36 / 98
第二部-失意の先の楽園
20 違和感2
しおりを挟む
ファビアン達の元で暫く話し込んでいれば、会場へ戻るようにと千尋に声が掛かった。にこやかに別れの挨拶をファビアン達と済ませ部屋を出る。
しかしその足取りは重い。すぐに足を止めたレオが、千尋の様子を確かめ会場へ戻る前に休憩室へ誘導してくれた。
こぢんまりとした休憩室でレオと二人きりになり緊張の糸を解いた千尋は、どさりと大きな一人掛けのソファへ腰を下ろす。
「窓を、開けてください」
そう言いながらひじ掛けに肘をつき、自身の手で目を隠すようにして呼吸を整えることに務める。
簡易的な暗闇の中で、徐々に痛みと熱は引いていき落ち着きを取り戻していった。ただの頭痛ではないこの痛みはなんだろうかと考えながら、千尋は更に体から力を抜いて背凭れに寄りかかる。
レオは何も言わずに傍に控えてくれていた。
開けられた窓からは心地の良い夜風が部屋に吹き込み、外の喧騒も徐々に正確に聞こえてくる。
漸く千尋が落ち着きを取り戻したころには、休憩室に入ってから三十分の時間が経っていた。
「はぁ、すみませんレオ。飲み物を……」
漸く顔を上げれば、レオが素早く動き程よく冷えたミネラルウォーターのボトルを手渡してくれる。
数口飲んで喉を潤せば、完全とはいかないまでも気分が晴れた。
「すっかり時間を押してしまいましたね……主要な方には一通り挨拶は済ませたと思うんですけど、どうです?」
「飛び入りがなければ、招待客のリストの上の方は網羅している。呼ばれはしたが、もう暫くここで休んでいても大丈夫だろう」
レオが千尋の額に手を当て熱を測ってくる。その温かさと心地よさに千尋が思わずすり寄れば、レオは何も言わずにそのまま好きなようにさせてくれた。
ごつごつとした大きく武骨な手は、千尋にいつも安心感を与えてくれる。
「あと一時間ぐらいで退席しても大丈夫だと思うが。無理そうならこのまま帰るか?」
「だいぶ落ち着いたのでそこまでではないですよ」
心配だとばかりに眉を下げるレオに、千尋は安心させるように微笑んだ。
痛みと熱が引けば仕事を投げ出すほどでもない。それに残りの時間を考えれば疲労感はあれど、耐えられないほどではないと経験から分かるのだ。
「ただの体調不良か? それとも、さっきの部屋で何かあったのか?」
そう問われた千尋は真剣に見つめてくるレオの手に自身の手を重ね、感じた違和感を漏らす。
「いつもよりΩのフェロモンの匂いが強く感じてしまって……レオは感じましたか?」
「いつもと同じように感じたが」
「……そうですか」
「あの人数のΩが一部屋に集まるのは珍しいからな。もしかしたらそのせいかもしれないが……何か気になることでもあるのか?」
フェロモンの香りに充てられることは今までなかったわけではない。αの強すぎる匂いが混ざり合い気分がすぐれなくなることも少なくないのだ。
今までΩにはそういうものを感じなかったのだが、あれだけの人数が居ればレオの言う通り仕方ないのかもしれない。
「大丈夫ですよ。ただ会場が思ったよりも熱かったせいもありますし、ブライアンに威圧もされましたしね」
くすくすと笑う千尋に、レオは漸く少し安心したように息を吐いた。
窓の外に目を向ければ、夜の街は誘うようにきらきらと煌めいていて、このまま抜け出しても良いのではないかと頭をよぎる。
そんなことを考えていればふと視線に気が付き、僅かに目元を緩めているレオに首を傾げた。
「どうしましたレオ?」
「いや、目に毒だなと思っていただけだ」
「そうですか?」
僅かに開いたシャツで気怠げにソファに凭れ掛かっているのが扇状的だとレオは言う。
じっと目を合わせ微笑めば、誘われるがまま、レオは軽く千尋の唇に自身の唇を合わせてきた。
今この場に二人だけしか居ないからできない口づけは十分な甘さを含んでいた。
「これ以上熱くなったら困るのは千尋だと思うが?」
「ふふ、流石に弁えていますよ。それより……取らなくていいんですか、それ」
レオのジャケットのポケットの中で震え続けているスマホに気づいた千尋がレオを促せば、レオは不機嫌そうに眉を顰めて仕方がないとばかりにスマホを取り出した。
「ブライアン?」
画面に映し出されていた相手はブライアンだ。どうやら休憩時間もここまでらしい。
元より呼び出し直後にこの部屋に来ているので、だいぶ待たせている状況なのだが。
二人は目を合わせ、再び軽く口付けてから離れた。
立ち上がりサッと身支度を整えた千尋は、気持ちを切り替えてパーティー会場へ戻るのだった。
*この話から数話、以前上げていた「レオの家」を改稿したもの組み込んでいきます。
