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第二部-失意の先の楽園
11 穏やかな朝
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一週間のヒート期間を何とか乗り越えてから二日。千尋は漸くレオとの休暇を安心して楽しめることにほっとしていた。
絶えず見ていたキツい悪夢も、ヒートが治まるのと同時に鳴りを潜めている。そのことも千尋に安堵感を与えていた。
すっかり疲れが増した体は、二日間で段々と調子を取り戻してきていて、朝の目覚めが億劫ではなくなった。
カーテンを全て開いたリビングには、爽やかな朝の陽ざしが差し込んでいて平穏そのものだ。
テレビから流れる天気予報では、一週間は天気に恵まれ気温も快適なようで、レオと一緒にどこかにのんびり出かけるのもいいかもしれないと千尋は考えていた。
そんな千尋の目の前には、レオが用意した朝食が並ぶ。
こんがりときつね色に焼けたトーストと、カリカリに焼けたベーコン、半熟のスクランブルエッグとサラダはレオが毎朝作ってくれるものだ。
一人で暮らしていた時と様変わりした食生活に、健康的になったものだとふと、千尋は柔らかく微笑みながら独りごちる。
テーブルに並べられたお気に入りのジャムをトーストに塗り、ゆっくりと食事を進めていくが、千尋の目の前の席にレオは居ない。
珍しくレオがテーブルに付かずに、窓際でどこかへ連絡を取っているからだ。
千尋はテレビを流し見しつつ、タブレットで海外のニュースサイトを読みながらレオが席に着くのを待つ。
レオが漸く向かいの席に着いたのは、それから三十分経った頃だった。
「レオ、温めなおしましょう?」
「いや、このままで大丈夫だ」
席に着くやいなや、躊躇いなく冷め切った朝食を口にしたレオに千尋は声を掛けるが、まったく気にしていない様子で食べ進めている。
せめてもと千尋はカップに新しく温かいコーヒーを注ぎ、レオの前に置いた。
「千尋、情報共有だ」
レオは固くなったトーストを齧りながら、千尋がヒート期間中にブライアンから聞いた事件について話して聞かせた。
今までであれば、ヒート期間中でも問題なく過ごせていたのだが、悪夢と自死への衝動が強まることから、大事な情報の共有はヒート期間が明けてから行うように変えていた。
「まさかライリーまで姿を消すだなんて」
「その後も何人か消えたらしい。今のところは落ち着いているらしいが」
「まだ見つかってないんですか?」
「一人も見つかってないな」
最初の失踪者が出て半月。失踪者は一般人ではなく、上流社会に身を置く者だ。だからこそ簡単に姿も隠せるのだが――
「大統領から警戒するように言われた。丁度銃も新調したかったし、基地に取りに行こうと思うが良いか?」
「えぇ、体調も漸く落ち着きましたし。休暇中に済ませてしまった方が良いのでしょう? 行くのはいつです?」
「明後日だ」
「では、今日明日はのんびりできますね」
「そうもいかないと思うが」
レオが苦笑しながら千尋のスマホを指差せば、途端にメールの着信音が鳴る。
ピコピコと連続で鳴り出せば、ヒート期間中に来ていた返信をしていない連絡が沢山あった事を思い出した。
「のんびり……できそうにないですね」
通知の数は百に届かない数だが、それを一つずつ返信していくのは骨が折れる。多言語で送られてくるのだから尚更だ。
「なるべく早く終わらせますから、レオは少しでも休んでくださいね?」
「そうも言ってられない。体が鈍ったら困る」
二人並んで食器を片付ける。全てを食洗機に任せていた千尋だが、レオの指導で今ではちゃんと食器を洗えるようになっていた。
勿論、便利な機械は手放せないのだが、とりとめのない話をしながらする家事は楽しいのだ。
食事の用意も、調理することはまだできないが下準備はレオと一緒にすることもある。今までやろうとも思わなかったことも、レオと一緒であれば途端に挑戦したくなるという自身の変化を千尋は面白いと感じていた。
「楽しそうだな千尋」
「えぇ、楽しいですよ。レオと一緒に何かやるのは楽しいです」
「そうか。この後のトレーニングも一緒にやるか?」
レオの体力を作るトレーニングは軍隊仕込みで、体力が人並みの千尋にとってはキツイどころではない。
以前試しに同じメニューをやってみたが、結局序盤で根を上げ数日は筋肉痛で動けなくなったほどだ。
「……手加減してくれます?」
千尋がおずおずと聞けば、レオが珍しく声をあげて笑う。
「生まれたての小鹿のような千尋も愛らしかったが?」
「レオっ!」
