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37 マティアス
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マティアスは茶会から抜け出した後、着替えもせずに街へ行き酒場へと足を向けた。娼館へ赴いても良いのだが生憎まだ日は高く、この時間では馴染みの店は開いていない。
酒場にはまだ人は疎らだったが、なんとも場違いな格好のマティアスが入って来ると皆一斉に目を向けた。
そんな視線を気にするでもなく、顔馴染みの店主へと乱暴に酒を出す様に言ったマティアスに店主は嫌な顔をせず、寧ろ遜った態度でマティアスが好む酒を次々に出していく。
出された酒を呷りながら何度も楽しそうに笑うフェリチアーノの姿が頭を過り、苛立たしさが増していくばかり。
相手にされない令嬢達に囲まれていた自分とは大違いなあの様子が、どうしてもマティアスには許せなかったのだ。
いつも使用人達よりも早く起き、あくせくと働くフェリチアーノはとても貴族の令息とは思えない程だった。恰好はいつもみすぼらしく、家族から嘲りの対象だった。その筈だったのだ。
それが王子と恋仲になり、最初は何かの間違いかとも思ったが届けられる手紙や送り物、更には噂も連日の様に聞こえる様になった。
今日初めて目の当たりにしたフェリチアーノとテオドールの姿は仲睦まじく、テオドールの隣に並んでいても見劣りしてはいなかった。
みすぼらしいフェリチアーノが王子の隣になど並んだら、目も当てられない程悲惨だろうと思い込んでいたマティアスにとってそれはとてつもない衝撃で。だからこそ湧き上がって来たのは、言い知れぬ苛立ちと形容しがたい感情だったのだ。
目について離れない光景はどれ程飲んでも消せないままだった。
「君、その恰好でここに居るのは良くないよ。お忍び用の格好をするか、クラブへ行った方が良いんじゃないか?」
突然話しかけられグラスから不機嫌そうに顔を上げれば、端整な顔立ちの男が立っていた。
訝し気に身なりを見れば明らかにお忍びとわかる服装をしていて、相手も貴族だと言う事が分かった。だが不機嫌なマティアスは指摘された事に苛立ち、相手から視線を外すと無視する事に決めた。
「君が警戒するべきは私じゃないと思うけどね? 先程から君を狙ってる不届き者が居るって言うのに」
「は?」
「気が付かなかったのかい? そんな恰好をしてこんな場所に居れば狙ってくださいと言っている様なものだろう? こっそり後ろを見てごらん、破落戸共がこっちを見ているだろう?」
ぐっと距離を寄せて囁くように言われた言葉に従い後ろをチラリと見れば、男の言う通り破落戸達がこちらを見ながらこそこそと何やら話しているのが見える。
「言った通りだろう? もしまだ飲み足りないなら私と別の場所に行かないか? ここから少し先に行きつけの紳士クラブがあるんだ」
「はぁ……面倒事はごめんだ。ここはアンタに従うよ」
男は大きな声で店主に店の客全員に酒を出す様に言ってジャラリと硬貨をテーブルに置いた。
客達は一斉に沸くとへらへらと男に礼を言って行く。先程までマティアスを見ていた破落戸達すら今や興味がタダ酒へと移り、彼等が店から出ても追いかけて来る様子は無かった。
マティアスを連れ出した男はウィリアムと名乗った。ここ最近王都で名を高め出した商会の会頭であるテイラー子爵家の三男坊だと言う。
そんなウィリアムに連れられ初めて訪れた紳士クラブはとても高級そうな場所だった。そんな場所でも臆する事無く進んで行き、店員達とも顔見知りの様で行きつけだと言うのは本当の事の様だった。
紳士クラブは何処も会員制で、紹介が無いと入る事が出来ない。マティアスは男同士の集まりよりも女達と遊ぶ方が好きだった為に今まで入れなくとも何とも思わなかった。
それ以前にクラブに誘ってくれるような貴族の友人も居なかった。そんなわけで初めて立ち入った紳士クラブに多少の高揚感を覚え、先程までの苛立ちもだいぶ薄らぎ始めていた。
通された個室で、好きなだけ頼んで良いと言われ遠慮なく高い酒を頼むがウィリアムは嫌な顔せずに、楽し気にマティアスの話を聞く。
茶会での愚痴も嫌がりもせず聞き、会場でマティアスを嫌々取り囲んでいた様な女達とは雲泥の差だった。
ウィリアムは聞き上手な上に話も面白く、二人は初めてあったと言うのに意気投合し長い事個室で会話を弾ませていた。
自分よりも家格が低いが金を使う事に躊躇いがなく話も面白く邪険にもしてこない様子のウィリアムに、マティアスはこいつなら友人にしてやっても良いのではないかと思う。
貴族の男達の話は領地経営だ、資産管理に運用、政治の話などばかりでマティアス自身そんな物に興味はない為、それを話題にされたところで会話が弾むわけがない。
父であるアンベールが言うように、貴族なのだからそんなまどろっこしい金勘定は全て下の者、つまりはフェリチアーノに任せればいいのだと思っている。
その為にそんな話をする貴族の男達を自分達がやらなければならない程下の存在なのかと思い込み、馬鹿にしていたのだ。
本来アンベールの考えは一般的な考えではないのだが、まともな貴族の友人が居ないマティアスにはそれが解らない。
そして貴族の男達は話について来られないマティアスを馬鹿にしているのだが、気が付かないのは本人ばかりだ。
しかしウィリアムの話は、酒にたばこに女の話や宝飾品の話などマティアスが好む話ばかりだった。
