33 / 98
第二部-失意の先の楽園
17 αのパーティー
しおりを挟む
纏まった休暇が明ければ、千尋は再び忙しさの渦に呑まれた。
休暇取れば取るだけ、そのあとの忙しさが増すのだから長く休むのも考えものだ。
仕事のために国外に出た千尋とレオは、空いた時間で招かれたパーティーに出席していた。
近代的なビルの一画。現代アートの絵画や大きなオブジェが並ぶ中規模のホールには、丸いテーブルが点在し、参加者達が交流に勤しんでいる。
今回千尋が呼ばれたのは、α同士の交流を目的としたパーティーだ。
会場に足を踏み入れれば、千尋はすぐさま参加者達に取り囲まれた。頭の中はせわしなく動き、目の前の人物は誰で最後に会話したのはいつだったかを素早く思い出していく。
目まぐるしく、頭が痛くなる作業も、長くこの生活をしてれば慣れたものだ。
暫くすると、恰幅の言い男性がにこやかに千尋の元へと訪れた。
「会えてよかったよ千尋君!」
差し出された手を握り返せば、ぶんぶんと音が鳴るのではという位の勢いで手を振られる。
目の前の人物は誰だったかと記憶を探るが、該当する人物が居らず、これはまずいと千尋は久方ぶりの焦りを覚えた。
「最後に会ってから三年は経ってしまったかな? 最後に会った時、君には娘のことでとても困らせてしまった。今更かもしれないが、申し訳なかったね」
八の字に眉を下げ謝罪する目の前の男性に、漸く千尋の記憶の中で該当する人物が浮かび上がる。
アロン・マローニと言う目の前の男性はしかし、記憶の中の姿からはかなりかけ離れている見た目をしていた。最後に会った時、彼は今のような肉付きではなく、憔悴しきり今にも倒れそうなほど細かったからだ。
表情が重ならなければ思い出すことはできなかっただろう。
「本当にお久しぶりですね、アロン。……その、娘さんは?」
「今はとても幸せに暮らしているよ」
思い出しているのか、アロン自身も幸せそうに顔を綻ばせていた。
彼の娘はΩで、αとの恋愛が何度も上手くいかないことが続き、当時かなり荒れていたのだ。
そのことに心を痛めたのは娘を溺愛するアロンだった。千尋に渡りをつけ、何度もΩである娘の運命の番を見つけてくれと懇願してきたのだ。
説明をしても彼はどこか諦められない様子で、何度も千尋の元を訪れた。その姿が余りにも哀れで、しかしどうすることもできず、セラピストよろしく彼に寄り添い話を聞くことしかできなかった。
そんな状態であったアロンが、今は見て分かるほどに元気を取り戻している。
聞けば、彼の娘は自力で当時の現状を打破し、幸せを掴んだのだという。今は少し離れた場所で暮らしているようだが、仲睦まじい様子を頻繁に連絡してくれているというのだ。
一時期の状態を知っている千尋は、そのことを聞き安堵した。
導いてはあげられなかったが、自ら切り開いた先で幸せを掴んだ彼の娘の力強さに嬉しくなる。
それは千尋自身がそうだったからだろう。
「本当に良かったですね。力になれなかったことは心苦しいですが、娘さんが自分で手に入れた幸せは、とても素晴らしいものに違いありません」
「あぁ、そうなんだ。本当に素晴らしいんだよ! 娘もそりゃ喜んでいてね、早く孫の顔が見たくてこちらはそわそわと……おっと失礼、噂をすれば娘からだ。千尋、本当に会えて良かったよ、今度ゆっくりと話をさせてくれ」
にこにこと幸せそうに笑いながら、アロンはスマホを手に千尋の元から離れていく。
どこかで聞き覚えのあるアロンの着信音が、不意に千尋の心臓を掴んだように、一瞬だけ痛みを与えた。
あれはどこで聞いた曲だっただろうか。僅かな不快感が脳裏を掠めたが、アロンが去ったのを見計らったようにすぐに人々が千尋に話しかけてきたことで、その感覚は霧散したのだった。
