40 / 98
第二部-失意の先の楽園
24 その感覚は
しおりを挟む
閑静な住宅街に相応しくないけたたましいサイレンの音が、辺りに響き渡る。
到着した救急車から降りた救急隊員がレオの案内で足早に千尋の元へとくれば、手早く青年の状態を確認してストレッチャーに乗せ運んでいく。
千尋はレオと共に車に乗り込むと、再びサイレンを鳴らして走り出した救急車の後を追いかけた。
助手席に座った千尋は、僅かに震える自身の手に気が付いていた。それを鎮めるように手を僅かに擦り合わせるが、その震えが収まることはない。
ぞわぞわと肌をなぞる気持ちの悪さも増すばかりだ。
「千尋、大丈夫か」
ハンドルを操りながら、千尋の異常を感じ取ったレオが声を掛けくる。その問いに千尋は答えることができなかった。
冷や汗が流れて止まらない。先ほどまで感じていた胸騒ぎを今は感じないにもかかわらずだ。
千尋が何も答えずにいれば、レオは気遣う素振りを見せながらも車を走らせることに集中したようで、車内は沈黙に包まれた。
その街にある大きな病院まで辿り着けば、青年は大急ぎで手術室へ運ばれていく。
千尋とレオはそれを見送ると別室に通され、駆け付けた警察から事情聴取を受けることとなった。
主に警察の質問に答えていたのは、あの家の持ち主であるレオだ。千尋は時折挟まれる問いに軽く答えるだけ。
前日の夜、同じ場所に警察が出動していたこともあり、その時に青年を見つけられなかった警察は、自分達がちゃんと調べていればと悔いているようだった。
事情聴取と言ってもそう時間を取られることもなく終わり、そのまま帰宅しても大丈夫だと言われたが、千尋はそれを断り病院に残ることを選んだ。
事情聴取のために通された面会用の室内。少し小さめなその部屋のブラインドカーテンは全て開けられていて、昼間の強い日差しが室内に射していて暖かい。
沈黙が落ちる室内は、壁に掛けられたアナログ時計の秒針が進む音をやけに大きく響いている。
千尋は簡易な椅子に座って目を瞑り、手を固く組んだまま顔を伏せていた。どれぐらいそうしていたか、直ぐ近くでことりと音が聞こえ僅かに顔を上げる。
視線の先には湯気が上がるコーヒーカップが置かれていた。
「本当は蜂蜜入りの紅茶が良いんだろうが、生憎ここにはこれしかないからな」
どうやらレオが知らぬ間に他の護衛に頼み持ってこさせたらしい。促されるまま一口含めば、途端に味が薄いのにえぐみが口の中に広がった。
思わず顔を顰めれば、レオが苦笑したのが分かる。お陰で沈んでいた思考が現実に引き戻された。
「ギリギリだっただろうが、彼は運が良い。きっとあの青年なら大丈夫だ」
レオが元気づけようと跪き、再び組まれた千尋の手を上から包み込むように重ねる。千尋より高い体温がジワリと冷えた手を温めていくようだった。
「それにあれだけ血で汚れたのを見れば、気分が落ちても仕方が――」
「いえ、血は……テロの時に慣れました」
レオの言葉に千尋はそうではないのだと首を僅かに振る。大量の血はかつて巻き込まれたテロで無理やり慣らされた。
傷口を見たわけでもなく、赤黒く変色したシャツだけならば耐えられる。
「では何か、別の理由があるのか?」
片眉を器用に上げたレオが、探るようにグレーの瞳が千尋を覗き込む。
小さく何度も口を開け閉めした千尋はレオの手を取り握り返すと、意を決して口を開いた。
到着した救急車から降りた救急隊員がレオの案内で足早に千尋の元へとくれば、手早く青年の状態を確認してストレッチャーに乗せ運んでいく。
千尋はレオと共に車に乗り込むと、再びサイレンを鳴らして走り出した救急車の後を追いかけた。
助手席に座った千尋は、僅かに震える自身の手に気が付いていた。それを鎮めるように手を僅かに擦り合わせるが、その震えが収まることはない。
ぞわぞわと肌をなぞる気持ちの悪さも増すばかりだ。
「千尋、大丈夫か」
ハンドルを操りながら、千尋の異常を感じ取ったレオが声を掛けくる。その問いに千尋は答えることができなかった。
冷や汗が流れて止まらない。先ほどまで感じていた胸騒ぎを今は感じないにもかかわらずだ。
千尋が何も答えずにいれば、レオは気遣う素振りを見せながらも車を走らせることに集中したようで、車内は沈黙に包まれた。
その街にある大きな病院まで辿り着けば、青年は大急ぎで手術室へ運ばれていく。
千尋とレオはそれを見送ると別室に通され、駆け付けた警察から事情聴取を受けることとなった。
主に警察の質問に答えていたのは、あの家の持ち主であるレオだ。千尋は時折挟まれる問いに軽く答えるだけ。
前日の夜、同じ場所に警察が出動していたこともあり、その時に青年を見つけられなかった警察は、自分達がちゃんと調べていればと悔いているようだった。
事情聴取と言ってもそう時間を取られることもなく終わり、そのまま帰宅しても大丈夫だと言われたが、千尋はそれを断り病院に残ることを選んだ。
事情聴取のために通された面会用の室内。少し小さめなその部屋のブラインドカーテンは全て開けられていて、昼間の強い日差しが室内に射していて暖かい。
沈黙が落ちる室内は、壁に掛けられたアナログ時計の秒針が進む音をやけに大きく響いている。
千尋は簡易な椅子に座って目を瞑り、手を固く組んだまま顔を伏せていた。どれぐらいそうしていたか、直ぐ近くでことりと音が聞こえ僅かに顔を上げる。
視線の先には湯気が上がるコーヒーカップが置かれていた。
「本当は蜂蜜入りの紅茶が良いんだろうが、生憎ここにはこれしかないからな」
どうやらレオが知らぬ間に他の護衛に頼み持ってこさせたらしい。促されるまま一口含めば、途端に味が薄いのにえぐみが口の中に広がった。
思わず顔を顰めれば、レオが苦笑したのが分かる。お陰で沈んでいた思考が現実に引き戻された。
「ギリギリだっただろうが、彼は運が良い。きっとあの青年なら大丈夫だ」
レオが元気づけようと跪き、再び組まれた千尋の手を上から包み込むように重ねる。千尋より高い体温がジワリと冷えた手を温めていくようだった。
「それにあれだけ血で汚れたのを見れば、気分が落ちても仕方が――」
「いえ、血は……テロの時に慣れました」
レオの言葉に千尋はそうではないのだと首を僅かに振る。大量の血はかつて巻き込まれたテロで無理やり慣らされた。
傷口を見たわけでもなく、赤黒く変色したシャツだけならば耐えられる。
「では何か、別の理由があるのか?」
片眉を器用に上げたレオが、探るようにグレーの瞳が千尋を覗き込む。
小さく何度も口を開け閉めした千尋はレオの手を取り握り返すと、意を決して口を開いた。
1
お気に入りに追加
1,636
あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。