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1巻
1-2
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もっとも個体値はそれぞれ違うため、各バース性の中でも、上級、中級、下級と階級分けがある。下級のαと上級のβとの能力差は然程存在しない。
また、Ωという存在は総じて能力が低いとされている。それはΩというバース性が、ヒートと呼ばれる発情期があるなど、子を孕むことに特化しているが故だ。
各国のトップクラスにいるα達が怪しい仕事をしているΩを特別視しているということが、レオには信じがたかった。
しかし目の前にいる三人は皆それを信じている様子であり、千尋という人物について語る口調は崇拝に近い。
怪しいカルトの教祖を語る信者に似ていると、レオは感じた。それが顔に出ていたのだろう。ブライアンが苦笑する。
「君が信じられないのも無理はない。私も彼らも最初は眉唾な話だと思っていたんだ。しかし彼の能力は本物だよ。私がこの地位に就く前に運命の番に出会ったのは知っているだろう? 妻と巡り合わせてくれたのは他でもない千尋だし、公にしていないが彼らの妻を見つけたのも千尋だ」
レオはうんうんと嬉しそうに頷く彼らに、なんとも言えない表情を返すことしかできなかった。
そんなことが本当にあり得るのだろうか。疑問と不信感が湧き上がる。
国によってはΩのフェロモンを軍事利用しようと研究していて、ハニートラップには昔からΩが使われている。
千尋というのはそのような怪しい人間ではないのか。だが、目の前にいるこの国のトップ三人は千尋という人物を信用しきっているようだ。
その上、それはこの国だけに限らないらしく、千尋を囲い込むべく国同士の争いが起きてもおかしくないほど「運命の女神」信仰は浸透しているらしい。
運命の番と出会ったαはその能力に拍車が掛かる、という噂も本当なのだという。
それ故に千尋の気を引こうと誰もが必死になっているし、下手に彼に手を出せば他が黙っていないのだとか。
しかしその均衡がどうやらβの女性に刺されたことで崩れたようだ。
力が弱い女性のβが刺しただけなので致命傷には至らなかったが、パトロン達の怒りは相当なもので、やはり専属の護衛を付けるべきだと結論付けられた。
その日の内に時差や国家間のいざこざなど関係なく、国際会議が開かれたそうだ。
ただ一人の人間のためだけにそんな国際会議が開かれてたまるかと思わずにはいられない。
会議では各国の腕利きの軍人や護衛が列挙されたが、最終的に選ばれたのはレオ・デレンスだった。
決め手となったのは彼がαのフェロモンを自在に操れる上に、特殊任務に就くための訓練で身につけた「Ωのフェロモンが一切効かない」という能力が高く評価されたためだった。
普通、どんなαもΩのフェロモンには抗えない。
だから最適な人選なのだとブライアンがパトロン達にごり押しし、最終的に全員一致でレオに決まったという。
「君は今日付けでこの国の所属ではなくなって、千尋という人間の所属になるよ。後ろ盾としてこの国がつくことになるから、必要な時は連絡してくれ。因みに任務は今からだ。このまま日本に飛んでもらう」
会議室を出て国防長官と共に飛行場に辿り着くと、乗るように指示されたのは大統領専用機だった。
一軍人でしかないレオが大統領不在の専用機に一人で乗るなど、どんな待遇だと思わず頭を抱える。そんなことにはかまわず、国防長官が「これが一番早くて確実だよ。暫しの大統領気分を味わって!」と言って、レオを機内に押し込めた。
静まり返った機内で革張りのシートに腰を下ろしたレオは軽く頭を振り、千尋に関しての資料をタブレットで開く。
レオは千尋の出自は高貴な家なのだろうと予想していたがそんなことはなく、ごく普通の家庭の出身であった。
そんな千尋はとんでもない人々との関わりを持っている。
関係者リストには驚く人物ばかりが連なっていた。表の住人も裏の住人も、力と金を持つ様々な人間が列挙されている。
しかも、このリストが全てではない可能性があるとして、詳しくは千尋から聞くようにとメモ書きがあった。
こんな劇薬のような人間の護衛をするのかと思うと、どんな要人を警護するより気分が重くなる。
対応を間違えればレオの命など数時間後にはなくなるだろう。最悪、国際問題、そして戦争になりかねない。
そんな人間に四六時中張り付くのだから、憂鬱な気持ちになるのも仕方がない。せめて良好な関係を築けるようにとレオは願ったのだった。
◇ ◇ ◇
千尋はスマホを手に延々と各所に連絡をしていた。一番古いものから順に返信していくが、その間にも通知がどんどん増えていく。
唸りながら前半は全て同じ文章を貼り付け、最後に一言添える。それだけでも量が多いので一苦労だ。
休み休みぽちぽちと返信しているところに、突然着信音が鳴る。発信者を確認すると、ブライアンからだった。
『やぁ千尋、目覚めはどうかな? 千尋の意識が戻ったらしいと連絡が来てね、すぐに電話したんだ。早急に君に伝えなければならないことがあったからね』
「早急にですか? 何でしょうか」
『今まで日本では護衛をつけてなかっただろう? しかし、今回のことでそうは言っていられなくなったのさ。分かるだろう? だから我々が選んだ護衛をそちらに向かわせたよ。もうそろそろ着くはずだから、院長に繋いでもらえないかな?』
「え、えぇ……分かりました。電話はこのままで……はい、ちょっと待ってくださいね」
千尋は慌ててナースコールを押し、至急、桐ヶ谷を呼んでくれと伝える。
数分後、桐ヶ谷が足早に現れた。
「すみません、ブライアン……大統領が桐ヶ谷先生にお話があるみたいです」
へにょりと眉を下げて桐ヶ谷を見た千尋は、電話をスピーカーに切り替える。ブライアンは桐ヶ谷から千尋の傷の具合を聞くと、すぐに本題に入った。
『先程、千尋にも言ったことだけど、今日から千尋には二十四時間三百六十五日護衛であるレオ・デレンスという男がつくよ。これは我々が決定したことで、今回ばかりは千尋の意見は聞かないからね! まぁ千尋には護衛というよりは護衛も兼任する友人とでも思って接してほしいかな。というわけだからDr.桐ヶ谷、彼の個室にレオが一緒にいられるようにしてくれ。詳細は彼から聞いてね、よろしく頼むよ!』
ブツッと切れたスマホを前に二人で唖然としている内に、桐ヶ谷の院内用の携帯に「千尋に面会に来ている人がいるがどうするか?」と連絡が入る。
なんて絶妙なタイミングだろうか。桐ヶ谷はロビーへレオという男を迎えに行った。
一人残された千尋は部屋の中で溜息を吐く。目覚めてからはいずれこうなるだろうと予想していたが、まさかブライアンが動くとまでは考えていなかった。
これからその護衛に四六時中張り付かれると思うと些か気が重い。月の半分は海外にいるため、護衛が数人つくという状態に慣れてはいるが、まさか自国にいる時までそうなろうとは。
