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18 ペースに呑まれる

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 テオドールは朝からずっと浮足立った高揚感に包まれていた。ごっこ遊びではあるが、待ちに待った恋人が出来たのだ。
 それに加えてフェリチアーノは今までテオドールに群がって来た令嬢や令息達とは違い、媚びる様な態度や言動を一切しない上に、落ち着いた雰囲気を纏いながらも、とても話しやすかった。

 日の光りがキラキラと降り注ぐ中、ゆっくりと隣を歩くフェリチアーノは美しかった。今まで恋人が居なかったと言う事が不思議でならない程に。
 家族の事が無ければとっくの昔に結婚していたであろうし、そうであったならお互いに認識する事も無かったかもしれない。
 そうなっていればきっとテオドールはこの今抱えている高揚感も無く、ただ一人望みを押し殺したまま隣国の姫を娶っていたに違いない。

 一体どれだけの幸運が重なって、今の状況が生まれているのだろうか。フェリチアーノには悪いと思ってしまうが、しかしテオドールは彼の家庭環境にほんの僅かでも感謝してしまいたくなる。
 まともな家であれば、まともな家族であれば、今この美しい青年は己の隣を歩いてはいない。それと同時にお互いに求める物も、決して一致したりはしなかっただろう。

「どうしたんですか?」

 顔を見過ぎた為だろう、フェリチアーノは立ち止まりテオドールの様子を窺ってくる。昨夜の怯えた表情も、慣れない行動に戸惑う様も可愛らしかったが、すぐに環境に馴染む様な態度を取る。
 もしかしたらそれは、フェリチアーノが置かれていた環境故の処世術の一つなのかもしれないが、テオドールにはそれが有難かった。

 テオドールは、サイドに束ねて肩口から前に流されたフェリチアーノの綺麗な髪を梳くい上げ、唇を落とすと僅かに目尻を下げた。

「フェリチアーノが美しいから、見惚れていただけだけど?」
「……それも御家族の真似ですか?」
「あぁ……そう言えばこれも兄上が良くやっている事の一つだな」
「本当に仲が良いんですね」

 少し寂しそうな顔をしてそう言うフェリチアーノを抱き寄せた。線が細く、自身との体格差に力の加減を間違えて折ってしまわないかと心配になりながらも、頬をほんのりと染めたフェリチアーノにテオドールの気分は高揚していく。

 どうせ現実逃避を兼ねた期間限定の恋人ごっこなのだから、その間はお互いに嫌な事から多少なりとも目を逸らしていたい。
 テオドールの婚約はまだ先の話だが、フェリチアーノは家族と言う最も身近な存在で、どうしても目を逸らす事は難しいだろう。
 ならば一緒に居る間は、家族や家の事を忘れられるように、とことんフェリチアーノを甘やかし、テオドールの事だけを見る様に仕向ければ良いのではないのだろうか? と閃いてしまった。

 お互いの望みも叶うし、お互い嫌な事を一時でも忘れられる、とても良い閃きだとテオドールはにんまりと口角を上げた。

「なぁフェリチアーノ、どうせならお互い愛称で呼び合おう。それに敬語も無しにしてくれ」
「いや、流石にそこまでは……」
「何で? 俺達恋人だろう?」

 ガッチリと対面で抱きしめられ、身動きが取れないままそう請うてくるテオドールの顔は生き生きとしていて、どう足掻いても否とは言わせてもらえ無さそうだった。

「テオ様……」
「様なんていらないって」
「不敬では?」
「俺が許可してるだろ? それに言葉遣いももっと崩してくれていいのに」

 腕の中で狼狽えながら、僅かに抵抗をして見せるフェリチアーノを堪能しながらも有無を言わさず急かせば、呆れたように溜息を吐き困った様な笑みを浮かべてテオドールを見上げて来た。

「テオ……これで良いでしょうか?」
「あぁ!」
「ごっこ遊びが終わってから不敬だなんだって騒がないでくださいよ?」
「言う訳がないだろ、これが終わってもフェリとは友人として付き合ってもらいたいくらいだ」
「僕はこれが終わったら平民になる予定なんですけれどね? 王族と友人の平民なんておかしいでしょう」
「そんな固い事言わないでくれよフェリ、な? 」

 愛称で呼ばれたのが余程嬉しいのか、テオドールは甘える様な声を出して強請って来る。これで遊んでいなかったと言うのだから、フェリチアーノには驚きでしか無い。
 昨夜から変わらない強引さに、これはとことん目の前の仮の恋人が望む様に行動してしまった方が良いだろうと思うのだった。
 例え終わった後の約束が果たされる事が無かったとしても。今この時だけは。

「僕に出来るかわからないですけれど、出来る限りはテオの望む通りにしますよ」
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