上 下
62 / 95

62 グレイス邸

しおりを挟む
 あれよあれよと言う間にフェリチアーノは、翌日には一度訪れた事があるグレイス侯爵家に居を移していた。
 突然の事ではあったがミリアは快く受け入れ、またその夫であるジャンも張り切るテオドールに若いなぁと苦笑しながらも楽しそうに受け入れていた。
 そんな二人にフェリチアーノは申し訳なさを覚えるが、穏やかで温かい空気に包まれたグレイス家に次第に慣れていった。

 何があるかわからないからと、フェリチアーノはグレイス邸から外に出る事は許されなかった。だがそれでも日中はミリアの話し相手を務めたり、散歩や読書をしたりと退屈する事は無かった。
 屋敷の雰囲気もデュシャン家と比べ物にならない程良い物だった。使用人同士がピリつく事も無く、いきなり押しかけて来たフェリチアーノを無下に扱う事もせず、かといって腫物を扱うような様子も無い。
 まるで昔からフェリチアーノがこの屋敷に居たかの様に接してくるのだ。最初の内はデュシャン家で働く使用人達とのあまりの違いに戸惑いはしたものの、高位貴族のそれも管理が行き届き主人が素晴らしい家の者達はこうも穏やかになるのかと納得した。

 変わった事はまだある。主治医となったディッシャーもグレイス家に滞在する事になり、朝と晩にフェリチアーノは診察を受けていた。
 初めて倒れ、王宮で世話になった時にも診察を受けていたらしく、ディッシャーはフェリチアーノをとても不憫がり、漸く表立って治療も口出しも出来る事に喜んでいた。

 ディッシャーの指導の下、フェリチアーノの食事は体に優しく消化の良い物になったし、処方される毒消しの薬と滋養強壮の飲み薬を飲むようになったのだが、しかし問題があった。

「さぁ飲んでくださいフェリチアーノ様」

 ディッシャーの手により、朝食後のテーブルの上へとゴトンと置かれたグラスに並々と入っている物に、その場に居た者達の視線が釘付けになった。

「毎朝見るけれど、どうしてもそれでなくてはダメなの? ディッシャー……」
「これでなくてはなりませんミリア様。ただでさえフェリチアーノ様のお体は弱っているのですから、食事だけでは体力の維持も回復も追い付かないのですよ」
「それにしたって、その見た目と臭いはどうにかならないのかい?」

 ここ数日毎朝お馴染みとなった光景だが、何度見ても慣れる事は無く、ミリアとジャンはフェリチアーノの目の前に置かれたグラスに怪訝そうな顔をする。
 滋養強壮に良いとされる物をふんだんに詰め込まれたそれは、なんとも言えない色と臭いを漂わせていた。
 初めて出された時などあまりの見た目の悪さと臭いにミリアが猛烈にディッシャーに抗議したのだが、逆に懇々とディッシャーに如何にこの飲み物が合理的かつどれ程体に効く物かと説明をされ、渋々フェリチアーノに飲ませる事を許可したのだが、やはり何度見ても見た目は良くないし、フェリチアーノ曰く味も最悪なのだと言う。

 何度か深呼吸を繰り返して意を決したようにグラスを掴んだフェリチアーノを、食堂に居た全員が心配そうに見守った。

「偉いわフェリちゃん! さぁ早くお口直しをしましょうね?」

 フェリチアーノが涙目になりながら飲み干せば、わっと歓声が上がりミリアに褒められすぐさま口直しの甘いお菓子が運ばれる。
 まるで小さな子供扱いをされているようでフェリチアーノは恥ずかしいのだが、しかし温かさに飢えていたフェリチアーノはそれが嫌では無かった。
 テオドールとはまた違った心地よさをくれるミリアやジャンにフェリチアーノの心は安寧を得る。

「全く大袈裟な、まるで私が悪者みたいに。これもフェリチアーノ様が早く治療しなかったせいなのですからね!」
「そうせめるなディッシャー、フェリチアーノ君が可哀想じゃないか」
「貴方方が人を悪し様に言うからですよ、私は正しく医者としての務めを果たしているのです、そもそもこんな体になるまでよくもまぁほおっておいたもんですよ」
「さぁさぁフェリちゃん、おじいちゃんのお話が長くなりそうだから朝のお散歩に行きましょうね」

 和気あいあいとした様子を微笑みながら見ていたフェリチアーノを、ミリアはこれまた日課になっている散歩へとフェリチアーノを連れ出した。
 外は朝だと言うのに少し歩けば汗ばむ様な陽気で、日傘を差したミリアと共にゆっくりと屋敷の周りを一周する。

 領地を返上する事を提案してきたテオドールに最初は戸惑ったものの、体を治す事が先決でそれに専念する為には仕事などしていてはいけないのだと力説され、フェリチアーノが領地返上の書類にサインしたのはグレイス邸に来てすぐの事だった。
 今までは追われるように仕事や金策に明け暮れていたが、今やそんな事もなく只々穏やかな時間が日々流れている。
 そのお陰もあり体調は万全とは言わないが、疲れが抜けなかったり寝起きのダルさなどは徐々に軽減されている。

 テオドールと共に生きたいと思ったからと言って、すぐには元の体に戻り健康体になる事も無いが、少しづつでも体の調子が良くなり死が遠ざかるのを僅かにでも体感できる事で、フェリチアーノはすり減った心を癒していった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

運命の番と別れる方法

ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。 けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。 浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。 そんな時にとんでもない事件が起こり・・。

公爵に買われた妻Ωの愛と孤独

金剛@キット
BL
オメガバースです。  ベント子爵家長男、フロルはオメガ男性というだけで、実の父に嫌われ使用人以下の扱いを受ける。  そんなフロルにオウロ公爵ディアマンテが、契約結婚を持ちかける。  跡継ぎの子供を1人産めば後は離婚してその後の生活を保障するという条件で。  フロルは迷わず受け入れ、公爵と秘密の結婚をし、公爵家の別邸… 白亜の邸へと囲われる。  契約結婚のはずなのに、なぜか公爵はフロルを運命の番のように扱い、心も身体もトロトロに溶かされてゆく。 後半からハードな展開アリ。  オメガバース初挑戦作なので、あちこち物語に都合の良い、ゆるゆる設定です。イチャイチャとエロを多めに書きたくて始めました♡ 苦手な方はスルーして下さい。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~

トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。 しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。

【完結】偽りの宿命~運命の番~

.mizutama.
BL
『今まで味わった苦痛のすべてを私は決して忘れない。 お前には、これからじっくりその代償を支払わせてやる――』 突然の王の死。 王の愛妾、そして「運命の番」として、長年ジャックス王の側に仕えてきたオメガのセシル。 セシルは王の寵愛の深さ故に、周りからいわれのない誹謗中傷を受け続けていた。 先王の息子であるエドガー王の誕生を機に、極刑をも覚悟していたセシルだったが、 新王エドガーがセシルに命じたのは、己の正妃として仕えることだった。 正妃として新王に対面したセシルに、エドガーは冷たく告げた。 ――今まで自分が味わった苦痛の代償を、すべてお前に支払わせてやる……と。 そしてセシルの首筋から先王の噛み痕が消えたとき、セシルの心には不可思議な感情が生まれ始める……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【本編完結しました!】※R18 オメガバース(独自設定有り) 年下美貌王✕先王の愛妾オメガ 不憫受け すれ違い・拗らせ ※※R18シーンの予告はありません。ご注意ください。 色々すれ違いまくりですが、ハッピーエンドなのでご安心ください!ラストまで頑張って書きます!

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

処理中です...