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80 沈めていた物
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隣でこちらの様子を窺っているテオドールに、視線だけで大丈夫だと伝えたフェリチアーノは首を傾げてアガットの胸元のブローチを見た。
「姉上、そのブローチは……」
言いかけた瞬間、アガットから鋭い視線が飛ぶがフェリチアーノはその視線を受け流す。いつもならそれで黙るか、アガットの機嫌を損ねない様に下手に出る筈のフェリチアーノがそのどれにもならない事にアガットは狼狽えた。
眉尻を下げ悲しそうな表情を作ったフェリチアーノは、悲しげな表情で構わず口を開く。アガットは反射的に止めようと一歩前に出たが、言葉が呟かれる方が早かった。
「それは、僕の部屋から持ち出したものですね?」
手にしている扇子を握り込み、引き攣った笑みをアガットは浮かべる。背後からはシャロン達が聞き耳を立てていて、フェリチアーノの今の発言を聞き皆一様に小声で何やら話し出していた。
「何の事かしら?」
「それは僕の部屋から持ち出したブローチでしょう? 部屋から宝飾品が無くなっていたのですが……犯人は姉上でしたか」
悲痛な表情を浮かべるフェリチアーノに、話に聞き耳を立てていた周りの人々は同情的な視線を向け始め、口々に何かを囁き始める。
「なっ私は、そんな事しないわ、これは……これはっ」
フェリチアーノに堂々と盗人だとまで言われるとは思っても居なかったアガットは目に見えて狼狽えた。
どう言い逃れしようかと考えるが、混乱する頭ではいい案は浮かんでは来ず、更に焦るばかりだ。
「“殿下から貰った物”ですか?」
冷や水を浴びせられたように目を見開きアガットは固まってしまった。その姿を見たフェリチアーノは流石に不味い事を吹聴していた自覚はあったのかと思うが、全ては後の祭りだ。
アガットが盗んで行った物は、派手さはあれど決して良い物だとは言えない物ばかりだ。まともな貴族ならば見ただけでそれが王族から送られる事などない物だとハッキリとわかる物であるし、誰もアガットの虚言など信じてはいない。
ここで重要なのは、アガットがフェリチアーノを虐げていると言う事実を、周りの人に見せつけ更に同情心を煽る事だ。
「そんな粗末な物を恐れ多くも殿下からの送り物だと、良くも言えましたね」
「粗末ですって?」
「一目見ればわかるでしょう、子供のおもちゃにも等しい物ですよ、それは」
「そんなわけないじゃない、貴方が殿下から貰った箱の中にあったと言うのに!!」
思わず言い返してしまったアガットは顔を青ざめさせ、体を戦慄かせる。
奪われ続けてきたフェリチアーノにとって、デュシャン家の面々に何かを奪われる事は慣れた物だった。慣れなければ、感覚を麻痺させ感情を閉じ込めなければ、家を守ると言う事をなせそうに無かった。
大事な物を増やさない様に、彼等の関心を引く物を持たない様に、必要最低限の物だけを持つように努めて来たのだ。
テオドールに出会い、感覚を麻痺させてきた事自体が異常なのだと自覚することが出来たのは言うまでも無い。
送られて来る手紙が増える度に、乾いた心が満たされ潤いをもたらしていく。大事な物が増えていく度に、今度は奪われる事への恐怖が湧き上がった。だから必死に隠したのだ。
予想通り彼等は何の躊躇いもなくフェリチアーノから奪っていった。アガットはその中でも最悪だと言える。
関わりすらないテオドールからの贈り物だと吹聴して回るなど愚の骨頂だ。道化の虚言を誰も信じないとわかっていても、それだけは許せなかった。
知らぬ間に近くに来ていたテオドールに手を取られ、ぐるぐるとした怒りの波から顔を上げた。
知らずに涙が滲んでいたフェリチアーノの目を見たテオドールは、大丈夫だと言う様にフェリチアーノの手を握りしめた。
「家に盗人が居るとはな、フェリチアーノはどれだけ心細かっただろうか。それにそれが俺からの贈り物だって? 冗談じゃない。それに王族はいくら恋人の家族だからと言って、無闇矢鱈に物なんか渡さないんだよ。何が争いの種になるかわからないからな。それとも君は、俺がそんな愚か者だとでも言いたいのか?」
柔らかさの欠片もない鋭い視線を向けられたアガットは、最早言葉を紡ぐ事すら出来なくなっていた。
第四王子はどの王族よりも優しいと評判だった筈だ。にも関わらず目の前に居るテオドールから感じる空気には優しさ等微塵も感じない。
あるのはアガットに対する嫌悪と蔑みの目だ。
「あっ、殿下…私…私はっ」
今まで自覚して来なかった視線を受け、アガットはジリジリと後ずさる。
こんなはずでは無かったのだ、今まで無視をして来た令嬢達の間で注目を浴び羨望の眼差しで見られたかっただけだ。
「不愉快だ、連れ出せ」
フェリチアーノに視線を思わず向けたアガットだが、しかしフェリチアーノの顔を見て狼狽えた。
キッとアガットを睨みつけるフェリチアーノがそこには居たからだ。
「お前…」
