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第二部-失意の先の楽園
35 夜明けのコーヒー
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レオが用意した遅い朝食を三人で食べながら、千尋が成瀬に仕事中の出来事を話していく。
レオの家で行われた若者の不法侵入と大騒ぎ、それに伴い現状を見に行ったところ、マチルドが倒れていて救助したこと。
その青年が、運命の番を導く予定だったアーロンの最も良い運命の番であった事実。
成瀬は話を聞き終わると、深く溜息を吐いてから千尋の頭を労うように撫でたが、すぐに浮かない顔をしている千尋に気が付いたようだった。
「他にも何かあったの?」
千尋が言い淀んでいれば、鋭い視線がレオに向けられてくる。自身の口から伝えても良いのだろうかと千尋に視線を向ければ、首を振り制された。
「……マチルド君の、Ωのフェロモンから運命の番の場所が “見えた”んだよ 」
「なんだって?」
驚き、目をこれでもかと見開いた成瀬は、千尋をじっと見つめてから冗談ではないのかと、どこか縋るような表情でレオを見てきた。
だがレオには成瀬の驚愕と不安を理解することはできるが、それを取り除くことはできない。
それが紛れもない事実だからだ。
成瀬の目を見つめながら千尋の言葉を肯定すれば、成瀬は髪をぐしゃりと掻き混ぜ、困惑しているのが見て取れるほどであった。
震える成瀬の手を、同じように震える千尋の手が握る。
「新しい能力だなんて……」
忌々しいとばかりに顔を歪める成瀬に、対面に座るレオも同じ気持ちだった。
「あぁ全く、一体どうなってるんだ」
酷く動揺する成瀬は、テーブルからソファに千尋と共に移動し、精神を落ち着かせるためだろう、千尋を抱きしめていた。
「後日アーロンに会って確認したら、良い運命がマチルドに切り替わってた。今までこんなことにはならなかったのに」
「千尋が言うには、前日から違和感のようなものを感じていたのと、私の家に行く前には胸騒ぎがしたらしい」
「前日からと、その日に?」
「沢山のΩが集まる部屋に顔を出した時に調子がおかしくて……もしかしたらΩのフェロモンから番の場所が分かる前触れだったのかもしれないんだけど。……レオの家に行くときに感じた胸騒ぎは、虫の知らせのようなものだと思う。僕らがあの日レオの家に行かなければ、あの子は亡くなっていて、運命は切り替わらなかったはずだから」
千尋を抱き込んだままボスンと音を立て、ソファの背凭れに寄りかかった成瀬が全ての息を吐き出すような大きなため息を吐いた。
「この能力はまだ誰にも話してない?」
「レオとなる君だけだよ」
「これが他に知られたら、今より神聖視されかねないし、身動きがもっと取れなくなりそうだ」
「それは困るよ」
「レオ、バレないように上手く千尋を守ってくれ」
「言われずともそのつもりだ」
部屋には重たい沈黙が落ち、三人ともどうすることもできない事態に頭を抱えるしかなかった。
その後も疲弊した精神を癒すように、成瀬はいつも以上に千尋にべったりとくっついて離れなかった。
レオも沈めた不安が顔を覗かせたが、千尋のネックガードから覗く痕を見て心を落ち着かせる。
一通り話し終えたあとはゆったりとした時間を、三人はできる限りいつものように過ごした。
夜もすっかりと更けてしまった深夜。流石に疲れて寝入ってしまった千尋と成瀬をよそに、レオは目が冴えてしまって仕方がなかった。
目を閉じてみても一向に睡魔は訪れず、レオは諦めて体を起こすと、いつも携帯している銃と工具をリビングに運び、テレビの前に置いてある広いテーブルに広げていく。
ガチャガチャと銃をバラしていき、丁寧に並べる。
この国では一切使うことがないので、銃をバラして並べたところでたいした汚れはついていない。
特殊部隊に居た頃はそれこそ夜にメンテナンスを行うことが日常だった。それが今や数日に一回だ。