己の迂闊さに頭が痛くなるが、こうなってしまっては仕方がない。
暫くすると桐ヶ谷が、背が高く体格のがっしりとした男性を連れて戻ってきた。
側頭部が短く刈り込まれたツーブロックのこげ茶色の髪に、グレーの瞳が眼光鋭く光り、歴戦の猛者のような佇まい。
これはただの護衛じゃないと直感したが、そもそもブライアン達が送り込んでくる人間なのだから只者じゃないのは当たり前だ。
「初めまして、レオ・デレンスです。本日より早川様の護衛をさせていただきます、よろしくお願いいたします」
ネイティブかと思うほど流暢に日本語を操りビシッとキレ良く敬礼をしたレオに、なるほど護衛職に従事する者ではなく軍人を寄越したのだと千尋は理解した。
「丁度ブライアンから連絡を貰ったところだったんですよ。こちらこそ宜しくお願いします」
にこりと千尋が微笑むと、レオも鋭い眼光を緩めて笑む。
「早速で悪いんだが、彼と二人だけにしてもらえないだろうか。護衛の件で話がしたいのだが、流石に他人に聞かれるのはまずい」
桐ヶ谷が退室し、レオはベッドの横に椅子を移動させた。そこに座ると、鞄からタブレットを出して何やら操作する。
千尋は初めて会ったレオの鋭い雰囲気と沈黙が重苦しくて、話しかけた。
「日本語、上手なんですね。びっくりしました」
「職務上、主要な国の言葉は話せる。君もそうだろう? 資料に書いてあった」
向けられたタブレットに視線を向けると、そこにはサッと目を通しただけでも分かるくらい、詳細すぎる千尋自身の情報が書かれていた。その内容の詳しさに呆れる。直後、レオの視線が突き刺さり、千尋はタブレットから視線を上げた。
「普段、私は要人警護はしない。特殊任務専門の軍人だからだ。しかし今日から無期限で君の護衛となった。千尋、君は一体何者なんだ?」
一体何者だと問われても、答えに困る。
しかし、レオが聞きたいことは大体分かった。千尋のパトロンを名乗る人々も、かつて千尋に問うてきたことだからだ。
「君の能力は聞いたし資料にも目を通したが、正直言って信じがたい。だから、私が君の護衛に選ばれたのが不思議でならないんだ」
「そうでしょうね、皆さん最初は貴方と同じ反応ですよ。……私のことを不気味に思うのでしょう?」
苦笑しつつ問うと、レオは躊躇いながらも頷いた。
「誰だってそうだと思います。その反応は正しいです。もし私が貴方や他のαで、私のような者が現れたら頭のおかしい変人か如何わしい宗教かと考えます」
「気を悪くしないでもらいたいんだが、君はその類ではないんだな? 誰かに指示されているということもない、と?」
「ありませんね、私はただ自分の能力を使って仕事をしているにすぎません。すぐにでも証明しましょうか? レオさんはフェロモンを感じませんけどαなのでしょう? 私と同様にフェロモン制御ができる人に初めてお会いました。匂いを嗅がせていただければ貴方の運命の番を探せますけど」
すると、苦笑したレオは首を横に振った。
「残念なことに私は職務上、番を持てないことになっているので、その必要はない。君の仕事を見れば自ずと分かるのだろうとは思っているが……」
「職務上、番を持てないなんて私と一緒ですね……まぁαと恋愛をすることもないんですけど」
千尋の柔らかな返事にレオは目を見開く。
千尋はビジネス上、番を持つことが叶わない。頸を噛まれると、αのフェロモンを感じられなくなるΩは八割に及ぶ。パトロン達はその八割に千尋が入るのを恐れているのだ。そして千尋の番となったαが権力を持つことも警戒している。
誰だって運命の番――己の半身に出会いたいに決まっている。それを確実に見つけられる千尋を手放したくはないのは当たり前のことだ。
そして千尋は恋人すら持つつもりがないため、全て納得済みである。
だが、パトロン達は運命の女神として千尋を縛り付けることに申し訳なさを感じているらしい。過保護ぶりや過度のプレゼントは償いでもあるのだ。
「君はそれでいいのか?」
そんなことを聞かれたのは、この数年まったくない。千尋はキョトンとする。
「辛くはないのか?」
真剣に問うてくる目の前の男に、千尋は好感を持つ。どうやら本気で心配してくれているらしい。
「今はもう辛くはありませんよ。Ωであるのに、私はこの能力で今や世界一高いヒエラルキーにいるでしょう。Ωは番がいなければ一人で生きていくのが難しいですが、私はそうじゃない。貴方のような護衛は付きますけど、他のΩ達のような窮屈さはなく自由ですしね。とても恵まれてると思いますよ。その代償が番を持てないことだとしても仕方がないと思いますし、私自身は運命の番というものが心底嫌いなんです」
運命の女神と呼ばれる千尋がサラリと運命の番を嫌いだと発言したことで、レオは困惑を極めた表情になる。
それはそうだろう。
千尋が過去、初めてできた彼氏やその後の彼氏達を目の前で運命の番に奪われてきたことは、パトロン達には話していない。
誰も千尋が運命の番という存在に嫌悪感を抱いていることなど知らないし、気が付いてもいないのだ。
番になった者達に罪はないし、誰しも魂から求め合う本能には抗えない。千尋自身が受け入れられないというだけで、他者にまでそれを押し付けようとは考えていなかった。
手に入ったはずの光景を見て虚しくなりはするが、どうしたって嫌悪感を拭えない。仕事で関わってきたα達を祝福する心はある。だが自身には当てはまらない、それだけだ。
仕事は仕事であり、千尋個人の感情はそこに必要ない。
虚しくても番を求めることはない。千尋の冷めきり凍てつく心は溶けはしないのだ。
「私が運命の番を嫌いと言ったことは、内緒にしてくださいね?」
口元に人差し指を当て小首を傾げてポーズを取ると、サラリと千尋の髪の毛が流れ、窓から差し込む光に当たり、ブルーブラックに美しく輝いた。
「あ、あぁ。私は千尋に属しているからどこかに報告する義務はないし、個人的な感情を誰かに漏らす悪趣味は持ち合わせない。だが初対面の私に話しても良かったのか?」
「貴方とは長いお付き合いになりそうですし、傍で私を見ていれば、いずれ不審に思うことがあるでしょう。それに私を心から心配してくれたのが分かったので、信用しても大丈夫かなと」
そうか、と呟いたレオはすっと右手を差し出す。改めて宜しく頼むと言うので、千尋もその大きくゴツゴツとした手を握り返し、こちらこそと優しく微笑む。
それが特殊な二人の特殊な関係が始まった瞬間だった。
レオが護衛に付いた次の日。千尋の病室に、事件の担当刑事が事情聴取に来た。
本来であれば最低限二人はいなければならないのだが、事情が事情なので、古くから付き合いのある千尋の能力を知っている者が一人である。
刑事はレオがいることに驚いたが、パトロンからの指示でついた護衛だと説明すると、心底安心したように肩の力を抜いた。
彼もまた日本にいる時も護衛が必要だと常に主張してきたからだ。
刑事は護衛としてどの程度の実績があるのか聞きたがったが、レオは職務規定に反するので教えられないと突っぱねた。