顔が僅かに熱くなった千尋はレオに布巾を投げつけ、リビングに逃げスマホを手に取る。レオの笑い声を無視しながらあまり気の進まないメールの返信を始めるのだった。
絶えず見ていたキツい悪夢も、ヒートが治まるのと同時に鳴りを潜めている。そのことも千尋に安堵感を与えていた。
すっかり疲れが増した体は、二日間で段々と調子を取り戻してきていて、朝の目覚めが億劫ではなくなった。
カーテンを全て開いたリビングには、爽やかな朝の陽ざしが差し込んでいて平穏そのものだ。
テレビから流れる天気予報では、一週間は天気に恵まれ気温も快適なようで、レオと一緒にどこかにのんびり出かけるのもいいかもしれないと千尋は考えていた。
そんな千尋の目の前には、レオが用意した朝食が並ぶ。
こんがりときつね色に焼けたトーストと、カリカリに焼けたベーコン、半熟のスクランブルエッグとサラダはレオが毎朝作ってくれるものだ。
一人で暮らしていた時と様変わりした食生活に、健康的になったものだとふと、千尋は柔らかく微笑みながら独りごちる。
テーブルに並べられたお気に入りのジャムをトーストに塗り、ゆっくりと食事を進めていくが、千尋の目の前の席にレオは居ない。
珍しくレオがテーブルに付かずに、窓際でどこかへ連絡を取っているからだ。
千尋はテレビを流し見しつつ、タブレットで海外のニュースサイトを読みながらレオが席に着くのを待つ。
レオが漸く向かいの席に着いたのは、それから三十分経った頃だった。
「レオ、温めなおしましょう?」
「いや、このままで大丈夫だ」
席に着くやいなや、躊躇いなく冷め切った朝食を口にしたレオに千尋は声を掛けるが、まったく気にしていない様子で食べ進めている。
せめてもと千尋はカップに新しく温かいコーヒーを注ぎ、レオの前に置いた。
「千尋、情報共有だ」
レオは固くなったトーストを齧りながら、千尋がヒート期間中にブライアンから聞いた事件について話して聞かせた。
今までであれば、ヒート期間中でも問題なく過ごせていたのだが、悪夢と自死への衝動が強まることから、大事な情報の共有はヒート期間が明けてから行うように変えていた。
「まさかライリーまで姿を消すだなんて」
「その後も何人か消えたらしい。今のところは落ち着いているらしいが」
「まだ見つかってないんですか?」
「一人も見つかってないな」
最初の失踪者が出て半月。失踪者は一般人ではなく、上流社会に身を置く者だ。だからこそ簡単に姿も隠せるのだが――
「大統領から警戒するように言われた。丁度銃も新調したかったし、基地に取りに行こうと思うが良いか?」
「えぇ、体調も漸く落ち着きましたし。休暇中に済ませてしまった方が良いのでしょう? 行くのはいつです?」
「明後日だ」
「では、今日明日はのんびりできますね」
「そうもいかないと思うが」
レオが苦笑しながら千尋のスマホを指差せば、途端にメールの着信音が鳴る。
ピコピコと連続で鳴り出せば、ヒート期間中に来ていた返信をしていない連絡が沢山あった事を思い出した。
「のんびり……できそうにないですね」
通知の数は百に届かない数だが、それを一つずつ返信していくのは骨が折れる。多言語で送られてくるのだから尚更だ。
「なるべく早く終わらせますから、レオは少しでも休んでくださいね?」
「そうも言ってられない。体が鈍ったら困る」
二人並んで食器を片付ける。全てを食洗機に任せていた千尋だが、レオの指導で今ではちゃんと食器を洗えるようになっていた。
勿論、便利な機械は手放せないのだが、とりとめのない話をしながらする家事は楽しいのだ。
食事の用意も、調理することはまだできないが下準備はレオと一緒にすることもある。今までやろうとも思わなかったことも、レオと一緒であれば途端に挑戦したくなるという自身の変化を千尋は面白いと感じていた。
「楽しそうだな千尋」
「えぇ、楽しいですよ。レオと一緒に何かやるのは楽しいです」
「そうか。この後のトレーニングも一緒にやるか?」
レオの体力を作るトレーニングは軍隊仕込みで、体力が人並みの千尋にとってはキツイどころではない。
以前試しに同じメニューをやってみたが、結局序盤で根を上げ数日は筋肉痛で動けなくなったほどだ。
「……手加減してくれます?」
千尋がおずおずと聞けば、レオが珍しく声をあげて笑う。
「生まれたての小鹿のような千尋も愛らしかったが?」
「レオっ!」
顔が僅かに熱くなった千尋はレオに布巾を投げつけ、リビングに逃げスマホを手に取る。レオの笑い声を無視しながらあまり気の進まないメールの返信を始めるのだった。
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