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83 光と影

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 冷たい風が通り抜ける中、着ぶくれしそうな程に厚着をさせられたフェリチアーノはテオドールに手を引かれながら王都の街を歩いていた。
 社交や観劇以外で外には出ていなかったが、フェリチアーノの体調が整ってき為に漸くテオドールとのデートのリベンジに漕ぎ着けられたのだ。

 前回フェリチアーノが倒れてしまった時よりも護衛の人数は増えてはいるが、二人の時間の邪魔にはならない様に着かず離れずの距離で着いて来ていた。
 お忍びの服に身を包んだ二人が小さな小屋の露店がずらりと並ぶ広場に来てみれば、人々には活気が溢れ楽しそうに行き交っていた。
 一軒一軒ゆっくりと歩きながら覗いていく間、テオドールはキラキラと輝く目で露店を見ているフェリチアーノに手を絡ませ、微笑まし気にその様子を見ていた。

 暫くしてフェリチアーノがくしゅんと小さくくしゃみをすれば、冷たい風で赤くなった鼻をテオドールにちょんと突かれながら蕩ける様な視線を向けられる。甘い雰囲気に急に恥ずかしくなったフェリチアーノは顔を赤くしながらテオドールから視線を外した。
 その姿にテオドールの胸にときめきが溢れ出してしまい、街中であると言うのにフェリチアーノにガバリと抱き着き、口付けの嵐を降らせる。
 行き交う人々は二人の初々しい姿を微笑まし気に見ながら、横を通り過ぎていった。

「いやぁ若いなぁ兄ちゃん達、体温めるのにホットワインはどうだい? うちの店のは美味いぞ!」

 近くの露店の店主が二人のやり取りを見て声を掛けて来る。テオドールは冷えてしまったフェリチアーノを連れ、店主の元に行くとホットワインでは無くホットチョコレートを頼むとそれをフェリチアーノに差し出した。

「フェリはこっちな?」
「ありがとうございますテオ」
「アンタら貴族のお忍びだろう? どうだい、うちの店のも見て行ってくれよ」

 隣の露店からそう声を掛けられ見てみれば、綺麗な装飾の羽ペンがズラリと並んでおり、フェリチアーノは吸い寄せられるように隣の露店へと移動した。
 箱に入った羽ペンの軸には細かい装飾が施され、実用的な物では無さそうだったが、美しいそれらに魅入られてしまった。
 今まで自分の物として贅沢品を買って来なかったフェリチアーノは、ただ見ているだけで幸せで買う素振りは見せなかった。
 そんなフェリチアーノの心が分かったのか、魅せられているにも拘らず手に取ろうとはしないフェリチアーノに、テオドールは優しく声を掛ける。

「どれがいいフェリ」
「え?」
「今日の記念に贈らせてよ、さぁ好きなのを選んで?」

 高揚感に胸を締め付けられながら、テオドールに促され色とりどりの羽を見て行き、フェリチアーノは一つの羽ペンに目を付ける。すると目ざとく観察していたテオドールはフェリチアーノが何か言う前にそれを購入した。

「コレが気に入ったんだろ? もっと他にはある?」

 ふるふると首を左右に振り店主から小箱を受け取る。控えていたロイズが素早く荷物を持とうと進み出て来るが、フェリチアーノはそれを断り大事そうに小箱を抱えた。

「ありがとうございますテオ、その、嬉しいです」
「フェリはもっと自分にお金を使う事を覚えても良いんだよ。もう奪われる事なんかないんだから、躊躇わずに好きな物を買ってもいいんだ」

 その言葉に更に嬉しさが込み上げて来たフェリチアーノは、軽く背伸びをしてテオドールの頬に軽く口付ける。
 フェリチアーノの行動に驚いたテオドールだったが、へにゃりと笑うと温まったフェリチアーノの手を繋ぎ直し再び、街の中を歩き出した。



 二人が街で甘いひと時を過ごす中、カサンドラは鞄に詰めた荷物を引きずるようにして裏口から屋敷を出ようとしていた。
 マティアスは珍しくどこかへ出掛けているし、アガットは相変わらず部屋の中。アンベールはここの所昼夜が逆転しているようで、起きて来るにはまだまだ時間がある。まさしく絶好のチャンスだと言えた。

「カサンドラ、何をしている?」

 酒に焼けたガラ着く声が背後から聞こえ、カサンドラは飛び上がりそうになった。
 まだまだ寝ている筈だと思っていたアンベールが廊下の先から姿を現したからだ。

「あ、あなた……ちょっと用事があって出掛けるだけですよ」
「ほう? そんな鞄を持って、一人でか?」
「えぇ、前に言ったじゃない。お友達の御屋敷でお泊りに呼ばれているのよ」

 しどろもどろになりながら何とか言い訳を紡いでいくが、アンベールはどうやらそれに納得する様子は無かった。
 じりじりと後ずさりながら、もう気温も低いと言うのにドレスの下は噴き出した汗が止まらなかった。
 ここでバレてしまえば道ずれにされる可能性が高い。何としてでも穏便にこの屋敷を離脱したいカサンドラは、焦る気持ちを何とか抑えていた。

「約束している時間に遅れちゃうからもう行くわねアンベール?」
「男か?」
「え? 何か言った?」
「新しい男の所にでも行くのか? 私が何も知らないと思ったのか? こそこそと毎日やってれば嫌でも気づく!」
「ちっ違うわよ、本当にお友達の所にいくのよ」
「はっ!! この前もそう言って街で別の男と居たではないか!」
「それは……きっとあなたの見間違いよ……!」

 見た事も無い剣幕でゆっくりと迫りくるアンベールに、カサンドラは後ろ向きに下がって行くが、既に後ろは階段になっていて後ろへと踏み出した足が床に着く事は無かった。

「なっカサンドラ!!」

 浮遊感に目を見開いたカサンドラがゆっくりと階段の下へと落ちて行く。アンベールがすかさず手を伸ばしたが間に合わず、鈍い音を立っててカサンドラの体は階段の一番下へと転がり落ちてしまった。
 アンベールは一瞬呆けたのちに我に返り、階段を掛け下りるとカサンドラを抱き上げるが、首がだらりとあらぬ方向へねじ曲がったのを見て小さく悲鳴を上げ、抱き上げたカサンドラの体を突き飛ばした。

 意図せず殺してしまった事実に、こんなはずでは無かったとガタガタと震えていれば、音を聞きつけて来たシルヴァンが驚愕し固まっていた。

「シルヴァンっ! カサンドラが、わわ私は悪く無い、アイツが勝手に階段から落ちたんだ!」
「旦那様……」

 狼狽えるアンベールを何とか部屋に連れ戻し、カサンドラの遺体の元へと戻って来たシルヴァンは、トランクから散乱している衣服と宝飾品に気が付き、そこでカサンドラがこのデュシャン家から逃げ出そうとしていた事実を知った。

 面倒な事になったと苦虫を噛み潰したような表情をしたシルヴァンは、カサンドラの遺体はそのままに、自身も今すぐに逃げた方が賢明だと判断し自室に戻ると纏めていた荷物を抱えてデュシャン家から逃げ出したのだった。

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