運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

30 小さな紙片

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 話を終えアーロンとの日程をすり合わせた千尋は、レオと共にマチルドが入院している病院へと向かった。
 慌ただしい院内を歩き、薬品の臭いが色濃い病室に辿り着けば、ベッドを起こし両親と和やかに会話するマチルドの姿が見えた。
 その顔色はレオの家で見た時よりも大分良くなっている。
 楽し気に談笑している彼らに知らせるように千尋が扉をコンコンと鳴らせば、振り返った両親は恐縮した顔を見せ、マチルドは突然の来訪者に首を傾げていた。
 病院には似つかわしくない屈強な男達を従えて現れた見知らぬ千尋のことは、マチルドからすればさぞかし不思議に映るのだろう。
 きょとんと見つめる顔にはまだあどけなさが残る。千尋が悪意がない人間であることを証明するようにふわりと柔らかい笑みを浮かべれば、マチルドは途端に顔を赤くさせた。

 状況が分からず戸惑いを見せるマチルドをよそに、彼の両親に少しの間席を外してもらうように言えば、不安なのだろうマチルドは縋るように両親を見ていた。
 彼らが退出したのを見計らい、先ほどまで母親が座っていたベッド脇の椅子に腰を下ろすと、困惑した表情でマチルドが血hリオを見てきた。

「えっと貴方達は……」
「私は早川千尋と言います。後ろに控えているのはレオと言います。マチルド君が倒れていたのが私の護衛を務めている彼の家だったので、何故あそこに居たのか聞きたくて押しかけてしまいました」
「護衛……」

 目を白黒させながらも、マチルドは千尋達が命の恩人だと分かると安心したのか、肩から力を抜きゆっくりと記憶を辿り始めた。

「記憶が曖昧で、なんであそこにいたのか覚えてないんです。何かから逃げていたのは確かなんですけど」

 無意識なのだろう、表情を曇らせ腕を擦るマチルドに、近くにかけてある薄手のブランケットを肩に羽織らせれば、人懐っこそうな笑みを返してきた。
 断片的であろうと覚えている範囲で話を聞く。
 友達に誘われて車で遠い場所まで行ったが、その間もその後も記憶は未だ混濁していて思い出せない。
 次に記憶があるのは、レオの家に何とかその家に辿り着こうとしていたということと、誰かにあの場所に辿り着く前に刺されたということ。
 なんとか辿り着き隠れるために屋根裏に潜り込み必死で痛みに耐えていたが、意識を飛ばしてしまったという。

「刺したのはレオの家でパーティーをしていた子達ではないみたいですね……マチルド君が彼の……レオの家に来たのは何時頃ですか?」
「多分明け方だったと思います。空が明るくなり始めたくらいで……正確な時間はすみません、分からないんですけど」

 追われて尚且つ刺されていることから、マチルドが危険な者達と関わっていたかもしれない可能性はある。
 しかし千尋は目の前で申し訳なさそうに体を小さくさせるマチルドとの短い会話から、その可能性は限りなく低いと考えていた。
 アーロンの最高の運命であることも勿論理由としてはあるが、マチルドからは薄暗い雰囲気は一切感じないし、彼の両親から聞いた人柄もある。
 表裏関係なく関わってきた千尋の直感も、この青年は大丈夫だといっている。
 さり気なくレオに目配せしてみれば、どうやらレオもマチルド自身に危険性を感じてはいないようだった。
 だが何故レオの家をピンポイントで目指していたのかが気にかかる。
 レオが軍人だと知っていたとすれば、助けを求めるために入り込んだかもしれないと推測もできるが、そもそもマチルドが両親と暮らす家はレオの家から遠く離れた場所にあるので知る由もないだろう。
 僅かな接点すらない他人の家に追われている状況で駆け込むなど、普通であればありえないことだ。

「レオの家に行かなければならないと、マチルド君は誰かから指示を出されていたんですか?」

 問いかけた千尋にマチルドは考えるように目を伏せる。だが記憶が戻っていないため、緩く頭を左右に振って分からないと答えた。
 申し訳なさそうに顔を上げたマチルドは、視線を千尋から背後に控えているレオに移すと、軽く頭を下げた。

「レオさん、勝手に入ってごめんなさい」
「君が助かっているのだからそれくらい些細なことだ。気にしなくていい」

 レオが目元を緩ませ表情を僅かに和らげたことで、マチルドはほっと胸を撫でおろしていた。

 その後は他愛もない話に花を咲かせる。暫くすると、備え付けのテレビから可愛らしい音色のゆっくりとしたオルゴールの曲が聞こえてきた。
 その音に反応したマチルドがハッと目を見開き、画面を食い入るように見つめる。
 マチルドの突然の反応に千尋はレオと顔を見合わせた。どうしたのかとマチルドの傍によれば、頭が痛むのか苦し  そうに顔を歪めたマチルドが、それでも何かを探すように頭に手を当てたまま、きょろきょろと辺りを見回し始めた。

「僕の、僕のスマホってありますか」

 辺りを見回見回せば、病室の隅に置かれた小さなキャビネットの上に置かれているスマホを見つけた。
 何かあるのだろうかとマチルドにそれを手渡せば、マチルドは不意にケースを外したのだ。
 するとカサリと音を立てて、小さな紙片が掛け布団の上に落ちてくる。

「それは?」

 震える手で落ちた紙片を開き見つめるマチルドに千尋が問いかければ、マチルドが千尋に紙片を手渡してきた。
 レオと共に手渡された紙に目線を落とせば、そこには震えるような筆跡で住所が記されていた。

「うちの住所だな」
「あのオルゴールの音を聞いたら、紙を貰っていたのを突然思い出して」
「誰から貰ったかはわかりますか?」
「いえ、そこまでは。ただ――」

 逃げるときに、ずっと歪んだオルゴールの音色が頭の中で聞こえていたのだとマチルドはいう。
 その話を聞き、千尋は自身の悪夢の中で度々聞くオルゴールの音色を思い出した。
 ぞわりと言い知れぬ怖さが肌をじわじわと這い上がり、千尋は無意識にレオの手を握っていた。
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