それはともかく、街中で起きた流血事件はニュースになりはしたが、大きく報道されることはなかった。別のトクダネを流し世間の関心を逸らすことで、千尋のことを徹底的に隠したそうだ。
「彼女はどうなりましたか?」
千尋が問うと、刑事は机に一枚の紙を出した。それを受け取り、目を通す。
千尋を刺したβの女性は、仕事を請け負ったαの交際相手だった。
番と出会った男は、千尋に仕事を依頼する時に交わされる契約の一つである、アフターフォローを一切せず彼女を切り捨てた。男を心底愛していた女性は許せるはずもない上、その男はあろうことか千尋の存在をその女性に話してしまった。まさに契約違反のオンパレードだ。
千尋の仕事は、相手の運命を導き変えることだ。だから仕事をする時、相手の恋人の有無は必ず確認する。
かつて自身が経験したように、捨てられる側の絶望は計り知れない。
結婚した相手や恋人が既にいる場合は、アフターフォローをできる人物からしか依頼を受けなかった。
それもこれも今回のような出来事を未然に防ぐためだ。
しかし依頼主であった瀬川という男は、下準備も後処理も何もしていなかった。ただただ自身が運命の番を手に入れた幸せを謳歌しただけ。捨てられた女性を顧みることなどなかった。
怒りを募らせた女性は愛した男にそれをぶつけられず、かといって瀬川の番を害することもできず、最終的に辿り着いたのが、千尋だったというわけだ。
千尋は意識を失う前に聞こえた女性の悲痛な叫びを思い出す。
自分がいなければあの女性は自然な別れが来るその時まで、瀬川という男と幸せに過ごせただろう。
それを壊したのは千尋だ。
いつもなら割り切れること。仕事相手は皆優秀で、今まで後処理を綺麗にしてくれた。
それがあるからこそ、千尋の罪悪感は鳴りを潜めていたのだが。
今回のようなお粗末なことをされると、後味が悪く罪悪感もひとしおだ。
眉間にいつの間にか深く皺が寄る。難しい顔をした千尋の前に、コトリと湯気がたつティーカップが置かれた。
「気が滅入る話だ、飲んで気分を落ち着かせるといい」
レオの促すままにティーカップに口を付ける。それは、はちみつの甘みが仄かに広がるミルクティーだった。千尋がリラックスする時に好んで飲むものだ。きっと資料に書かれていたのだろう。
昨日会ったばかりだというのに絶妙なタイミングで出てきたそれに感心し、千尋の表情は緩んだ。それを見た刑事が話を続ける。
「君を刺した女性は勾留中だ。今は大分落ち着いたが、最初は錯乱状態が酷くてね。罪はできるだけ軽くなるよう取り計らうそうだよ。アフターフォローは依頼主である瀬川ではなく本家の里中が行うそうだから、彼女はきっと立ち直れる」
それを聞き千尋は少しほっとする。
「依頼主だった瀬川は、運命の番であるΩと離されて実家に戻されている。本家で再教育され監視もついて一生飼い殺しが確定した。幸いΩのヒート前でまだ番ってなかったようでね、離されてもΩ側のダメージは少ないだろう。本家の里中も他家からの監視と飼い殺しが確定だ。あそこの会社はデカいから潰れると問題があるらしい。ペナルティとしては軽すぎるくらいだ。その内どっかが乗っ取るかもしれないけどな」
「番になる前で良かったです。私はパワーゲームに興味がないので皆がしたいように制裁すれば良いかと。……ただ私は結果的に彼女を苦しめてしまった自分自身を許せません」
ぎりっと強く握り込んだ千尋の手は赤く、震えていた。
「君は仕事をしただけだ。契約違反を起こしたのは瀬川で、君に落ち度はない。だから気に病むことはないんだよ」
刑事は優しくそう言うが、千尋は素直に受け取れず、曖昧に微笑む。
瀬川は罰せられるが、千尋には誰も罰を与えない。自身の業がまた一つ、圧しかかった。
事情聴取から一週間後。漸く千尋に退院許可が降りた。
傷がまだ完全に塞がっていないため動きは制限されるが、一か月は仕事を休めと各所から言われているので、ゆっくりと養生ができそうだ。
レオを伴い、久しぶりに自宅に戻る。
一人暮らしには広すぎる自宅の使っていなかった部屋を、レオの部屋として宛がった。
住み始めてからある程度の年月が経っているのに、自宅に人を招き入れたのは彼で二人目だ。
「いい家だな」
大きい窓のカーテンを開けると、都内を一望できる。
都心でセキュリティがしっかりしたタワーマンションのほぼ最上階に位置するこの部屋をポンとパトロンから与えられた当初は、金額を想像するだけで足がすくんだが、それも慣れてしまった。
「夜はもっと綺麗ですよ。夏は花火も見えますしね」
レオが自宅にいることに不快感はない。大分この男に慣れたなと、千尋はふと思う。
資料に書かれていたのか、千尋のことを把握しているので一から説明しなくて済む。レオの性格もあるのだろうが、配慮が行き届き、踏み込む領域も的確だ。
制約が課せられた軍人でなければ、今頃はパートナーくらい持っているに違いないほど優秀で、当然ながらα特有の格好良さだ。さぞやモテることだろう。
ブライアンの人選は完璧だなと思わずにはいられなかった。
四六時中行動を共にする人物との相性が合わないことほど最悪なことはない。その点、千尋もレオも早々に慣れ、色々言い合える関係になっている。それを有難いことだと認識していた。
ほぼ身一つで千尋のもとへ来たレオのために買い込んだ大量の荷物をリビングで広げ、二人で袋から出していく。
だがタグを切ろうとして、千尋はこの家にはハサミが一つもないことを思い出した。
「ハサミがないのを失念してました。今からコンビニに買いに行くしかないですね」
「ハサミならあるぞ、ちょっと待っててくれ」
レオはそう言うと、自身の部屋から唯一の持ちものである大きな鞄を持ってくる。その中からツールボックスを取り出し、ハサミを千尋に渡す。
レオのほうはどうするのかと見ていると、鞄のポケット部分からツールナイフを取り出し、それを使って服に付いたタグを切り始めた。
「その鞄、他には何が入っているんですか?」
「この中か? 万が一のための数日分の食料と着替え、野営に備えての装備と、あとは武器だな」
「武器?」
千尋の問いに、レオはしまったとばかりに口元に手を当てる。
「すまない千尋、この国には大統領専用機に乗せられて来たんだが、セキュリティチェックがなくてだな……失念していた。この国では銃の所持は違法だったな?」
「……まさかあるんですか?」
レオはこくりと頷き、鞄の中から黒いケースを出す。その中にはまずこの国では拝めない黒い鉄の塊があった。
「軍に預けるべきだが、やはり持っておくに越したことはない。できれば許可を取りたいが……」
顎に手を当てながら少しばかり考えた千尋は、チラリと時計を見て自身のスマホを取り出し、目当ての人物の番号を躊躇いなく押した。
『やぁ千尋! どうしたんだい? レオに何か問題があった?』
「こんにちはブライアン、今スピーカーにしたいんですが大丈夫ですか?」
『勿論だとも』
まさかの電話相手にレオがギョッとしている間に、電話をスピーカーモードにし、千尋とレオの間に置く。千尋はレオに話すように視線で促した。