銃身も薬室も綺麗なまま。それだけ平和な日々を送っているということに感謝しなければならない。
ガンオイルを入念に塗り、滑りを確認してから再度銃を組み立てる。それを手持ちの銃全てに行っていれば、千尋と共に眠っていたはずの成瀬がふらりとリビングに現れた。
目の下に作られた濃い隈が薄明かりに照らされ、危うげな雰囲気を纏う成瀬がちらりとレオに視線をやり、通り過ぎていく。
時計を見れば既に明け方近く、レオが銃のメンテナンスを始めてからかなりの時間が経っていた。
ソファから立ち上がれば、長時間同じ体勢で居たせいもあり、全身が凝り固まり軽く首を傾げただけでもバキボキと音が鳴る。
体を解しながら、ベランダで煙草を燻らせる成瀬に軽く扉を叩き合図をすれば、気だるそうに見られた。
「コーヒーでも飲むか?」
「入れてくれるのか? なら濃いのにしてくれ」
テーブルに広げた銃と工具をそのままに、レオは成瀬に言われた通りにうんと濃いめにコーヒーを入れた。
さて自分のはどうしようかと考え、レオは珍しく、普段あまり飲まないカフェオレを甘めに作った。集中力が切れた瞬間、頭が糖分を欲しがったのだ。
二つのマグカップを手にベランダに戻れば、気配に気が付いた成瀬が窓を開けてくれる。
遠くが僅かに色づき始めた時間だが、蒸し暑く重たい空気がすぐに襲ってきた。まだ気温は左程高くはないが、湿気が多い分籠る熱さと不快感が違う。
軽く汗ばみながら、カフェオレを口に含めば、熱さと甘さが喉を下っていき全身に行き渡る。
その感覚に体の力を抜けば、隣からは苦し気な声が上がった。
「うっ……こんなに濃く入れたのか」
「濃く入れろと言ったのは成瀬だろう?」
「そうだが……はぁ。お陰で目が冴えた」
適当な分量の粉を入れたのでレオにはどれ程の濃さか分からない。
どうやら余程濃かったようで、成瀬は眉間に深く皺を寄せながらチビチビと口を付け飲んでいた。
お互いに一言も発さないまま、まだ起きていない街並みを眺めていれば、吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出しながら成瀬が口を開く。
「それにしても、千尋の能力は一体どういう原理なんだか」
どこか遠い目をしながらそう零した成瀬に、レオは目を細める。
レオが持つΩのフェロモンが一切効かないという特殊能力とは訳が違う。
千尋が持つ能力は、例えば幽霊を見ることができ会話ができるだとか、動物と意思疎通ができるだとか、そういった類のオカルト的な物だ。
そんな能力がどうして千尋に備わってしまったのか。それはここにいる二人にも、ましてやその能力を携えている千尋本人にも分からないことだ。
そして今回新たに追加された能力があったことで、千尋の持つ能力の可能性が未知数だと実感させられた。
それに恐怖を抱くのは何らおかしいことではない。
「Ωのフェロモンが分かれば――という話を以前千尋としたことはあるが、まさか現実になるとは思いもしなかった」
「お前は預言者かなにかなのかな?」
損底嫌そうにレオを見てきた成瀬に、レオはそう思った経緯を成瀬に話す。
Ωのフェロモンから運命の番が分かれば、千尋が自身のフェロモンから己の運命の番の居場所を探す。そうなればレオが他の運命を排除することも容易いだろうと。
レオもそして千尋も、いつ現れるか分からない運命の番に怯えなくて済むのだ。
「はは、独占欲が強いことで。それで、運命の番の場所を聞いたのかい?」
「まさか。只でさえ新しい能力に加えて、運命が変わる瞬間を見ているんだぞ? 今の状態で聞けるわけがない」
「お前がその部分で冷静でなによりだよ」
いずれは聞こうと思っている事柄だが、しかしそれは今ではない。
聞けるとすれば、千尋が自身の新たな力に慣れ、そして受け入れられるようになってからだ。
「Ωのフェロモンからまでも運命の番が分かったとなったら、面倒なことにしかならないだろうね」
「その通りだ。Ωの子を持つαの親は一定数居るからな。その分仕事も増えるし、何よりも千尋が抱える負担が多くなる」
