら、律義にマチルド君の様子を送ってきてくれたんです」
アーロン自身に頼んでいたことだがこんなにも早く、そして詳細にマチルドの様子を送ってくるとは思わなかった。
日付事に分けられ書かれている長文に、ご丁寧にも写真まで添付されている。
思わずスマホでは読みづらいと、パソコンからメール画面を開いたが、それでも見やすいかと言われればそうではなかった。
心配していたのでマチルドの状況を詳しく知れるのは嬉しいのだが、文面を読めばこれはただの惚気が書いてある日記では、と千尋は思わず苦笑してしまう。
それを見た成瀬も一緒に画面を覗きこんで、送られてきたメールを読み微笑ましそうに表情を緩めていた。
「幸せそうで良かったじゃないか。子の子だろ? 運命が切り替わった子は」
そう言われて、千尋は成瀬に首肯で返す。
どうやらアーロンはすぐにマチルドの両親も呼び寄せ、マチルドが不安がらないように暫くは両親とも一緒に過ごさせるようだ。
怪我の具合も日々回復を見せていて、アーロンが元々飼っていた愛犬と庭を軽く走ったりしているらしい。しかし――
「まだ記憶は戻っていないみたいだな」
横から成瀬と同じように画面を覗き込んでいたレオが口を開く。
「まだアーロンに預けてから時間が経っていませんからね、仕方ないですよレオ」
「だがしかし、あの紙片が気になる」
「紙片ってなんだい?」
「マチルドは誰かに言われて、レオの家に逃げ込んだみたいなんだ。レオの住所が掛かれた紙の切れ端を持っていて、ほらこれだよ」
千尋はパソコンのケースの中の内ポケットに無くしてしまわないように保管してあった紙片を取り出し、成瀬に手渡す。
すると成瀬は首を傾げながら、ある一点を指さした。
「ここの透かし、何かのマークの端じゃないかな?」
「本当だ、住所ばっかりに気を取られて気が付かなかった」
「千尋は見覚えある?」
「なんだろう……レオはなんのマークか分かりますか?」
「記憶にないな。調べてみるか」
「調べられるんですか?」
「似たようなことを軍に居た時にやったからな。時間はかかるが、マチルドの記憶が戻るか分からないから調べておいた方がいいだろう」
レオはすぐにパソコンで調べ始めていた。
折角手がかりになりそうな物も見つけたというのに、すぐにはマチルドに指示を出した人間が誰だか分かりそうにない。
思わず落胆していれば、テレビと接続しているスピーカーから一層大きな音が流れ、三人共が一斉にそちらを見た。
テレビに映し出されていたのは、海外で行われている映画祭の光景だった。しかし常であれば優雅であるはずのレッドカーペットの上は、今はその姿を変え騒然としていた。
『私は貴女の運命の番よ! 貴女も分かるでしょう!?』
カメラが捉えているのは、有名な女優へ必死に手を伸ばし叫ぶ一人の女性と、それを取り押さえるセキュリティの面々だ。
カメラは必死に叫ぶ女性の訴えを映し続けていて、中継が止まることはない。
最大のスクープが撮れるのではないかと、辺り一面はパパラッチや報道陣のフラッシュが焚かれていて、画面が白く染まるほどで目が痛かった。
余りの必死さに、これは本当に運命の番なのではとセキュリティが困惑した表情をしている。
一方女優の方は、顔を赤く染めていた。しかしそれが運命の番に出会った故の表情ではない。
そんなロマンチックさの欠片もないほどに、女優は肩を震わせ怒りを露わにしていた。
『貴女は私の運命ではないわ! そんなにフェロモンを垂れ流して恥を知りなさい!! これはフェロモンアタックよ!! 何をしているの! 早くその人を摘まみだしなさい!!』
苦しそうに顔を歪める女優のその大声で、困惑していたセキュリティ達が大勢慌ただしく動き出す。
女優の言葉通り、その場に居るαであろう者達も皆一様に苦しそうにしており足早にその場を離れていった。こんな人が大勢いる場所でフェロモンアタックが行われるとは。
騒然とする中、慌てたように女優の元へ訪れた女性が一人。
慌ててセキュリティに留められたが、その女性の姿を見た女優が一目さんにその女性に駆け寄り抱きしめたことで、会場の空気が一気に変わった。
『私の運命の番はこの人しかありえないわ!』
抱き寄せた女性に口づけした女優に、会場は更にボルテージが上がったようで、大歓声が沸き起こる。
『さぁ皆さん、気を取り直してイベントを楽しみましょう!』
その言葉に、一斉に拍手と更なる声援が沸き起こる。
苦し気で足元がふらつく女優と、彼女を支えて歩く女性の姿はとても美しかった。
その姿を一枚でも多く撮影しようと、パパラッチ達のシャッターを切る音が数を増す。
現地にいる中継リポーター達は、先程のハプニングと今まで存在が確認されていなかった女優のパートナーの登場に興奮気味だ。
スタジオに切り替われば、コメンテーター達すらも先程の様子に興奮したように喋り出した。
『いやぁ、どうなるかと思いましたが……最後びっくりしましたね!』
『まさかあの大物女優に恋人発覚とはねぇ』
『いやしかし、フェロモンアタックだったようですし、現地の混乱ぶりが心配ですね』
『こういった事件はたまに起こりますが、我々αからしたらたまったもんじゃないですよ』
『我々βには分からない感覚ですが、αの皆さんは大変でしょうね。それでは続いての話題を――』
次の話題に流れても、千尋は画面から目が離せなかった。先ほどまで映し出されていた光景が頭から離れないのだ。
そんな千尋を心配したのか、隣に座っていた成瀬が心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの千尋。難しい顔をしてる」
成瀬に眉間をちょんとつつかれ、千尋はハッと視線を上げる。
話すようにレオと成瀬に促され、千尋は少しずつ、記憶を辿るように話し出した。
先程フェロモンアタックの襲撃を受けた女優は、レオと出会う前に千尋が依頼を受けたことのある相手で、知り合いだったのだ。
その知り合いが突然のハプニングに見舞われ、びっくりしてしまった。そう話せば成瀬とレオは納得したらしい。
「――でも、捕まった女性に見覚えもあって」
そう零せば二人が怪訝な表情を見せ、どういうことかと更に問うてくる。
捕まった女性は先ほど出ていた女優の運命の中の一人だった。特徴的な容姿をしていたので普段は残らないはずの記憶に残っていた。
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