「レオ・デレンスです。こちらに来る時に銃を一丁持ってきてしまいまして、銃の登録はそちらですのでどうしたら良いものかと」
『銃? あぁ! そっちは所持すら法律違反だったね、失念していたよ。しかし千尋を守るにはその国にいようとも必要だろう? むしろ一丁で足りるのかい? どうせ緊急用のハンドガンなんだろ? 国防長官に連絡して、いつでも銃火器を使用できるようにそっちの各基地に連絡を回すから、当面必要なものをピックアップするといい』
「分かりました。こちらでの許可はどうすればよいでしょうか?」
『あーこちらから一応書面を回すけど、そっちの国は処理がいまいち遅いからなぁ……千尋、直通で首相に連絡してくれる? その時に許可に必要な人物を聞いて千尋が直接話を通してほしい』
「分かりました。私の護衛のことですし連絡して許可取りますね。……あらゆる銃火器の使用と携帯の許可でいいですか?」
『それでお願いするよ、正式な書面は後日送るって言っておいて。他には何かあるかな?』
レオを見ると首を横に振るので、そのまま伝えて早々とブライアンとの通話を切った。
そのまま次の相手へ電話しようとスマホを手に取る。けれど、レオがジッとこちらを見ていることに気が付き、千尋は首を傾げた。
「まさか大統領に電話するとは……」
「下の人の連絡先は知らないので。それに許可なんて上の人から取ったほうが手っ取り早いでしょう? ブライアンのプライベート用の番号も仕事用の番号も知っていますしね」
にっこりと笑い、千尋は次々と各所に電話をして許可を取っていく。
「終わりましたよ、初めて知ったんですけど海外SP用の銃の携帯許可証があるらしいんです。それを私の友人である成瀬が明日には届けてくれるみたいなので、常に身につけておくように言われました」
「成瀬?」
「成瀬晃、私の大切な人ですよ」
目元を優しく緩め、ふんわりと千尋は微笑む。レオは訝しむように千尋を見た。
「まさか恋人か? しかし資料には書かれていなかったし、作るつもりがないと言っていなかったか?」
「安心してください、愛だの恋だのは私達の間にはありませんよ。彼は私の業の一つです」
そう言った千尋の顔は先程とは打って変わって、底冷えするような笑みを湛えていた。
◆ ◆ ◆
翌日の昼過ぎ。千尋のスマホへ連絡が入り、きっちりとスーツを着込んだ好青年然とした男が大量の荷物と共にやってきた。
「なる君その荷物どうしたの? 取り敢えず早く入って!」
誰に対しても敬語を使っていた千尋がそれを崩しているのにレオは驚く。そしてその表情にも違和感を覚えた。
千尋は出会って以来いつも笑みを浮かべてはいるが、それとは違う類の表情だ。
どうやら成瀬はこの家に来たことがあるらしく、勝手知ったる様子で千尋と共にスタスタとリビングへ進む。
「改めて、初めまして成瀬晃です。所属等は職務上言えないんだ、すまないね」
「千尋の護衛を任されたレオ・デレンスだ。秘匿事項は仕方のないことだ、気にしない」
リビングに着き、荷物を下ろした成瀬がすっと手を差し出す。レオはその手を握り挨拶をした。その瞬間、ビリッとした殺気のようなものを感じる。
成瀬は笑みを浮かべたままだが、目の奥に燻る何かが見えた。
恋人ではないと千尋は言っていたが、果たして本当だろうか? 千尋の容姿や価値を考えれば恋人だろうが遊び相手であろうが、そういった者がいないのは不思議だ。
この殺気は嫉妬からくるものだが、殺意まではない。
千尋の態度も相まって、疑念が深まる。
誰かに話す気はないが、千尋の護衛という立場上、恋人や遊び相手の有無は確認しておきたいと、レオは静かに二人を見る。
ソファに座った千尋の横に、当然のように成瀬が腰を下ろした。その近すぎる距離に、レオは気付かれないように眉を顰める。
「こっちは父さんからで、こっちが母さん、兄さんは後から何か送るって言ってたから来たら受け取って? で、俺からはこれとこれ、こっちは前に千尋が気に入ってたお菓子が入ってるから……今食べる?」
「ここのお菓子、中々買いに行けないから嬉しいな。流石、なる君。おじ様達にも後でお礼言わなきゃ。休み中に会えるかな? 皆、忙しい?」
お菓子の箱から一つ取り出し包装を開け、成瀬はそれを千尋に渡す。千尋もそれを当然のように受け取り食べる。その流れにお互いが慣れているようだ。
「千尋のためなら皆、時間を空けるに決まってるだろ?」
微笑みながら頭を撫でる成瀬にされるがままの千尋。それを見ていると、やっと本来の目的を思い出したのか、千尋が成瀬に目配せをした。
千尋が居住まいを正し、成瀬もそれに倣ってレオに向き直る。
「久々の再会なもので失礼を、本日はこちらを貴方に渡すように上司から言付かりました」
成瀬から差し出されたのは一枚のカードだ。
「それは海外から要人警護で同行した護衛等に発行される特別な許可証です。本来であれば一時的なもので所属の国が全責任を負いますが、貴方は千尋個人の所属になるようですし、一時的でもないのでしょう? 記入事項に常識外れなことが書いてあると見た者が信用しないと思いますので、その部分には貴方自身の後ろ盾である国名と、一番長い期限を記入してあります。携帯する銃火器類は都度届けていただいて、データとカードの項目を合わせて変更します。そのほうが良いですよね?」
「あぁそのほうがいいな、明日辺りに選びに行く予定だったんだ。今手元にあるのはこれだけだから心許なくてな」
レオが腰のホルスターから銃を取り出して置くと、成瀬は目を細めてそれを見た。
「分かりました。ではこちらの書類にその銃の正式名称と貴方のサインを書いてください。あとこれと同じ書類を数枚お渡ししますので、明日新しく選んだものはそちらに記入してこちらに送ってください。くれぐれも紛失はしないようにお願いしますね。我が国では銃一丁であっても過剰防衛どころではないですし、使用しないでほしいのですが、千尋の安全のためですから仕方ありませんしね。……あぁ本当にあのクソが!」
囁くように零れた成瀬の悪態に、レオは書類から顔を上げる。先程までの笑みはどこへやら、苛立ちを隠そうともせず成瀬はギリギリと歯を食いしばっていた。
「レオ、なる君が限界なので一端話を中断しますね」
そう言った千尋の雰囲気がガラリと変わっていて、レオは思わず目を見開く。
「なる君おいで?」
そう言って柔らかく微笑んだ千尋が両手を広げると、隣に座っていた成瀬は息を呑んだ後、勢い良く抱き着いた。
「っつ‼ ……ひろっ……! ちひろ‼」
千尋の首筋に顔を埋め、ぐりぐりと頭を擦り付ける成瀬の体は震えていて、千尋を抱きしめた手は血の気が引いて真っ青だ。
そんな成瀬を千尋は優しく抱きしめ、背に回した手で落ち着かせるように優しく撫でている。
「なる君寝られなかったの? 隈が凄いよ? もしかしてご飯も食べられなかった?」
千尋の問いにコクコクと頷く成瀬だが、いつの間にか泣き始め呼吸が乱れる。
「千尋……千尋は生きてるか? なぁ千尋っ‼」
「僕は生きてるよ。ちゃんと確かめて、なる君」
