運命に抗え【第二部完結】

関鷹親

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第二部-失意の先の楽園

19 違和感

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 案内役の先導で辿り着いたのは、パーティー会場から左程離れていない場所だった。
 その部屋に辿り着くまでの廊下には、警備員が間隔を置いて配置されており、眼光鋭く辺りを警戒していた。到着した部屋のドア前にも当然のように両端に警備員が控えている。
 案内役が千尋の到着を告げればすぐに扉が開かれた。その先にあったのは、パーティー会場とは異なるシックモダンな内装の部屋であった。
 広い室内には背の低いテーブルとソファーが点在していて、Ωの婦人達が優雅に各々の交流を楽しんでいる様子が見て取れる。

 Ωのフェロモンが満ちている空間に一歩足を踏み入れた千尋は、その香りで頭の奥が僅かに痛み、熱を持つのを感じた。
 今までそんな症状が出たことはなく、千尋は内心なんなのだろうかと訝しむ。
 だが違和感に頭を悩ませる時間はなかった。この部屋で一際賑やかな場所から早速声が掛けられたからだ。

「千尋! さぁ早くこっちに来てくれ!」

 手を高く上げ千尋を呼んだのは、ブライアンの妻であるファビアン・ミラーだ。
 誘われるままにファビアンの隣に作られた席につけば、気を利かせたレオがすぐに給仕に頼み温かい紅茶を持ってきてくれた。
 それを口に含めば、冷や汗で冷えた体の内側から温かさがじんわりと広がっていく。心なしか先程感じた痛みと熱も無くなり、ほっと息を吐いた千尋はファビアンの周りに集まるΩの妻達を見た。

 この部屋の半数は千尋が導いた運命の番であるΩの妻で、どの顔も見知っている人物ばかりだ。性別も年齢もバラけているが、この場に居るのは権力者であるαの妻と言う立場の者達で、Ωの中でもヒエラルキーの高い者達ばかり。
 同じΩではあるのだが、気を緩めることはできない。α達とかかわる時とはまた別の緊張感が伴うのだ。

「皆さんお久しぶりですね」
「本当に! ブライアンは君とよく会っているっていうのに、俺はそんなに千尋と会えないだろう? 本当にずるいよね?」
「そうですよ、夫達は仕事で何度も千尋に会えると言うのにねぇ? 私たちはあまり会えないんだもの!」

 口々にずるいと口にするΩの妻達に千尋は苦笑するしかない。
 確かにα達とは常に顔を合わせているが、Ωの妻達と頻繁に会うことはない。それは番ったαがΩをあまり外に出したがらないからだ。
 特に運命の番を手に入れたαはそれが顕著にみられる。そのことが分かったのは、千尋が沢山の運命を繋げてきたからだった。
 本能のどこかで、運命の番を失ったらどうなるか理解しているからこそなのだろう、と千尋は考えている。
 夫婦同伴でなければならない行事や催し以外では、会うことなどほとんどない。
 口々に不満を千尋に漏らすが、しかしそれでも彼、彼女らはどこか幸せそうな表情をしていた。

「でも今日は特別。こんなに一度にΩの妻が集まることなんてないからね。良い息抜きになっているよ」
「そうよね、珍しいけれどたまにはこうして集まりたいわ!」
「夫に相談してみるしかないだろうな。みんなで言えば頻繁には無理でも、少しは集まれるんじゃないか?」
「そうよね、全員で夫達におねだりしましょうよ!」

 ファビアン達が盛り上がっていれば、周りにいた他の婦人達も何事だろうかと集まりだす。
 その中にはまだ番の居ないΩの人々も居た。彼らは社会経験を積むために連れてこられた権力者達の娘、息子達だ。
 彼らもまた事件があってからは余計に表に出られないらしく、婦人達の提案に嬉々として賛成していた。

「それにしても怖いわよね、次々に失踪だなんて」
「えぇ本当に。しかもほら、クレアの娘さんの他に失踪した人も私達に近い人ばかりでしょ?」
「誰か情報は持ってないのかい?」
「どれも噂話しかないな。居なくなったのはまだ番ってない子達ばかりなんだって?」
「いやだわ、貴方達も気を付けるのよ?」
「最近その話ばかりで、夜も安心して寝れないんです」
「両親が警備は強化してくれてはいるけれど、不安だし怖いわ」
「早く見つかると良いけれどねぇ……」

 彼らの話に耳を傾けていた千尋だが、次第に頭がぼんやりとし始めた。それはどんどんと不明瞭になっていき、まるで水中から聞くような音声へと変わっていく。
 これは一体なんだろうかと考えながら、千尋は周囲に気取られないように笑みを作り続けていた。
 次第に彼らの纏うフェロモンの香りも強くなり、千尋の嗅覚を刺激し始め、この場に入って来た時と同じく、頭が再び痛み熱を持つ。
 気分は最悪と言えた。ぐらぐらと脳を直接揺さぶられるような感覚と、ハッキリと聞こえないぼやけた音は不快さを増すばかり。
一度引いたはずの冷や汗は、今度は脂汗となり体じっとりと濡らし始めた。

「千尋も気を付けるんだよ? まぁ君にはブライアンが信頼を置くレオがついているからそんな心配はいらないだろうけれど。用心した方がいい」

 ファビアンに手を握られ、はっとした千尋は、そうですねと返事をしながら何とか女神の仮面を被り続けるのだった。
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