「これ以上あの子の負担が増えるのは困る。それに仕事が増えたらゆっくりできる時間も減るだろう? ただでさえお前に取られてるんだからな」
忌々しそうに睨みつけられるが、その部分に関してレオは成瀬に申し訳なさを感じていた。
以前はあったはずの成瀬と千尋の二人だけの時間を、レオは奪ってしまっているのだ。
家の中であれば、レオだけが自室に籠ることで二人だけの時間を作ってあげることはできるが、ひとたび外に出ればそうもいかない。
レオは千尋の護衛だ。余程のことがない限り傍を離れることはないし、離れる気もないのだ。
パキパキと錠剤を取り出す音が聞こえ視線を横に向ければ、成瀬がコーヒーで薬を流し込んでいた。
ごくりと喉を鳴らし飲み込んだあと、成瀬は遠くをぼんやりと見つめたまま静かに口を開いた。
「もし千尋に不利に働くようなことがあればその時は、お前はどこまで殺せる?」
「愚問だな」
考えるまでもない。千尋に害があるならば、それを排除するのがレオの仕事だ。例えどこかの国の首脳や王族を殺そうとも、千尋を守るという大義名分があればレオの行動は許される。
今は使われることなく煤一つすらない銃の中身が黒く染まろうとも、如何なる権力者もレオを止めることはできないのだ。
「だからお前には千尋を任せられる。――首の痕は気に入らないがな」
睨みつけられ思い切り胸元を殴られるが、大したダメージは入らない。寧ろ殴った成瀬の方が心底痛そうに拳を擦りながら、千尋の部屋に戻っていった。
ベランダには徐々に登る朝日が、街並みを照らしていく。成瀬がこうしてレオを渋々だろうが受け入れてくれているのはくすぐったい心地よさがある。
手に持ったマグカップの中身は既に冷え切り、それを一気に飲み込めば、底に溜まった砂糖の味が口の中に広がった。
口内のねばつきに不快感を覚えて口直しをしようと、成瀬が残していったマグカップを見れば、飲みきれなかったのか半分以上が残っていた。
口直しはこれでもいいかと、一口飲めば予想以上の苦みと渋みが襲ってくる。
「流石に濃すぎたな」
レオは一人、成瀬の残したコーヒーを無理矢理流し込んでから、静かにベランダで呟いた。
レオの家で行われた若者の不法侵入と大騒ぎ、それに伴い現状を見に行ったところ、マチルドが倒れていて救助したこと。
その青年が、運命の番を導く予定だったアーロンの最も良い運命の番であった事実。
成瀬は話を聞き終わると、深く溜息を吐いてから千尋の頭を労うように撫でたが、すぐに浮かない顔をしている千尋に気が付いたようだった。
「他にも何かあったの?」
千尋が言い淀んでいれば、鋭い視線がレオに向けられてくる。自身の口から伝えても良いのだろうかと千尋に視線を向ければ、首を振り制された。
「……マチルド君の、Ωのフェロモンから運命の番の場所が “見えた”んだよ 」
「なんだって?」
驚き、目をこれでもかと見開いた成瀬は、千尋をじっと見つめてから冗談ではないのかと、どこか縋るような表情でレオを見てきた。
だがレオには成瀬の驚愕と不安を理解することはできるが、それを取り除くことはできない。
それが紛れもない事実だからだ。
成瀬の目を見つめながら千尋の言葉を肯定すれば、成瀬は髪をぐしゃりと掻き混ぜ、困惑しているのが見て取れるほどであった。
震える成瀬の手を、同じように震える千尋の手が握る。
「新しい能力だなんて……」
忌々しいとばかりに顔を歪める成瀬に、対面に座るレオも同じ気持ちだった。
「あぁ全く、一体どうなってるんだ」
酷く動揺する成瀬は、テーブルからソファに千尋と共に移動し、精神を落ち着かせるためだろう、千尋を抱きしめていた。
「後日アーロンに会って確認したら、良い運命がマチルドに切り替わってた。今までこんなことにはならなかったのに」
「千尋が言うには、前日から違和感のようなものを感じていたのと、私の家に行く前には胸騒ぎがしたらしい」
「前日からと、その日に?」