ふわっと嗅いだことのない匂いが微かにレオの鼻をくすぐった。それが千尋のフェロモンだと分かり、ギョッとする。
また、Ωという存在は総じて能力が低いとされている。それはΩというバース性が、ヒートと呼ばれる発情期があるなど、子を孕むことに特化しているが故だ。
各国のトップクラスにいるα達が怪しい仕事をしているΩを特別視しているということが、レオには信じがたかった。
しかし目の前にいる三人は皆それを信じている様子であり、千尋という人物について語る口調は崇拝に近い。
怪しいカルトの教祖を語る信者に似ていると、レオは感じた。それが顔に出ていたのだろう。ブライアンが苦笑する。
「君が信じられないのも無理はない。私も彼らも最初は眉唾な話だと思っていたんだ。しかし彼の能力は本物だよ。私がこの地位に就く前に運命の番に出会ったのは知っているだろう? 妻と巡り合わせてくれたのは他でもない千尋だし、公にしていないが彼らの妻を見つけたのも千尋だ」
レオはうんうんと嬉しそうに頷く彼らに、なんとも言えない表情を返すことしかできなかった。
そんなことが本当にあり得るのだろうか。疑問と不信感が湧き上がる。
国によってはΩのフェロモンを軍事利用しようと研究していて、ハニートラップには昔からΩが使われている。
千尋というのはそのような怪しい人間ではないのか。だが、目の前にいるこの国のトップ三人は千尋という人物を信用しきっているようだ。
その上、それはこの国だけに限らないらしく、千尋を囲い込むべく国同士の争いが起きてもおかしくないほど「運命の女神」信仰は浸透しているらしい。
運命の番と出会ったαはその能力に拍車が掛かる、という噂も本当なのだという。
それ故に千尋の気を引こうと誰もが必死になっているし、下手に彼に手を出せば他が黙っていないのだとか。
しかしその均衡がどうやらβの女性に刺されたことで崩れたようだ。
力が弱い女性のβが刺しただけなので致命傷には至らなかったが、パトロン達の怒りは相当なもので、やはり専属の護衛を付けるべきだと結論付けられた。
その日の内に時差や国家間のいざこざなど関係なく、国際会議が開かれたそうだ。
ただ一人の人間のためだけにそんな国際会議が開かれてたまるかと思わずにはいられない。
会議では各国の腕利きの軍人や護衛が列挙されたが、最終的に選ばれたのはレオ・デレンスだった。
決め手となったのは彼がαのフェロモンを自在に操れる上に、特殊任務に就くための訓練で身につけた「Ωのフェロモンが一切効かない」という能力が高く評価されたためだった。
普通、どんなαもΩのフェロモンには抗えない。
だから最適な人選なのだとブライアンがパトロン達にごり押しし、最終的に全員一致でレオに決まったという。
「君は今日付けでこの国の所属ではなくなって、千尋という人間の所属になるよ。後ろ盾としてこの国がつくことになるから、必要な時は連絡してくれ。因みに任務は今からだ。このまま日本に飛んでもらう」
会議室を出て国防長官と共に飛行場に辿り着くと、乗るように指示されたのは大統領専用機だった。
一軍人でしかないレオが大統領不在の専用機に一人で乗るなど、どんな待遇だと思わず頭を抱える。そんなことにはかまわず、国防長官が「これが一番早くて確実だよ。暫しの大統領気分を味わって!」と言って、レオを機内に押し込めた。
静まり返った機内で革張りのシートに腰を下ろしたレオは軽く頭を振り、千尋に関しての資料をタブレットで開く。
レオは千尋の出自は高貴な家なのだろうと予想していたがそんなことはなく、ごく普通の家庭の出身であった。
そんな千尋はとんでもない人々との関わりを持っている。
関係者リストには驚く人物ばかりが連なっていた。表の住人も裏の住人も、力と金を持つ様々な人間が列挙されている。
しかも、このリストが全てではない可能性があるとして、詳しくは千尋から聞くようにとメモ書きがあった。
こんな劇薬のような人間の護衛をするのかと思うと、どんな要人を警護するより気分が重くなる。
対応を間違えればレオの命など数時間後にはなくなるだろう。最悪、国際問題、そして戦争になりかねない。
そんな人間に四六時中張り付くのだから、憂鬱な気持ちになるのも仕方がない。せめて良好な関係を築けるようにとレオは願ったのだった。
◇ ◇ ◇
千尋はスマホを手に延々と各所に連絡をしていた。一番古いものから順に返信していくが、その間にも通知がどんどん増えていく。
唸りながら前半は全て同じ文章を貼り付け、最後に一言添える。それだけでも量が多いので一苦労だ。
休み休みぽちぽちと返信しているところに、突然着信音が鳴る。発信者を確認すると、ブライアンからだった。
『やぁ千尋、目覚めはどうかな? 千尋の意識が戻ったらしいと連絡が来てね、すぐに電話したんだ。早急に君に伝えなければならないことがあったからね』
「早急にですか? 何でしょうか」
『今まで日本では護衛をつけてなかっただろう? しかし、今回のことでそうは言っていられなくなったのさ。分かるだろう? だから我々が選んだ護衛をそちらに向かわせたよ。もうそろそろ着くはずだから、院長に繋いでもらえないかな?』
「え、えぇ……分かりました。電話はこのままで……はい、ちょっと待ってくださいね」
千尋は慌ててナースコールを押し、至急、桐ヶ谷を呼んでくれと伝える。
数分後、桐ヶ谷が足早に現れた。
「すみません、ブライアン……大統領が桐ヶ谷先生にお話があるみたいです」
へにょりと眉を下げて桐ヶ谷を見た千尋は、電話をスピーカーに切り替える。ブライアンは桐ヶ谷から千尋の傷の具合を聞くと、すぐに本題に入った。
『先程、千尋にも言ったことだけど、今日から千尋には二十四時間三百六十五日護衛であるレオ・デレンスという男がつくよ。これは我々が決定したことで、今回ばかりは千尋の意見は聞かないからね! まぁ千尋には護衛というよりは護衛も兼任する友人とでも思って接してほしいかな。というわけだからDr.桐ヶ谷、彼の個室にレオが一緒にいられるようにしてくれ。詳細は彼から聞いてね、よろしく頼むよ!』
ブツッと切れたスマホを前に二人で唖然としている内に、桐ヶ谷の院内用の携帯に「千尋に面会に来ている人がいるがどうするか?」と連絡が入る。
なんて絶妙なタイミングだろうか。桐ヶ谷はロビーへレオという男を迎えに行った。
一人残された千尋は部屋の中で溜息を吐く。目覚めてからはいずれこうなるだろうと予想していたが、まさかブライアンが動くとまでは考えていなかった。
これからその護衛に四六時中張り付かれると思うと些か気が重い。月の半分は海外にいるため、護衛が数人つくという状態に慣れてはいるが、まさか自国にいる時までそうなろうとは。
己の迂闊さに頭が痛くなるが、こうなってしまっては仕方がない。
暫くすると桐ヶ谷が、背が高く体格のがっしりとした男性を連れて戻ってきた。
側頭部が短く刈り込まれたツーブロックのこげ茶色の髪に、グレーの瞳が眼光鋭く光り、歴戦の猛者のような佇まい。
