運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

32 レオが生まれた街

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 翌日、予定よりも早い時間にホテルを出発した千尋は、朝霧に包まれた早朝の街を車で移動する。
 時間が早すぎるせいか、街はまだ眠りから覚めてはいない。人っ子一人居ない静かな高層ビルの谷間を進み、更に霧が濃くなる橋を越えた。

「この先だが、車から降りることはできないし、停車することもできない」

 治安が悪いと言われる場所では何が起こるか分からない。この地に来れただけでもいいのだと千尋はこれ以上レオに何か言うことはなかった。

 レオの運転する車は躊躇いなく道を進んでいく。レオはどこか落ち着かない様子で視線を動かし、辺りを忙しなく警戒しているようだった。
 周り景色はいつの間にか、背の高い近代的なビル群から、背が低く古びた建物ばかりになっている。
 街の雰囲気は建物だけではなく人さえも違うものに変わっていて、まだ朝早い時間にもかかわらず起きている人は先ほどまでいた街より多い。
 金属でできたごみ箱やドラム缶に火を焚き路上で暖を取っている者たちや、大きなカートに私物であろう物を詰めこみ歩く者。
 歩道には寝袋や、毛布を被った人々が寝転がって連なってもいる。
 何よりも目を引くのは、まるでゾンビ映画に出てくるゾンビのような者達だ。まるで現実とは思えない光景に驚きレオに目配せすれば、千尋の視線の先を見てあぁ、と小さく頷いた。

「この辺は薬の常習者ばかりだ。彼らはその中でも重症な部類だな」

 自国にいる時には絶対見ることのない光景に、千尋は息を呑むしかなかった。
 ごみや人が散乱する街中を更に車で進んでいけば、古びた三階建ての建物をレオが指さした。

「あの建物が私が生まれた時に住んでいた場所だが……記憶より更に古くなってるな」
「あそこが……」
「一番上の端の、あそこが家だった。思い出は特にないが、いつもあの窓から外を眺めていたのは覚えている」

 建物の近くをゆっくりと車を進めながら、部屋にある大きな一人用のソファによじ登り見た外の景色は、ずいぶん昔のことなのに光景が今と何ら変わっていないとレオは言う。
 レオがこの街を抜け出した時の話は聞いていたが、こんな街で小さな子供が外に出ないとはいえ生き抜くのは想像以上に大変だったはずだ。
 千尋は胸が締め付けられるように痛くなりレオの手を片方握れば、気にしてないと苦笑される。

「小さいレオがこの場所から抜け出せて良かったです」
「あの時の私の判断は正しかった。こうして千尋の傍に居られる」

 絡められた手を取られ、甲にレオが軽く口づけてくる。そこからじわりと感じる熱に、愛おしさが込み上げる。

「ところで千尋、あまり聞きたくはないんだが……私を試すためにここに連れてきたのか?」
「試す?」
「違うのか? ここに私の運命の番が居るのかと……」

 そこまで言われて漸く、千尋がこの場所に来たいと言った時のレオの渋面の理由と、落ち着きのなさの理由が分かった。慌ててレオに誤解だと説明するが、レオは納得しづらいと言った表情だ。
 レオは既に自らの運命を全て手にかけいているので、運命の番は存在していない。

「もう試しませんよ。それに全ての運命を切り離したのは紛れもなくレオ自身じゃないですか」
「確かにそうだが。私は千尋のように見えるわけではないから、不安はあるしそれが無くなることはない」

 二度とあんな思いはごめんだというレオは苦虫を嚙みつぶしたような表情を作る。それは千尋とて同じこと。
 レオを再び彼自身の運命の番に向かわせるなど、考えただけでも嫌になる。例え確実に抗えるのだと分かっていても、二人ともがレオが一度は運命の番の元へ向かってしまったことがトラウマとして心の奥に巣食ってるのだ。
 だというのに、千尋は安易に行きたいと言ってしまった。千尋が行きたいという場所ということの意味を、レオが堕ちてくれた安堵から頭からすっかりと抜け落ちていたからだ。

 今だ不安そうなレオにさてどうしたものかと頭を捻ったその時、背後で数発の銃声音が響いた。
 繋いでいた手を離したレオが、即座にアクセルを踏んで車のスピードを上げ来た道を戻る。
 後ろを振り返れば、倒れた人の荷物を漁る者が見えた。眉間に皺を寄せた千尋が座席に座りなおせば、窓の外に見える街の人々は銃声が聞こえたというのに皆平然としていた。
 それほどまでにこの場所ではあのようなことが日常的にあるということだ。

 気が付けば車はまた橋を渡り、見慣れた街並みが見えてくる。
 漸く現実の世界に戻ってきたような感覚に、知らずに強張っていたからだから力を抜いた。

「大丈夫か、千尋」
「……レオ」
「なんだ?」
「私の元に来てくれて、堕ちてくれてありがとう」

 目を大きく見開いたレオは、次の瞬間には目を細め空いた手で千尋の頬を撫でてくる。

「お互い、今が幸せだな」
「そうですね、大変なことは多いですけど」
「それにしても、心臓が痛かった」

 そう零すレオに千尋が申し訳なさから苦笑すれば、車が丁度赤信号で停車する。相当気を張っていたのだろうレオは、千尋の手を握りしめながら、窓に肘をつき疲れたように安堵の息を漏らしていた。
 その様子にちゃんと説明しておけばよかったと後悔した千尋は、レオの耳元にそっと唇を寄せ囁いた。

「お詫びに、帰ったらレオを癒してあげますよ」










*ここまでで前半が終わりです!
やっとここまできた……ちまちま更新ですみません。
完結まで頑張って書いていきますので、最後までお付き合いくださると嬉しいです!

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