今までに出来なかった話がスルスルとできる事と、価値観が合う人物に巡り合えた事で気を良くしたマティアスはその日から頻繁にウィリアムと会うようになるのだった。
酒場にはまだ人は疎らだったが、なんとも場違いな格好のマティアスが入って来ると皆一斉に目を向けた。
そんな視線を気にするでもなく、顔馴染みの店主へと乱暴に酒を出す様に言ったマティアスに店主は嫌な顔をせず、寧ろ遜った態度でマティアスが好む酒を次々に出していく。
出された酒を呷りながら何度も楽しそうに笑うフェリチアーノの姿が頭を過り、苛立たしさが増していくばかり。
相手にされない令嬢達に囲まれていた自分とは大違いなあの様子が、どうしてもマティアスには許せなかったのだ。
いつも使用人達よりも早く起き、あくせくと働くフェリチアーノはとても貴族の令息とは思えない程だった。恰好はいつもみすぼらしく、家族から嘲りの対象だった。その筈だったのだ。
それが王子と恋仲になり、最初は何かの間違いかとも思ったが届けられる手紙や送り物、更には噂も連日の様に聞こえる様になった。
今日初めて目の当たりにしたフェリチアーノとテオドールの姿は仲睦まじく、テオドールの隣に並んでいても見劣りしてはいなかった。
みすぼらしいフェリチアーノが王子の隣になど並んだら、目も当てられない程悲惨だろうと思い込んでいたマティアスにとってそれはとてつもない衝撃で。だからこそ湧き上がって来たのは、言い知れぬ苛立ちと形容しがたい感情だったのだ。
目について離れない光景はどれ程飲んでも消せないままだった。
「君、その恰好でここに居るのは良くないよ。お忍び用の格好をするか、クラブへ行った方が良いんじゃないか?」
突然話しかけられグラスから不機嫌そうに顔を上げれば、端整な顔立ちの男が立っていた。
訝し気に身なりを見れば明らかにお忍びとわかる服装をしていて、相手も貴族だと言う事が分かった。だが不機嫌なマティアスは指摘された事に苛立ち、相手から視線を外すと無視する事に決めた。
「君が警戒するべきは私じゃないと思うけどね? 先程から君を狙ってる不届き者が居るって言うのに」
「は?」
「気が付かなかったのかい? そんな恰好をしてこんな場所に居れば狙ってくださいと言っている様なものだろう? こっそり後ろを見てごらん、破落戸共がこっちを見ているだろう?」
ぐっと距離を寄せて囁くように言われた言葉に従い後ろをチラリと見れば、男の言う通り破落戸達がこちらを見ながらこそこそと何やら話しているのが見える。
「言った通りだろう? もしまだ飲み足りないなら私と別の場所に行かないか? ここから少し先に行きつけの紳士クラブがあるんだ」
「はぁ……面倒事はごめんだ。ここはアンタに従うよ」
男は大きな声で店主に店の客全員に酒を出す様に言ってジャラリと硬貨をテーブルに置いた。
客達は一斉に沸くとへらへらと男に礼を言って行く。先程までマティアスを見ていた破落戸達すら今や興味がタダ酒へと移り、彼等が店から出ても追いかけて来る様子は無かった。
マティアスを連れ出した男はウィリアムと名乗った。ここ最近王都で名を高め出した商会の会頭であるテイラー子爵家の三男坊だと言う。
そんなウィリアムに連れられ初めて訪れた紳士クラブはとても高級そうな場所だった。そんな場所でも臆する事無く進んで行き、店員達とも顔見知りの様で行きつけだと言うのは本当の事の様だった。
紳士クラブは何処も会員制で、紹介が無いと入る事が出来ない。マティアスは男同士の集まりよりも女達と遊ぶ方が好きだった為に今まで入れなくとも何とも思わなかった。
それ以前にクラブに誘ってくれるような貴族の友人も居なかった。そんなわけで初めて立ち入った紳士クラブに多少の高揚感を覚え、先程までの苛立ちもだいぶ薄らぎ始めていた。
通された個室で、好きなだけ頼んで良いと言われ遠慮なく高い酒を頼むがウィリアムは嫌な顔せずに、楽し気にマティアスの話を聞く。
茶会での愚痴も嫌がりもせず聞き、会場でマティアスを嫌々取り囲んでいた様な女達とは雲泥の差だった。
ウィリアムは聞き上手な上に話も面白く、二人は初めてあったと言うのに意気投合し長い事個室で会話を弾ませていた。
自分よりも家格が低いが金を使う事に躊躇いがなく話も面白く邪険にもしてこない様子のウィリアムに、マティアスはこいつなら友人にしてやっても良いのではないかと思う。
貴族の男達の話は領地経営だ、資産管理に運用、政治の話などばかりでマティアス自身そんな物に興味はない為、それを話題にされたところで会話が弾むわけがない。
父であるアンベールが言うように、貴族なのだからそんなまどろっこしい金勘定は全て下の者、つまりはフェリチアーノに任せればいいのだと思っている。
その為にそんな話をする貴族の男達を自分達がやらなければならない程下の存在なのかと思い込み、馬鹿にしていたのだ。
本来アンベールの考えは一般的な考えではないのだが、まともな貴族の友人が居ないマティアスにはそれが解らない。
そして貴族の男達は話について来られないマティアスを馬鹿にしているのだが、気が付かないのは本人ばかりだ。
しかしウィリアムの話は、酒にたばこに女の話や宝飾品の話などマティアスが好む話ばかりだった。
今までに出来なかった話がスルスルとできる事と、価値観が合う人物に巡り合えた事で気を良くしたマティアスはその日から頻繁にウィリアムと会うようになるのだった。
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