これはただの護衛じゃないと直感したが、そもそもブライアン達が送り込んでくる人間なのだから只者じゃないのは当たり前だ。
「初めまして、レオ・デレンスです。本日より早川様の護衛をさせていただきます、よろしくお願いいたします」
ネイティブかと思うほど流暢に日本語を操りビシッとキレ良く敬礼をしたレオに、なるほど護衛職に従事する者ではなく軍人を寄越したのだと千尋は理解した。
「丁度ブライアンから連絡を貰ったところだったんですよ。こちらこそ宜しくお願いします」
にこりと千尋が微笑むと、レオも鋭い眼光を緩めて笑む。
「早速で悪いんだが、彼と二人だけにしてもらえないだろうか。護衛の件で話がしたいのだが、流石に他人に聞かれるのはまずい」
桐ヶ谷が退室し、レオはベッドの横に椅子を移動させた。そこに座ると、鞄からタブレットを出して何やら操作する。
千尋は初めて会ったレオの鋭い雰囲気と沈黙が重苦しくて、話しかけた。
「日本語、上手なんですね。びっくりしました」
「職務上、主要な国の言葉は話せる。君もそうだろう? 資料に書いてあった」
向けられたタブレットに視線を向けると、そこにはサッと目を通しただけでも分かるくらい、詳細すぎる千尋自身の情報が書かれていた。その内容の詳しさに呆れる。直後、レオの視線が突き刺さり、千尋はタブレットから視線を上げた。
「普段、私は要人警護はしない。特殊任務専門の軍人だからだ。しかし今日から無期限で君の護衛となった。千尋、君は一体何者なんだ?」
一体何者だと問われても、答えに困る。
しかし、レオが聞きたいことは大体分かった。千尋のパトロンを名乗る人々も、かつて千尋に問うてきたことだからだ。
「君の能力は聞いたし資料にも目を通したが、正直言って信じがたい。だから、私が君の護衛に選ばれたのが不思議でならないんだ」
「そうでしょうね、皆さん最初は貴方と同じ反応ですよ。……私のことを不気味に思うのでしょう?」
苦笑しつつ問うと、レオは躊躇いながらも頷いた。
「誰だってそうだと思います。その反応は正しいです。もし私が貴方や他のαで、私のような者が現れたら頭のおかしい変人か如何わしい宗教かと考えます」
「気を悪くしないでもらいたいんだが、君はその類ではないんだな? 誰かに指示されているということもない、と?」
「ありませんね、私はただ自分の能力を使って仕事をしているにすぎません。すぐにでも証明しましょうか? レオさんはフェロモンを感じませんけどαなのでしょう? 私と同様にフェロモン制御ができる人に初めてお会いました。匂いを嗅がせていただければ貴方の運命の番を探せますけど」
すると、苦笑したレオは首を横に振った。
「残念なことに私は職務上、番を持てないことになっているので、その必要はない。君の仕事を見れば自ずと分かるのだろうとは思っているが……」
「職務上、番を持てないなんて私と一緒ですね……まぁαと恋愛をすることもないんですけど」
千尋の柔らかな返事にレオは目を見開く。
千尋はビジネス上、番を持つことが叶わない。頸を噛まれると、αのフェロモンを感じられなくなるΩは八割に及ぶ。パトロン達はその八割に千尋が入るのを恐れているのだ。そして千尋の番となったαが権力を持つことも警戒している。
誰だって運命の番――己の半身に出会いたいに決まっている。それを確実に見つけられる千尋を手放したくはないのは当たり前のことだ。
そして千尋は恋人すら持つつもりがないため、全て納得済みである。
だが、パトロン達は運命の女神として千尋を縛り付けることに申し訳なさを感じているらしい。過保護ぶりや過度のプレゼントは償いでもあるのだ。
「君はそれでいいのか?」
そんなことを聞かれたのは、この数年まったくない。千尋はキョトンとする。
「辛くはないのか?」
真剣に問うてくる目の前の男に、千尋は好感を持つ。どうやら本気で心配してくれているらしい。
「今はもう辛くはありませんよ。Ωであるのに、私はこの能力で今や世界一高いヒエラルキーにいるでしょう。Ωは番がいなければ一人で生きていくのが難しいですが、私はそうじゃない。貴方のような護衛は付きますけど、他のΩ達のような窮屈さはなく自由ですしね。とても恵まれてると思いますよ。その代償が番を持てないことだとしても仕方がないと思いますし、私自身は運命の番というものが心底嫌いなんです」
運命の女神と呼ばれる千尋がサラリと運命の番を嫌いだと発言したことで、レオは困惑を極めた表情になる。
それはそうだろう。
千尋が過去、初めてできた彼氏やその後の彼氏達を目の前で運命の番に奪われてきたことは、パトロン達には話していない。
誰も千尋が運命の番という存在に嫌悪感を抱いていることなど知らないし、気が付いてもいないのだ。
番になった者達に罪はないし、誰しも魂から求め合う本能には抗えない。千尋自身が受け入れられないというだけで、他者にまでそれを押し付けようとは考えていなかった。
手に入ったはずの光景を見て虚しくなりはするが、どうしたって嫌悪感を拭えない。仕事で関わってきたα達を祝福する心はある。だが自身には当てはまらない、それだけだ。
仕事は仕事であり、千尋個人の感情はそこに必要ない。
虚しくても番を求めることはない。千尋の冷めきり凍てつく心は溶けはしないのだ。
「私が運命の番を嫌いと言ったことは、内緒にしてくださいね?」
口元に人差し指を当て小首を傾げてポーズを取ると、サラリと千尋の髪の毛が流れ、窓から差し込む光に当たり、ブルーブラックに美しく輝いた。
「あ、あぁ。私は千尋に属しているからどこかに報告する義務はないし、個人的な感情を誰かに漏らす悪趣味は持ち合わせない。だが初対面の私に話しても良かったのか?」
「貴方とは長いお付き合いになりそうですし、傍で私を見ていれば、いずれ不審に思うことがあるでしょう。それに私を心から心配してくれたのが分かったので、信用しても大丈夫かなと」
そうか、と呟いたレオはすっと右手を差し出す。改めて宜しく頼むと言うので、千尋もその大きくゴツゴツとした手を握り返し、こちらこそと優しく微笑む。
それが特殊な二人の特殊な関係が始まった瞬間だった。
レオが護衛に付いた次の日。千尋の病室に、事件の担当刑事が事情聴取に来た。
本来であれば最低限二人はいなければならないのだが、事情が事情なので、古くから付き合いのある千尋の能力を知っている者が一人である。
刑事はレオがいることに驚いたが、パトロンからの指示でついた護衛だと説明すると、心底安心したように肩の力を抜いた。
彼もまた日本にいる時も護衛が必要だと常に主張してきたからだ。
刑事は護衛としてどの程度の実績があるのか聞きたがったが、レオは職務規定に反するので教えられないと突っぱねた。
それはともかく、街中で起きた流血事件はニュースになりはしたが、大きく報道されることはなかった。別のトクダネを流し世間の関心を逸らすことで、千尋のことを徹底的に隠したそうだ。
「彼女はどうなりましたか?」
千尋が問うと、刑事は机に一枚の紙を出した。それを受け取り、目を通す。