震える手をテオドールに強く握り込まれたフェリチアーノは、小さく息を吐くとしっかりとした口調でアガットに今まで言えなかった言葉を紡いだ。
「僕から全て奪って行くデュシャンの者達は皆、大嫌いです」
「姉上、そのブローチは……」
言いかけた瞬間、アガットから鋭い視線が飛ぶがフェリチアーノはその視線を受け流す。いつもならそれで黙るか、アガットの機嫌を損ねない様に下手に出る筈のフェリチアーノがそのどれにもならない事にアガットは狼狽えた。
眉尻を下げ悲しそうな表情を作ったフェリチアーノは、悲しげな表情で構わず口を開く。アガットは反射的に止めようと一歩前に出たが、言葉が呟かれる方が早かった。
「それは、僕の部屋から持ち出したものですね?」
手にしている扇子を握り込み、引き攣った笑みをアガットは浮かべる。背後からはシャロン達が聞き耳を立てていて、フェリチアーノの今の発言を聞き皆一様に小声で何やら話し出していた。
「何の事かしら?」
「それは僕の部屋から持ち出したブローチでしょう? 部屋から宝飾品が無くなっていたのですが……犯人は姉上でしたか」
悲痛な表情を浮かべるフェリチアーノに、話に聞き耳を立てていた周りの人々は同情的な視線を向け始め、口々に何かを囁き始める。
「なっ私は、そんな事しないわ、これは……これはっ」
フェリチアーノに堂々と盗人だとまで言われるとは思っても居なかったアガットは目に見えて狼狽えた。
どう言い逃れしようかと考えるが、混乱する頭ではいい案は浮かんでは来ず、更に焦るばかりだ。
「“殿下から貰った物”ですか?」
冷や水を浴びせられたように目を見開きアガットは固まってしまった。その姿を見たフェリチアーノは流石に不味い事を吹聴していた自覚はあったのかと思うが、全ては後の祭りだ。
アガットが盗んで行った物は、派手さはあれど決して良い物だとは言えない物ばかりだ。まともな貴族ならば見ただけでそれが王族から送られる事などない物だとハッキリとわかる物であるし、誰もアガットの虚言など信じてはいない。
ここで重要なのは、アガットがフェリチアーノを虐げていると言う事実を、周りの人に見せつけ更に同情心を煽る事だ。
「そんな粗末な物を恐れ多くも殿下からの送り物だと、良くも言えましたね」
「粗末ですって?」
「一目見ればわかるでしょう、子供のおもちゃにも等しい物ですよ、それは」
「そんなわけないじゃない、貴方が殿下から貰った箱の中にあったと言うのに!!」
思わず言い返してしまったアガットは顔を青ざめさせ、体を戦慄かせる。
奪われ続けてきたフェリチアーノにとって、デュシャン家の面々に何かを奪われる事は慣れた物だった。慣れなければ、感覚を麻痺させ感情を閉じ込めなければ、家を守ると言う事をなせそうに無かった。
大事な物を増やさない様に、彼等の関心を引く物を持たない様に、必要最低限の物だけを持つように努めて来たのだ。
テオドールに出会い、感覚を麻痺させてきた事自体が異常なのだと自覚することが出来たのは言うまでも無い。
送られて来る手紙が増える度に、乾いた心が満たされ潤いをもたらしていく。大事な物が増えていく度に、今度は奪われる事への恐怖が湧き上がった。だから必死に隠したのだ。
予想通り彼等は何の躊躇いもなくフェリチアーノから奪っていった。アガットはその中でも最悪だと言える。
関わりすらないテオドールからの贈り物だと吹聴して回るなど愚の骨頂だ。道化の虚言を誰も信じないとわかっていても、それだけは許せなかった。
知らぬ間に近くに来ていたテオドールに手を取られ、ぐるぐるとした怒りの波から顔を上げた。
知らずに涙が滲んでいたフェリチアーノの目を見たテオドールは、大丈夫だと言う様にフェリチアーノの手を握りしめた。
「家に盗人が居るとはな、フェリチアーノはどれだけ心細かっただろうか。それにそれが俺からの贈り物だって? 冗談じゃない。それに王族はいくら恋人の家族だからと言って、無闇矢鱈に物なんか渡さないんだよ。何が争いの種になるかわからないからな。それとも君は、俺がそんな愚か者だとでも言いたいのか?」
柔らかさの欠片もない鋭い視線を向けられたアガットは、最早言葉を紡ぐ事すら出来なくなっていた。
第四王子はどの王族よりも優しいと評判だった筈だ。にも関わらず目の前に居るテオドールから感じる空気には優しさ等微塵も感じない。
あるのはアガットに対する嫌悪と蔑みの目だ。
「あっ、殿下…私…私はっ」
今まで自覚して来なかった視線を受け、アガットはジリジリと後ずさる。
こんなはずでは無かったのだ、今まで無視をして来た令嬢達の間で注目を浴び羨望の眼差しで見られたかっただけだ。
「不愉快だ、連れ出せ」
フェリチアーノに視線を思わず向けたアガットだが、しかしフェリチアーノの顔を見て狼狽えた。
キッとアガットを睨みつけるフェリチアーノがそこには居たからだ。
「お前…」
震える手をテオドールに強く握り込まれたフェリチアーノは、小さく息を吐くとしっかりとした口調でアガットに今まで言えなかった言葉を紡いだ。
「僕から全て奪って行くデュシャンの者達は皆、大嫌いです」
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