運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

31 運命の番達

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 数日後。マチルドの保護を名目に退院を早めた千尋は、アーロンを伴いマチルドを迎えた。
 マチルドの両親には運命の番の話をしていないため、この場にはいない。千尋が連れていた仕事相手が偶々運命の番であった、という筋書きにするためだ。
 狙われているかもしれないマチルドを安全な場所で保護するため、セキュリティがしっかりしている場所に暫く隠れていてもらうということを事前にマチルドの両親に話してあるので、マチルドがこのままアーロンの自宅に向かっても何も問題はない。

 アーロンは車に待機させたまま、手続きを済ませた千尋とレオがマチルドを病室から連れ出し車に戻る。
 駐車場で待機させてあった大きめの車の扉をレオが開ければ、ここで初めてアーロンとマチルドが出会うのだった。
 互いを目にした瞬間、磁石のように吸い寄せられる光景は何度見ても感動的な場面だ。
 アーロンは涙を流しながら、マチルドは信じられとばかりに戸惑いながらも、お互いを離すまいとしっかりと抱き合っていた。
 その様子を確認しつつ、レオが静かに車を発進させる。向かうのはアーロンの家だ。
 二人から放たれるフェロモンがぴたりと重なり、一つの香りとなって車内を満たしていった。

 ハイウェイを一時間ほど走り到着した先。郊外にある高級住宅街の中にあるアーロンが所有する屋敷の一つに到着する。
 その頃には感動的な出会いも落ち着きを取り戻し、二人は幸せそうにぴたりと寄り添っていた。

 広い邸宅に見合った広いリビングの大きな窓からは、綺麗に整えられた庭が見える。腰を落ち着けた面々は、真剣な表情で向かい合った。
 マチルドを狙うものが再び狙う可能性を考えて、先に防犯を強化するようにアーロンに伝えていた。
 どうやらその通りに動いていてくれるらしいと千尋はアーロンの家に取り付けられた真新しい防犯カメラや、警備の者を見て思う。
 番の安全に配慮することに抜かりはないのだと示してみせたアーロンに安心した千尋は、出会ったばかりの番達の邪魔をあまりしてはいけないと、屋敷を後にすることにした。

「あの、千尋さん!」

 アーロンに抱きかかえられていたマチルドが、身を乗り出して千尋を呼び止める。

「あの、彼に、出会わせてくれて、ありがとうございます!!」

 マチルドには千尋自身が運命の相手に導くことができるとは伝えてはいなかったのだが、何か感じるものがあったのかもしれない。
 見ればアーロンもマチルドを立たせ、頭を深く下げていた。

「ここに居れば貴方を害するものは現れないでしょう。現れたとしてもアーロンが守ります。そうですよね、アーロン?」
「勿論です、千尋」
「幸せになりなさい、マチルド君」

 そう言って千尋よりも低い位置にあるマチルドの頭を撫でれば、マチルドはその大きな瞳からぼろぼろと涙を溢れさせた。
 落ち着かせるように抱きしめれば、マチルドは千尋に縋りつく。チクチクと刺さるような罪悪感が占める中、暫くしてから慰める役を運命の番であるアーロンに任せた。
 マチルドにどんな些細なことでも思い出したことがあればアーロン経由で教えて欲しいと頼んだ千尋は、盛大に感謝されながら今度こそ屋敷からホテルへの帰路についた。



 ホテルへ戻った千尋とレオは、休む間もなく翌日の帰国に備えて荷物を手早く纏めることにした。
 短期間に起きた出来事が多すぎて、千尋の疲労は限界だ。手慣れた準備を早々に終えた千尋は、ソファで寛ぎながらレオの肩に頭を預け、大きな手から温もりを分けてもらおうと冷えた手を重ねる。

「やっと帰れるな」
「えぇ、やっとですね」

 当初の滞在日程よりも少しばかりオーバーしたことで、帰国しても次の仕事が控えているのであまり休養は取れそうになかった。

「成瀬も、千尋がなかなか帰ってこないから心配しているだろうな」
「そうですね……それになる君には色々話をしないと」
「全て話すのか? 千尋のことだから多少は成瀬に隠すと思ったが」
「ここまでの状況になれば、黙っていてもいずれはバレます。なる君は起こると怖いんですよ?」
「確かにあとからバレれば私も彼に怒られるだろうな」

 苦笑しながら千尋の手を握り返してくるレオの手がとても心地良い。
 また成瀬を心配させることになるので、千尋はあまり今回の出来事を言いたくはないのだが、あとからバレて成瀬を不安定にはしたくないのだ。
 ふと、レオが視線を窓の外に向けていることに気が付き、どうしたのかと考えていれば、視線に気が付いたらしいレオから逆にどうしたのかと問いかけられた。

「いえ、外をずっと見ていたから気になって」
「あぁ、なるほど」

 するとレオが立ち上がり窓の側へ千尋を誘導する。そして開けた窓の先、ビル群の更に向こう側を指さした。

「あそこに橋があるだろう? アレを渡った数ブロック先に私が生まれた街があるんだ」
「意外と近くだったんですね」
「あぁ。元の家を手放すだろう? それで、生まれ育った場所を少し思い出していた」
「大人になってから行ったことはあるんですか?」
「いや? というより、生まれ育った家を出てからは一度も足を踏み入れてない」

 行く意味もないと零したレオだったが、千尋はレオの生まれた場所を見てみたいという気持ちが沸き上がった。

「レオ、明日の朝時間ありますよね?」
「千尋?」
「そこに行ってみたいんですが」

 千尋がそう提案すれば、レオが僅かに眉間に皺を寄せてあまり乗り気ではないことが分かる。しかし千尋は諦めようとは思わなかった。
 レオが住んでいた家に足を踏み入れたからだろうか。レオの生家が気になってしまったのだ。
 遠く離れた場所であったならここまで興味は引かれなかったかもしれない。目と鼻の先で、少し足を伸ばせばいいだけの距離にあるというのはなんとも魅力的だった。
 何よりも、忙しい身の上である千尋だ。このタイミングを逃せばそんな場所に足を伸ばせる機会など早々訪れないだろう。

「あそこは治安がいいとはいえない」
「レオが、生まれた地を見てみたいんです」
「見ても楽しいものは何もないぞ? 寧ろ不快だと思うが」
「それでもです。駄目ですか?」

 渋面を作るレオだがしかし、千尋が諦めないと悟ったのか最後は渋々ではあるが最終的には了承してくれたのだった。

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