千尋を刺したβの女性は、仕事を請け負ったαの交際相手だった。
番と出会った男は、千尋に仕事を依頼する時に交わされる契約の一つである、アフターフォローを一切せず彼女を切り捨てた。男を心底愛していた女性は許せるはずもない上、その男はあろうことか千尋の存在をその女性に話してしまった。まさに契約違反のオンパレードだ。
千尋の仕事は、相手の運命を導き変えることだ。だから仕事をする時、相手の恋人の有無は必ず確認する。
かつて自身が経験したように、捨てられる側の絶望は計り知れない。
結婚した相手や恋人が既にいる場合は、アフターフォローをできる人物からしか依頼を受けなかった。
それもこれも今回のような出来事を未然に防ぐためだ。
しかし依頼主であった瀬川という男は、下準備も後処理も何もしていなかった。ただただ自身が運命の番を手に入れた幸せを謳歌しただけ。捨てられた女性を顧みることなどなかった。
怒りを募らせた女性は愛した男にそれをぶつけられず、かといって瀬川の番を害することもできず、最終的に辿り着いたのが、千尋だったというわけだ。
千尋は意識を失う前に聞こえた女性の悲痛な叫びを思い出す。
自分がいなければあの女性は自然な別れが来るその時まで、瀬川という男と幸せに過ごせただろう。
それを壊したのは千尋だ。
いつもなら割り切れること。仕事相手は皆優秀で、今まで後処理を綺麗にしてくれた。
それがあるからこそ、千尋の罪悪感は鳴りを潜めていたのだが。
今回のようなお粗末なことをされると、後味が悪く罪悪感もひとしおだ。
眉間にいつの間にか深く皺が寄る。難しい顔をした千尋の前に、コトリと湯気がたつティーカップが置かれた。
「気が滅入る話だ、飲んで気分を落ち着かせるといい」
レオの促すままにティーカップに口を付ける。それは、はちみつの甘みが仄かに広がるミルクティーだった。千尋がリラックスする時に好んで飲むものだ。きっと資料に書かれていたのだろう。
昨日会ったばかりだというのに絶妙なタイミングで出てきたそれに感心し、千尋の表情は緩んだ。それを見た刑事が話を続ける。
「君を刺した女性は勾留中だ。今は大分落ち着いたが、最初は錯乱状態が酷くてね。罪はできるだけ軽くなるよう取り計らうそうだよ。アフターフォローは依頼主である瀬川ではなく本家の里中が行うそうだから、彼女はきっと立ち直れる」
それを聞き千尋は少しほっとする。
「依頼主だった瀬川は、運命の番であるΩと離されて実家に戻されている。本家で再教育され監視もついて一生飼い殺しが確定した。幸いΩのヒート前でまだ番ってなかったようでね、離されてもΩ側のダメージは少ないだろう。本家の里中も他家からの監視と飼い殺しが確定だ。あそこの会社はデカいから潰れると問題があるらしい。ペナルティとしては軽すぎるくらいだ。その内どっかが乗っ取るかもしれないけどな」
「番になる前で良かったです。私はパワーゲームに興味がないので皆がしたいように制裁すれば良いかと。……ただ私は結果的に彼女を苦しめてしまった自分自身を許せません」
ぎりっと強く握り込んだ千尋の手は赤く、震えていた。
「君は仕事をしただけだ。契約違反を起こしたのは瀬川で、君に落ち度はない。だから気に病むことはないんだよ」
刑事は優しくそう言うが、千尋は素直に受け取れず、曖昧に微笑む。
瀬川は罰せられるが、千尋には誰も罰を与えない。自身の業がまた一つ、圧しかかった。
事情聴取から一週間後。漸く千尋に退院許可が降りた。
傷がまだ完全に塞がっていないため動きは制限されるが、一か月は仕事を休めと各所から言われているので、ゆっくりと養生ができそうだ。
レオを伴い、久しぶりに自宅に戻る。
一人暮らしには広すぎる自宅の使っていなかった部屋を、レオの部屋として宛がった。
住み始めてからある程度の年月が経っているのに、自宅に人を招き入れたのは彼で二人目だ。
「いい家だな」
大きい窓のカーテンを開けると、都内を一望できる。
都心でセキュリティがしっかりしたタワーマンションのほぼ最上階に位置するこの部屋をポンとパトロンから与えられた当初は、金額を想像するだけで足がすくんだが、それも慣れてしまった。
「夜はもっと綺麗ですよ。夏は花火も見えますしね」
レオが自宅にいることに不快感はない。大分この男に慣れたなと、千尋はふと思う。
資料に書かれていたのか、千尋のことを把握しているので一から説明しなくて済む。レオの性格もあるのだろうが、配慮が行き届き、踏み込む領域も的確だ。
制約が課せられた軍人でなければ、今頃はパートナーくらい持っているに違いないほど優秀で、当然ながらα特有の格好良さだ。さぞやモテることだろう。
ブライアンの人選は完璧だなと思わずにはいられなかった。
四六時中行動を共にする人物との相性が合わないことほど最悪なことはない。その点、千尋もレオも早々に慣れ、色々言い合える関係になっている。それを有難いことだと認識していた。
ほぼ身一つで千尋のもとへ来たレオのために買い込んだ大量の荷物をリビングで広げ、二人で袋から出していく。
だがタグを切ろうとして、千尋はこの家にはハサミが一つもないことを思い出した。
「ハサミがないのを失念してました。今からコンビニに買いに行くしかないですね」
「ハサミならあるぞ、ちょっと待っててくれ」
レオはそう言うと、自身の部屋から唯一の持ちものである大きな鞄を持ってくる。その中からツールボックスを取り出し、ハサミを千尋に渡す。
レオのほうはどうするのかと見ていると、鞄のポケット部分からツールナイフを取り出し、それを使って服に付いたタグを切り始めた。
「その鞄、他には何が入っているんですか?」
「この中か? 万が一のための数日分の食料と着替え、野営に備えての装備と、あとは武器だな」
「武器?」
千尋の問いに、レオはしまったとばかりに口元に手を当てる。
「すまない千尋、この国には大統領専用機に乗せられて来たんだが、セキュリティチェックがなくてだな……失念していた。この国では銃の所持は違法だったな?」
「……まさかあるんですか?」
レオはこくりと頷き、鞄の中から黒いケースを出す。その中にはまずこの国では拝めない黒い鉄の塊があった。
「軍に預けるべきだが、やはり持っておくに越したことはない。できれば許可を取りたいが……」
顎に手を当てながら少しばかり考えた千尋は、チラリと時計を見て自身のスマホを取り出し、目当ての人物の番号を躊躇いなく押した。
『やぁ千尋! どうしたんだい? レオに何か問題があった?』
「こんにちはブライアン、今スピーカーにしたいんですが大丈夫ですか?」
『勿論だとも』
まさかの電話相手にレオがギョッとしている間に、電話をスピーカーモードにし、千尋とレオの間に置く。千尋はレオに話すように視線で促した。
「レオ・デレンスです。こちらに来る時に銃を一丁持ってきてしまいまして、銃の登録はそちらですのでどうしたら良いものかと」