「沢山のΩが集まる部屋に顔を出した時に調子がおかしくて……もしかしたらΩのフェロモンから番の場所が分かる前触れだったのかもしれないんだけど。……レオの家に行くときに感じた胸騒ぎは、虫の知らせのようなものだと思う。僕らがあの日レオの家に行かなければ、あの子は亡くなっていて、運命は切り替わらなかったはずだから」
千尋を抱き込んだままボスンと音を立て、ソファの背凭れに寄りかかった成瀬が全ての息を吐き出すような大きなため息を吐いた。
「この能力はまだ誰にも話してない?」
「レオとなる君だけだよ」
「これが他に知られたら、今より神聖視されかねないし、身動きがもっと取れなくなりそうだ」
「それは困るよ」
「レオ、バレないように上手く千尋を守ってくれ」
「言われずともそのつもりだ」
部屋には重たい沈黙が落ち、三人ともどうすることもできない事態に頭を抱えるしかなかった。
その後も疲弊した精神を癒すように、成瀬はいつも以上に千尋にべったりとくっついて離れなかった。
レオも沈めた不安が顔を覗かせたが、千尋のネックガードから覗く痕を見て心を落ち着かせる。
一通り話し終えたあとはゆったりとした時間を、三人はできる限りいつものように過ごした。
夜もすっかりと更けてしまった深夜。流石に疲れて寝入ってしまった千尋と成瀬をよそに、レオは目が冴えてしまって仕方がなかった。
目を閉じてみても一向に睡魔は訪れず、レオは諦めて体を起こすと、いつも携帯している銃と工具をリビングに運び、テレビの前に置いてある広いテーブルに広げていく。
ガチャガチャと銃をバラしていき、丁寧に並べる。
この国では一切使うことがないので、銃をバラして並べたところでたいした汚れはついていない。
特殊部隊に居た頃はそれこそ夜にメンテナンスを行うことが日常だった。それが今や数日に一回だ。
銃身も薬室も綺麗なまま。それだけ平和な日々を送っているということに感謝しなければならない。
ガンオイルを入念に塗り、滑りを確認してから再度銃を組み立てる。それを手持ちの銃全てに行っていれば、千尋と共に眠っていたはずの成瀬がふらりとリビングに現れた。
目の下に作られた濃い隈が薄明かりに照らされ、危うげな雰囲気を纏う成瀬がちらりとレオに視線をやり、通り過ぎていく。
時計を見れば既に明け方近く、レオが銃のメンテナンスを始めてからかなりの時間が経っていた。
ソファから立ち上がれば、長時間同じ体勢で居たせいもあり、全身が凝り固まり軽く首を傾げただけでもバキボキと音が鳴る。
体を解しながら、ベランダで煙草を燻らせる成瀬に軽く扉を叩き合図をすれば、気だるそうに見られた。
「コーヒーでも飲むか?」
「入れてくれるのか? なら濃いのにしてくれ」
テーブルに広げた銃と工具をそのままに、レオは成瀬に言われた通りにうんと濃いめにコーヒーを入れた。
さて自分のはどうしようかと考え、レオは珍しく、普段あまり飲まないカフェオレを甘めに作った。集中力が切れた瞬間、頭が糖分を欲しがったのだ。
二つのマグカップを手にベランダに戻れば、気配に気が付いた成瀬が窓を開けてくれる。
遠くが僅かに色づき始めた時間だが、蒸し暑く重たい空気がすぐに襲ってきた。まだ気温は左程高くはないが、湿気が多い分籠る熱さと不快感が違う。
軽く汗ばみながら、カフェオレを口に含めば、熱さと甘さが喉を下っていき全身に行き渡る。
その感覚に体の力を抜けば、隣からは苦し気な声が上がった。
「うっ……こんなに濃く入れたのか」
「濃く入れろと言ったのは成瀬だろう?」
「そうだが……はぁ。お陰で目が冴えた」
適当な分量の粉を入れたのでレオにはどれ程の濃さか分からない。
どうやら余程濃かったようで、成瀬は眉間に深く皺を寄せながらチビチビと口を付け飲んでいた。
お互いに一言も発さないまま、まだ起きていない街並みを眺めていれば、吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出しながら成瀬が口を開く。
「それにしても、千尋の能力は一体どういう原理なんだか」
どこか遠い目をしながらそう零した成瀬に、レオは目を細める。
