運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

22 レオの家

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 翌日、レオが運転する車に乗り込んだ千尋は、ゆっくりと流れる外の景色を楽しんでいた。昨夜の熱気に包まれたパーティーとは違い、開けた窓から入る風が車内を程よく冷やし心地が良い。

 千尋は流れる景色を見ながら、パーティーで感じた違和感について考えていた。慌ただしい最中、感じた違和感は二つある。
 Ωだけの空間に足を踏み入れた時、フェロモンを強く感じてしまった不可思議な現象とそれに伴う感覚の異常。
 そしてもう一つは、最後に話しかけてきたアーロンから感じ取った違和感だ。運命の番の場所は確かに見えた。だがそれ以外の何かが引っ掛かる。
 今まで感じたことの無いものが一気に二つもあり気になって仕方がない。
 心臓が不規則に波打ちぞわりと何かが肌を撫でるのもおかしい。それは一晩明けて収まるどころか、今この瞬間も続いているどころか寧ろ強くなっている。
 
 大きな橋を渡る中、一段と冷えた空気を肺に吸い込んだ千尋はレオに気が付かれないようにゆっくりと吐き出す。
 そうしたところで言い知れぬ胸騒ぎは消えてはくれなかった。

「どれくらいで着くんですか?」
「あと一時間程だ。疲れたか?」
「疲れは取れましたよ、一晩ぐっすり寝ましたから」
「ならいいんだが」

 車は更に道を進み、レオとの束の間のドライブで気を紛らわしていれば、簡素な住宅街に入っていく。
 並ぶ家々を横目にすれば休日だからだろうか、犬を連れてジョギングをしている人々が多く見られた。
 レオの運転する車が住宅地の奥へ進んでいけば、徐々に隣り合う家同士の間隔が広がっていく。

「あと少しで着くぞ」

 レオの言葉に軽く頷いた千尋は、再び窓の外へと視線を戻した。段々と近づいていく場所に、千尋は胸騒ぎが強くなっていくのを感じ、知らず知らずの内に手を握りしめていた。

 キープアウトと書かれた黄色いテープが張られた家が見え、それがレオの家であるのがわかる。
 そしてその場所は、千尋が胸騒ぎを覚える場所そのものだった。こんなところにどうしてと言う気持ちを押し隠しながら、千尋はレオの家を見つめた。

「あら、レオじゃないの。久しぶりねぇ、それになぁにその車! 高級車じゃないの!」

 駐車スペースに車を止めれば、隣の家の住人であろう妙齢の女性が車から降りたレオに話しかけてきた。

「貴方が定期的に帰ってこないから、昨日は大変だったのよ? もう音楽も大音量でどんちゃん騒ぎだったんだから! 中はきっとめちゃくちゃよ?」
「仕方ないですね、仕事でそれどころではなかったので。ご迷惑をおかけしました」
「まぁまぁいいのよぉ、あら? まぁ、貴方恋人ができたのね!」

 千尋が姿を現せば途端に女性が頬を染め、上機嫌にレオの背をバシバシと力強く叩きだす。
 その姿に苦笑しながらも、千尋は普段の女神としてのものより幾分も柔らかい笑みを浮かべた。

「彼は恋人ではなく、私の上司です。急遽家の確認をしなければならないので、一緒にきて貰ったんです」
「あら、じゃぁ軍人さんなの? えらい別嬪さんもいるのねぇ!」

 どこの国でもお喋りが好きなご婦人は多く、レオが長引いてしまいそうな会話をさり気無く終わらせると、護衛として着いてきていた他の者達に外で待機するように指示を出していた。
 どうやら家の中にはレオと二人で入るらしい。千尋を伴い、レオは玄関に張られた黄色いテープをバリバリと剥がして玄関の扉を開ける。
 玄関の鍵は当然のように壊されていて、鍵を使わずとも簡単に開く。一歩家の中に踏み入れば、どうやったらここまで汚せるのだろうかといった荒れ具合だった。

 千尋は足元に乱雑に転がる様々な物を避けながら、興味深く家の中を見渡した。広く取られた玄関からはすぐに二階へ上がる階段が見え、奥に行けば広々としたリビングがあった。
 床には飲み物の缶や瓶、それにスナック菓子が散乱している。大きなスピーカーがその存在を主張するようにテーブルに置かれ、壁に掛けてあっただろう物は床にずれ落ち、テレビは倒され画面が割れていた。
 余りの惨状に二人は顔を顰めるしかない。

「こんな広い家に住んでいたんですか? 一人で?」
「他に金を使う道もないからな。かといって、都心部の部屋を借りるのは費用が掛かりすぎるだろう? ここなら基地にも近いし、家と家の間隔も空いているから緊急でヘリの迎えが来るときには丁度良いんだ」

 毎回ではないが、軍の車両やヘリでの迎えは特殊部隊に所属していたレオにはままあることだったらしい。
 近隣住民は皆、レオの職業を知っている。そのため不在がちでも今まで家が荒らされたり、不法侵入されたりなどはなかったらしいのだ。
 しかし今回レオの家で盛大にお祭り騒ぎをした若者たちは、この辺りに住む者達ではなかったようで、その事実を知らなかった。さぞかし警察がすぐに飛んできたことに驚いたことだろうとレオが笑う。

「誰かと住んでいたことは?」

 床に散乱したガラス片をパキパキと踏みしめながら、千尋は室内を見渡し好奇心からそう尋ねれば、僅かに探るように向けた視線に気が付いたレオが苦笑する。

「誰かと住んだことはないが、同僚を泊めたりすることはあったな」
「……彼も?」
「あぁそうだな。アーヴィングもだがニコールや他の連中も交えて何度かここで酒盛りをした」

 床に落ちた写真盾をレオに手渡されて視線を落とせば、そこには楽しそうに笑い合う彼らの姿があった。
 自然と唇を噛みしめていれば、写真盾が千尋の手から離される。
 レオに背を軽く叩かれ、気遣われたがなんとも言えない雰囲気になってしまった。軽く頭を振りアーヴィングの気配を振り切ると、千尋はそんな空気を壊すように、わざと恋人と住んだことはないのかと、本来聞きたかった質問をする。
 今まで敢えて聞いてこなかったが、気にならないというわけではなかった。

「レオなら引く手数多でしょう? 一人ぐらいいたのでは?」
「恋人がいたことがあるのは否定しないが、家に住まわせたことはないな」
「なぜです?」
「職業柄長続きしないのは勿論だが、誰かの気配が自分のテリトリーにあると落ち着かない」
「でも私とはずっと一緒ですよ?」
「千尋は特別だからな。寧ろ溺れてしまうほどに心地が良い」

 耳元で最奥に吹き込むように囁かれ、千尋は僅かに体を跳ねさせた。じわりと染み込むような歓喜は、絶えず感じている不安を多少なりとも和らげた。
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