37 / 98
第二部-失意の先の楽園
21 問題と嫌悪
しおりを挟む
「あぁ、やっと来たか! まったくこの私の電話を無視していいのは、千尋と私の家族だけなんだがね?」
会場に戻れば未だパーティーは盛況で、入り口付近でレオと千尋の到着を待ち構えていたブライアンの側近に連れられ、一直線に彼の元に連れていかれた。
他の招待客達から妨害を受けないので、混雑する会場内の移動もスムーズだ。
ブライアンは少しおどけながら、レオ達の漸くの到着にやれやれと肩をすくめてみせた。
「申し訳ございません大統領、火急の要件でしょうか?」
「まぁその通りかな。レオ、こちらでの家を手放してなかっただろう」
そう言われたレオは、すっかり忘れていたかつての住まいを思い出す。独り身にしては贅沢な一軒家、それがレオの元々の家だった。
「すぐに千尋の元へ行きましたし、その後も忙しかったのですっかり忘れていました」
「そこは私も悪かったよ。それでだ、君の家で子供達が盛大なパーティーをやったみたいなんだよね」
「……あぁなるほど、わかりました。それはいつです?」
「三時間くらい前だそうだよ。家主が君だろう? それで私の所まですぐに報告が上がってきたと言うわけさ」
みんな優秀だね? と笑うブライアンに、レオは頭が痛いとばかりに蟀谷に手を当てた。
「勝手に家に入って子供がパーティー? そんなことがあるなんて……」
「ずっと空き家だとまぁ、あることだ。知らない間に別人が住み着いていたりだとかな」
「そんなこともあるんですか」
「その場合、家の中は無事だとは言えないよ。なぁレオ」
「家の中がどうなっているか、想像したくないですね」
住宅街から少し離れた場所にある家だ。子供が羽目を外すにはもってこいの場所となっているはずで。
千尋は驚いたようにブライアンから話を聞いている。それもそうだろう。この国では空き家への不法侵入はさほど珍しいものではないのだが、千尋の生まれ育った国ではそうではない。
さてどうしたものかとレオが考える間もなく、ブライアンが翌日の予定を調整してくれたようで、丸一日の空きができていた。
個人的な用件で千尋の予定を崩してしまうことを心苦しく思ってしまうレオだったが、こればかりはどうしようもない。
寧ろ、この国に滞在していて尚且つ、ブライアンの采配で予定が動かせると言う最高のタイミングではあるのだ。
三人で暫く話込んでいれば、近くでそわそわと落ち着かない様子で千尋を見ている人物がいることにレオは気がついた。
その人物が四件先の依頼主だと思い出したレオは、ブライアンの相手はもう大丈夫だろうと判断し千尋へ声をかける。
「いけるか千尋」
「えぇ、彼で最後にすれば丁度良い時間でしょうから」
千尋がその人物に視線を向けて微笑めば、どこかほっとした表情をしながら足早に彼はやってきた。
「話の途中にすまないね、千尋君」
スラリとした背の高い、ブライアンと歳の頃が似た男性――アーロン・クロバンスは、千尋の分の飲み物も持ってきており、それを手渡しながらもどこか落ち着かない様子を見せている。
不思議そうに千尋が首を僅かに傾げれば、アーロンは持っていたワインで喉を潤してから喋りだす。
「あぁ、本当に……年甲斐もなく落ち着かなくてすまない」
「恥ずかしいことではありませんよ。運命の番に会える喜びに年齢は関係ないと思いますしね」
千尋が穏やかにそう言葉にすれば、眉を下げたアーロンが照れたように頬をかく。こうしたやり取りは珍しいものではない。
運命の番に会える順番が近づけば近づくほど、依頼主達はそれだけ心を躍らせる。千尋に会える機会があればこうして挨拶に訪れ、その幸せを噛みしめるのだ。
レオはそれを見る度に嘲笑いたくなる。確かに千尋が導く運命はどれも彼らにとって最上のものであるが、自らの意志で千尋を選び取ったレオからしてみれば、茶番のように見えてしまうからだ。
彼らの幸せを否定する気はないが、運命に絡めとられている彼らはどうしても愚かしい。
事前の調査によれば目の前にいるアーロンは、数年前に病で妻を亡くしている。相思相愛であったというのに、すぐに千尋に依頼を出している辺りに寒気がする。
周りからの説得もあって、立ち直ってから前を向くためにという名目で依頼は出されているのだが、果たしてそれが真意だろうか、と。
千尋に導いてもらいたいからと、パートナーとの強制的な婚姻等の解消は禁止事項の一つだ。これを守れない者は依頼から外されるし、何年経とうとも依頼が受理されることはない。
勿論調査で問題がないと判断されているアーロンは、そんなことはしていないのだが。しかしそう簡単に愛した者を忘れ、運命の番へ行こうとするその心情がレオには分からない。
アーロンとその妻が、仲睦まじくパーティーに訪れているのをレオは何度か見たことがあるから余計にそう感じてしまうのだろう。
――だから気持ちが悪いんだ。とレオは内心で独り言ちる。
運命の気味の悪さを知っている身からすれば、それを欲する人々は本当の意味での愛を知らないのではないか。
抗った先にあるものこそが強い絆で結ばれるのだとレオも千尋も確信している。
女神の仮面を上手くかぶる千尋を眺めつつ、何度聞いても代り映えのしない依頼主とのやり取りを聞き流しながら、レオは時計を見やり解除から上手く離脱するタイミングを計るのだった。