休暇取れば取るだけ、そのあとの忙しさが増すのだから長く休むのも考えものだ。
仕事のために国外に出た千尋とレオは、空いた時間で招かれたパーティーに出席していた。
近代的なビルの一画。現代アートの絵画や大きなオブジェが並ぶ中規模のホールには、丸いテーブルが点在し、参加者達が交流に勤しんでいる。
今回千尋が呼ばれたのは、α同士の交流を目的としたパーティーだ。
会場に足を踏み入れれば、千尋はすぐさま参加者達に取り囲まれた。頭の中はせわしなく動き、目の前の人物は誰で最後に会話したのはいつだったかを素早く思い出していく。
目まぐるしく、頭が痛くなる作業も、長くこの生活をしてれば慣れたものだ。
暫くすると、恰幅の言い男性がにこやかに千尋の元へと訪れた。
「会えてよかったよ千尋君!」
差し出された手を握り返せば、ぶんぶんと音が鳴るのではという位の勢いで手を振られる。
目の前の人物は誰だったかと記憶を探るが、該当する人物が居らず、これはまずいと千尋は久方ぶりの焦りを覚えた。
「最後に会ってから三年は経ってしまったかな? 最後に会った時、君には娘のことでとても困らせてしまった。今更かもしれないが、申し訳なかったね」
八の字に眉を下げ謝罪する目の前の男性に、漸く千尋の記憶の中で該当する人物が浮かび上がる。
アロン・マローニと言う目の前の男性はしかし、記憶の中の姿からはかなりかけ離れている見た目をしていた。最後に会った時、彼は今のような肉付きではなく、憔悴しきり今にも倒れそうなほど細かったからだ。
表情が重ならなければ思い出すことはできなかっただろう。
「本当にお久しぶりですね、アロン。……その、娘さんは?」
「今はとても幸せに暮らしているよ」
思い出しているのか、アロン自身も幸せそうに顔を綻ばせていた。
彼の娘はΩで、αとの恋愛が何度も上手くいかないことが続き、当時かなり荒れていたのだ。
そのことに心を痛めたのは娘を溺愛するアロンだった。千尋に渡りをつけ、何度もΩである娘の運命の番を見つけてくれと懇願してきたのだ。
説明をしても彼はどこか諦められない様子で、何度も千尋の元を訪れた。その姿が余りにも哀れで、しかしどうすることもできず、セラピストよろしく彼に寄り添い話を聞くことしかできなかった。
そんな状態であったアロンが、今は見て分かるほどに元気を取り戻している。
聞けば、彼の娘は自力で当時の現状を打破し、幸せを掴んだのだという。今は少し離れた場所で暮らしているようだが、仲睦まじい様子を頻繁に連絡してくれているというのだ。
一時期の状態を知っている千尋は、そのことを聞き安堵した。
導いてはあげられなかったが、自ら切り開いた先で幸せを掴んだ彼の娘の力強さに嬉しくなる。
それは千尋自身がそうだったからだろう。
「本当に良かったですね。力になれなかったことは心苦しいですが、娘さんが自分で手に入れた幸せは、とても素晴らしいものに違いありません」
「あぁ、そうなんだ。本当に素晴らしいんだよ! 娘もそりゃ喜んでいてね、早く孫の顔が見たくてこちらはそわそわと……おっと失礼、噂をすれば娘からだ。千尋、本当に会えて良かったよ、今度ゆっくりと話をさせてくれ」
にこにこと幸せそうに笑いながら、アロンはスマホを手に千尋の元から離れていく。
どこかで聞き覚えのあるアロンの着信音が、不意に千尋の心臓を掴んだように、一瞬だけ痛みを与えた。
あれはどこで聞いた曲だっただろうか。僅かな不快感が脳裏を掠めたが、アロンが去ったのを見計らったようにすぐに人々が千尋に話しかけてきたことで、その感覚は霧散したのだった。
1
お気に入りに追加
1,636
あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。