『銃? あぁ! そっちは所持すら法律違反だったね、失念していたよ。しかし千尋を守るにはその国にいようとも必要だろう? むしろ一丁で足りるのかい? どうせ緊急用のハンドガンなんだろ? 国防長官に連絡して、いつでも銃火器を使用できるようにそっちの各基地に連絡を回すから、当面必要なものをピックアップするといい』
「分かりました。こちらでの許可はどうすればよいでしょうか?」
『あーこちらから一応書面を回すけど、そっちの国は処理がいまいち遅いからなぁ……千尋、直通で首相に連絡してくれる? その時に許可に必要な人物を聞いて千尋が直接話を通してほしい』
「分かりました。私の護衛のことですし連絡して許可取りますね。……あらゆる銃火器の使用と携帯の許可でいいですか?」
『それでお願いするよ、正式な書面は後日送るって言っておいて。他には何かあるかな?』
レオを見ると首を横に振るので、そのまま伝えて早々とブライアンとの通話を切った。
そのまま次の相手へ電話しようとスマホを手に取る。けれど、レオがジッとこちらを見ていることに気が付き、千尋は首を傾げた。
「まさか大統領に電話するとは……」
「下の人の連絡先は知らないので。それに許可なんて上の人から取ったほうが手っ取り早いでしょう? ブライアンのプライベート用の番号も仕事用の番号も知っていますしね」
にっこりと笑い、千尋は次々と各所に電話をして許可を取っていく。
「終わりましたよ、初めて知ったんですけど海外SP用の銃の携帯許可証があるらしいんです。それを私の友人である成瀬が明日には届けてくれるみたいなので、常に身につけておくように言われました」
「成瀬?」
「成瀬晃、私の大切な人ですよ」
目元を優しく緩め、ふんわりと千尋は微笑む。レオは訝しむように千尋を見た。
「まさか恋人か? しかし資料には書かれていなかったし、作るつもりがないと言っていなかったか?」
「安心してください、愛だの恋だのは私達の間にはありませんよ。彼は私の業の一つです」
そう言った千尋の顔は先程とは打って変わって、底冷えするような笑みを湛えていた。
◆ ◆ ◆
翌日の昼過ぎ。千尋のスマホへ連絡が入り、きっちりとスーツを着込んだ好青年然とした男が大量の荷物と共にやってきた。
「なる君その荷物どうしたの? 取り敢えず早く入って!」
誰に対しても敬語を使っていた千尋がそれを崩しているのにレオは驚く。そしてその表情にも違和感を覚えた。
千尋は出会って以来いつも笑みを浮かべてはいるが、それとは違う類の表情だ。
どうやら成瀬はこの家に来たことがあるらしく、勝手知ったる様子で千尋と共にスタスタとリビングへ進む。
「改めて、初めまして成瀬晃です。所属等は職務上言えないんだ、すまないね」
「千尋の護衛を任されたレオ・デレンスだ。秘匿事項は仕方のないことだ、気にしない」
リビングに着き、荷物を下ろした成瀬がすっと手を差し出す。レオはその手を握り挨拶をした。その瞬間、ビリッとした殺気のようなものを感じる。
成瀬は笑みを浮かべたままだが、目の奥に燻る何かが見えた。
恋人ではないと千尋は言っていたが、果たして本当だろうか? 千尋の容姿や価値を考えれば恋人だろうが遊び相手であろうが、そういった者がいないのは不思議だ。
この殺気は嫉妬からくるものだが、殺意まではない。
千尋の態度も相まって、疑念が深まる。
誰かに話す気はないが、千尋の護衛という立場上、恋人や遊び相手の有無は確認しておきたいと、レオは静かに二人を見る。
ソファに座った千尋の横に、当然のように成瀬が腰を下ろした。その近すぎる距離に、レオは気付かれないように眉を顰める。
「こっちは父さんからで、こっちが母さん、兄さんは後から何か送るって言ってたから来たら受け取って? で、俺からはこれとこれ、こっちは前に千尋が気に入ってたお菓子が入ってるから……今食べる?」
「ここのお菓子、中々買いに行けないから嬉しいな。流石、なる君。おじ様達にも後でお礼言わなきゃ。休み中に会えるかな? 皆、忙しい?」
お菓子の箱から一つ取り出し包装を開け、成瀬はそれを千尋に渡す。千尋もそれを当然のように受け取り食べる。その流れにお互いが慣れているようだ。
「千尋のためなら皆、時間を空けるに決まってるだろ?」
微笑みながら頭を撫でる成瀬にされるがままの千尋。それを見ていると、やっと本来の目的を思い出したのか、千尋が成瀬に目配せをした。
千尋が居住まいを正し、成瀬もそれに倣ってレオに向き直る。
「久々の再会なもので失礼を、本日はこちらを貴方に渡すように上司から言付かりました」
成瀬から差し出されたのは一枚のカードだ。
「それは海外から要人警護で同行した護衛等に発行される特別な許可証です。本来であれば一時的なもので所属の国が全責任を負いますが、貴方は千尋個人の所属になるようですし、一時的でもないのでしょう? 記入事項に常識外れなことが書いてあると見た者が信用しないと思いますので、その部分には貴方自身の後ろ盾である国名と、一番長い期限を記入してあります。携帯する銃火器類は都度届けていただいて、データとカードの項目を合わせて変更します。そのほうが良いですよね?」
「あぁそのほうがいいな、明日辺りに選びに行く予定だったんだ。今手元にあるのはこれだけだから心許なくてな」
レオが腰のホルスターから銃を取り出して置くと、成瀬は目を細めてそれを見た。
「分かりました。ではこちらの書類にその銃の正式名称と貴方のサインを書いてください。あとこれと同じ書類を数枚お渡ししますので、明日新しく選んだものはそちらに記入してこちらに送ってください。くれぐれも紛失はしないようにお願いしますね。我が国では銃一丁であっても過剰防衛どころではないですし、使用しないでほしいのですが、千尋の安全のためですから仕方ありませんしね。……あぁ本当にあのクソが!」
囁くように零れた成瀬の悪態に、レオは書類から顔を上げる。先程までの笑みはどこへやら、苛立ちを隠そうともせず成瀬はギリギリと歯を食いしばっていた。
「レオ、なる君が限界なので一端話を中断しますね」
そう言った千尋の雰囲気がガラリと変わっていて、レオは思わず目を見開く。
「なる君おいで?」
そう言って柔らかく微笑んだ千尋が両手を広げると、隣に座っていた成瀬は息を呑んだ後、勢い良く抱き着いた。
「っつ‼ ……ひろっ……! ちひろ‼」
千尋の首筋に顔を埋め、ぐりぐりと頭を擦り付ける成瀬の体は震えていて、千尋を抱きしめた手は血の気が引いて真っ青だ。
そんな成瀬を千尋は優しく抱きしめ、背に回した手で落ち着かせるように優しく撫でている。
「なる君寝られなかったの? 隈が凄いよ? もしかしてご飯も食べられなかった?」
千尋の問いにコクコクと頷く成瀬だが、いつの間にか泣き始め呼吸が乱れる。
「千尋……千尋は生きてるか? なぁ千尋っ‼」
「僕は生きてるよ。ちゃんと確かめて、なる君」
ふわっと嗅いだことのない匂いが微かにレオの鼻をくすぐった。それが千尋のフェロモンだと分かり、ギョッとする。
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