会場に戻れば未だパーティーは盛況で、入り口付近でレオと千尋の到着を待ち構えていたブライアンの側近に連れられ、一直線に彼の元に連れていかれた。
他の招待客達から妨害を受けないので、混雑する会場内の移動もスムーズだ。
ブライアンは少しおどけながら、レオ達の漸くの到着にやれやれと肩をすくめてみせた。
「申し訳ございません大統領、火急の要件でしょうか?」
「まぁその通りかな。レオ、こちらでの家を手放してなかっただろう」
そう言われたレオは、すっかり忘れていたかつての住まいを思い出す。独り身にしては贅沢な一軒家、それがレオの元々の家だった。
「すぐに千尋の元へ行きましたし、その後も忙しかったのですっかり忘れていました」
「そこは私も悪かったよ。それでだ、君の家で子供達が盛大なパーティーをやったみたいなんだよね」
「……あぁなるほど、わかりました。それはいつです?」
「三時間くらい前だそうだよ。家主が君だろう? それで私の所まですぐに報告が上がってきたと言うわけさ」
みんな優秀だね? と笑うブライアンに、レオは頭が痛いとばかりに蟀谷に手を当てた。
「勝手に家に入って子供がパーティー? そんなことがあるなんて……」
「ずっと空き家だとまぁ、あることだ。知らない間に別人が住み着いていたりだとかな」
「そんなこともあるんですか」
「その場合、家の中は無事だとは言えないよ。なぁレオ」
「家の中がどうなっているか、想像したくないですね」
住宅街から少し離れた場所にある家だ。子供が羽目を外すにはもってこいの場所となっているはずで。
千尋は驚いたようにブライアンから話を聞いている。それもそうだろう。この国では空き家への不法侵入はさほど珍しいものではないのだが、千尋の生まれ育った国ではそうではない。
さてどうしたものかとレオが考える間もなく、ブライアンが翌日の予定を調整してくれたようで、丸一日の空きができていた。
個人的な用件で千尋の予定を崩してしまうことを心苦しく思ってしまうレオだったが、こればかりはどうしようもない。
寧ろ、この国に滞在していて尚且つ、ブライアンの采配で予定が動かせると言う最高のタイミングではあるのだ。
三人で暫く話込んでいれば、近くでそわそわと落ち着かない様子で千尋を見ている人物がいることにレオは気がついた。
その人物が四件先の依頼主だと思い出したレオは、ブライアンの相手はもう大丈夫だろうと判断し千尋へ声をかける。
「いけるか千尋」
「えぇ、彼で最後にすれば丁度良い時間でしょうから」
千尋がその人物に視線を向けて微笑めば、どこかほっとした表情をしながら足早に彼はやってきた。
「話の途中にすまないね、千尋君」
スラリとした背の高い、ブライアンと歳の頃が似た男性――アーロン・クロバンスは、千尋の分の飲み物も持ってきており、それを手渡しながらもどこか落ち着かない様子を見せている。
不思議そうに千尋が首を僅かに傾げれば、アーロンは持っていたワインで喉を潤してから喋りだす。
「あぁ、本当に……年甲斐もなく落ち着かなくてすまない」
「恥ずかしいことではありませんよ。運命の番に会える喜びに年齢は関係ないと思いますしね」
千尋が穏やかにそう言葉にすれば、眉を下げたアーロンが照れたように頬をかく。こうしたやり取りは珍しいものではない。
運命の番に会える順番が近づけば近づくほど、依頼主達はそれだけ心を躍らせる。千尋に会える機会があればこうして挨拶に訪れ、その幸せを噛みしめるのだ。
レオはそれを見る度に嘲笑いたくなる。確かに千尋が導く運命はどれも彼らにとって最上のものであるが、自らの意志で千尋を選び取ったレオからしてみれば、茶番のように見えてしまうからだ。
彼らの幸せを否定する気はないが、運命に絡めとられている彼らはどうしても愚かしい。
事前の調査によれば目の前にいるアーロンは、数年前に病で妻を亡くしている。相思相愛であったというのに、すぐに千尋に依頼を出している辺りに寒気がする。
周りからの説得もあって、立ち直ってから前を向くためにという名目で依頼は出されているのだが、果たしてそれが真意だろうか、と。
千尋に導いてもらいたいからと、パートナーとの強制的な婚姻等の解消は禁止事項の一つだ。これを守れない者は依頼から外されるし、何年経とうとも依頼が受理されることはない。
勿論調査で問題がないと判断されているアーロンは、そんなことはしていないのだが。しかしそう簡単に愛した者を忘れ、運命の番へ行こうとするその心情がレオには分からない。
アーロンとその妻が、仲睦まじくパーティーに訪れているのをレオは何度か見たことがあるから余計にそう感じてしまうのだろう。
――だから気持ちが悪いんだ。とレオは内心で独り言ちる。
運命の気味の悪さを知っている身からすれば、それを欲する人々は本当の意味での愛を知らないのではないか。
抗った先にあるものこそが強い絆で結ばれるのだとレオも千尋も確信している。
女神の仮面を上手くかぶる千尋を眺めつつ、何度聞いても代り映えのしない依頼主とのやり取りを聞き流しながら、レオは時計を見やり解除から上手く離脱するタイミングを計るのだった。
1
お気に入りに追加
1,636
あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。