しかしその足取りは重い。すぐに足を止めたレオが、千尋の様子を確かめ会場へ戻る前に休憩室へ誘導してくれた。
こぢんまりとした休憩室でレオと二人きりになり緊張の糸を解いた千尋は、どさりと大きな一人掛けのソファへ腰を下ろす。
「窓を、開けてください」
そう言いながらひじ掛けに肘をつき、自身の手で目を隠すようにして呼吸を整えることに務める。
簡易的な暗闇の中で、徐々に痛みと熱は引いていき落ち着きを取り戻していった。ただの頭痛ではないこの痛みはなんだろうかと考えながら、千尋は更に体から力を抜いて背凭れに寄りかかる。
レオは何も言わずに傍に控えてくれていた。
開けられた窓からは心地の良い夜風が部屋に吹き込み、外の喧騒も徐々に正確に聞こえてくる。
漸く千尋が落ち着きを取り戻したころには、休憩室に入ってから三十分の時間が経っていた。
「はぁ、すみませんレオ。飲み物を……」
漸く顔を上げれば、レオが素早く動き程よく冷えたミネラルウォーターのボトルを手渡してくれる。
数口飲んで喉を潤せば、完全とはいかないまでも気分が晴れた。
「すっかり時間を押してしまいましたね……主要な方には一通り挨拶は済ませたと思うんですけど、どうです?」
「飛び入りがなければ、招待客のリストの上の方は網羅している。呼ばれはしたが、もう暫くここで休んでいても大丈夫だろう」
レオが千尋の額に手を当て熱を測ってくる。その温かさと心地よさに千尋が思わずすり寄れば、レオは何も言わずにそのまま好きなようにさせてくれた。
ごつごつとした大きく武骨な手は、千尋にいつも安心感を与えてくれる。
「あと一時間ぐらいで退席しても大丈夫だと思うが。無理そうならこのまま帰るか?」
「だいぶ落ち着いたのでそこまでではないですよ」
心配だとばかりに眉を下げるレオに、千尋は安心させるように微笑んだ。
痛みと熱が引けば仕事を投げ出すほどでもない。それに残りの時間を考えれば疲労感はあれど、耐えられないほどではないと経験から分かるのだ。
「ただの体調不良か? それとも、さっきの部屋で何かあったのか?」
そう問われた千尋は真剣に見つめてくるレオの手に自身の手を重ね、感じた違和感を漏らす。
「いつもよりΩのフェロモンの匂いが強く感じてしまって……レオは感じましたか?」
「いつもと同じように感じたが」
「……そうですか」
「あの人数のΩが一部屋に集まるのは珍しいからな。もしかしたらそのせいかもしれないが……何か気になることでもあるのか?」
フェロモンの香りに充てられることは今までなかったわけではない。αの強すぎる匂いが混ざり合い気分がすぐれなくなることも少なくないのだ。
今までΩにはそういうものを感じなかったのだが、あれだけの人数が居ればレオの言う通り仕方ないのかもしれない。
「大丈夫ですよ。ただ会場が思ったよりも熱かったせいもありますし、ブライアンに威圧もされましたしね」
くすくすと笑う千尋に、レオは漸く少し安心したように息を吐いた。
窓の外に目を向ければ、夜の街は誘うようにきらきらと煌めいていて、このまま抜け出しても良いのではないかと頭をよぎる。
そんなことを考えていればふと視線に気が付き、僅かに目元を緩めているレオに首を傾げた。
「どうしましたレオ?」
「いや、目に毒だなと思っていただけだ」
「そうですか?」
僅かに開いたシャツで気怠げにソファに凭れ掛かっているのが扇状的だとレオは言う。
じっと目を合わせ微笑めば、誘われるがまま、レオは軽く千尋の唇に自身の唇を合わせてきた。
今この場に二人だけしか居ないからできない口づけは十分な甘さを含んでいた。
「これ以上熱くなったら困るのは千尋だと思うが?」
「ふふ、流石に弁えていますよ。それより……取らなくていいんですか、それ」
レオのジャケットのポケットの中で震え続けているスマホに気づいた千尋がレオを促せば、レオは不機嫌そうに眉を顰めて仕方がないとばかりにスマホを取り出した。
「ブライアン?」
画面に映し出されていた相手はブライアンだ。どうやら休憩時間もここまでらしい。
元より呼び出し直後にこの部屋に来ているので、だいぶ待たせている状況なのだが。
二人は目を合わせ、再び軽く口付けてから離れた。
立ち上がりサッと身支度を整えた千尋は、気持ちを切り替えてパーティー会場へ戻るのだった。
*この話から数話、以前上げていた「レオの家」を改稿したもの組み込んでいきます。
1
お気に入りに追加
1,636
あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。