レオが持つΩのフェロモンが一切効かないという特殊能力とは訳が違う。
千尋が持つ能力は、例えば幽霊を見ることができ会話ができるだとか、動物と意思疎通ができるだとか、そういった類のオカルト的な物だ。
そんな能力がどうして千尋に備わってしまったのか。それはここにいる二人にも、ましてやその能力を携えている千尋本人にも分からないことだ。
そして今回新たに追加された能力があったことで、千尋の持つ能力の可能性が未知数だと実感させられた。
それに恐怖を抱くのは何らおかしいことではない。
「Ωのフェロモンが分かれば――という話を以前千尋としたことはあるが、まさか現実になるとは思いもしなかった」
「お前は預言者かなにかなのかな?」
損底嫌そうにレオを見てきた成瀬に、レオはそう思った経緯を成瀬に話す。
Ωのフェロモンから運命の番が分かれば、千尋が自身のフェロモンから己の運命の番の居場所を探す。そうなればレオが他の運命を排除することも容易いだろうと。
レオもそして千尋も、いつ現れるか分からない運命の番に怯えなくて済むのだ。
「はは、独占欲が強いことで。それで、運命の番の場所を聞いたのかい?」
「まさか。只でさえ新しい能力に加えて、運命が変わる瞬間を見ているんだぞ? 今の状態で聞けるわけがない」
「お前がその部分で冷静でなによりだよ」
いずれは聞こうと思っている事柄だが、しかしそれは今ではない。
聞けるとすれば、千尋が自身の新たな力に慣れ、そして受け入れられるようになってからだ。
「Ωのフェロモンからまでも運命の番が分かったとなったら、面倒なことにしかならないだろうね」
「その通りだ。Ωの子を持つαの親は一定数居るからな。その分仕事も増えるし、何よりも千尋が抱える負担が多くなる」
「これ以上あの子の負担が増えるのは困る。それに仕事が増えたらゆっくりできる時間も減るだろう? ただでさえお前に取られてるんだからな」
忌々しそうに睨みつけられるが、その部分に関してレオは成瀬に申し訳なさを感じていた。
以前はあったはずの成瀬と千尋の二人だけの時間を、レオは奪ってしまっているのだ。
家の中であれば、レオだけが自室に籠ることで二人だけの時間を作ってあげることはできるが、ひとたび外に出ればそうもいかない。
レオは千尋の護衛だ。余程のことがない限り傍を離れることはないし、離れる気もないのだ。
パキパキと錠剤を取り出す音が聞こえ視線を横に向ければ、成瀬がコーヒーで薬を流し込んでいた。
ごくりと喉を鳴らし飲み込んだあと、成瀬は遠くをぼんやりと見つめたまま静かに口を開いた。
「もし千尋に不利に働くようなことがあればその時は、お前はどこまで殺せる?」
「愚問だな」
考えるまでもない。千尋に害があるならば、それを排除するのがレオの仕事だ。例えどこかの国の首脳や王族を殺そうとも、千尋を守るという大義名分があればレオの行動は許される。
今は使われることなく煤一つすらない銃の中身が黒く染まろうとも、如何なる権力者もレオを止めることはできないのだ。
「だからお前には千尋を任せられる。――首の痕は気に入らないがな」
睨みつけられ思い切り胸元を殴られるが、大したダメージは入らない。寧ろ殴った成瀬の方が心底痛そうに拳を擦りながら、千尋の部屋に戻っていった。
ベランダには徐々に登る朝日が、街並みを照らしていく。成瀬がこうしてレオを渋々だろうが受け入れてくれているのはくすぐったい心地よさがある。
手に持ったマグカップの中身は既に冷え切り、それを一気に飲み込めば、底に溜まった砂糖の味が口の中に広がった。
口内のねばつきに不快感を覚えて口直しをしようと、成瀬が残していったマグカップを見れば、飲みきれなかったのか半分以上が残っていた。
口直しはこれでもいいかと、一口飲めば予想以上の苦みと渋みが襲ってくる。
「流石に濃すぎたな」
レオは一人、成瀬の残したコーヒーを無理矢理流し込んでから、静かにベランダで呟いた。
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