上 下
4 / 95

04 第四王子

しおりを挟む
 隣国への留学から帰国した第四王子であるテオドールは、その日珍しく父である国王の執務室へと呼び出されていた。帰国してからと言う物暫く留守にしていたおかげで忙しく、父親と言っても朝食で顔を合わせるくらいであった。
 きっちりと着込んだ服に窮屈さを覚えながらも、側近のロイズを伴い執務室への道をゆったりと歩いて行く。

「父上の話はなんだろうなぁ、ロイズ」
「わかっているのにいちいち聞くのはいかがなものかと」
「別の事かもしれないだろ?」
「本当にそう思われますか?」
「だよなぁ、気が重たいったらないな。もっと留学期間を延ばせばよかった」
「これでもギリギリまで延ばしたのですから、もう無理ですよ」

 はぁと重たい溜息を落としながら、テオドールは国王の執務室へと辿り着いた。
 扉が開かれた先には宰相や文官達が居たが、王の視線を受けすぐさま人払いがされる。残されたのはテオドールと王のみになった。
 静まり返った執務室の中でテオドールが座る椅子の対面に腰を下ろすと、一つの絵姿を差し出してくる。

「同盟国であるファーアルス王国の第三姫だ。そなたにはかの姫君と婚姻を結んでもらうぞ」

 やはりその話だったかと、テオドールは僅かに眉根を寄せた。そんな息子の姿に諦めろと言わんばかりに視線を向ける。その視線を受け止めながらも、すぐに切り替えられるわけがないだろうと心の中で悪態をついてしまうのは仕方のない事だ。

「……それで、俺の持ち得る自由な時間は後どれほどですか」
「正式な発表は二年後、婚姻はその更に一年後だ」
「やけに早いですね?」
「新たな協定を結ぶ故な、その為の婚姻だ。お前も留学中に十分遊んだであろう? 何が不満だ、姫は見ての通り麗しい、器量も良いそうだ。王子妃には申し分ないだろう。それに後二年はあるのだ、それまでは自由なのだからそれで納得するのだテオドール」

 手元の絵姿に目を落とせば、豊かな金の髪をした色白の女性が小さく微笑みを浮かべていた。正直に言えばテオドールの好みではない。しかし自由恋愛を謳うこの国でも、特筆した事項がある場合王族の政略結婚は当たり前なのだ。
 それが今回、たまたまテオドールに当たってしまっただけだ。一番上の兄を除けば、他の兄や姉達は自由恋愛の末の婚姻だと言うのに。

 留学中に相手を見つければ良いかと当初は思っていたが結局学びや社交の方が忙しく、父親が言うように十分遊んだかと言われればそんな事は無かった。
 だから帰国する期間をあれこれ理由を付けて延ばしていたのだが、とうとうそんな言い訳も通じなくなり渋々帰って来たのだった。

 あと二年で心残りを捨てるには余りにも期間が短すぎる。身近で幼い頃から仲睦まじく、お互いを大事だと愛おしむ両親や兄姉夫婦を見ているから余計にそう思ってしまう。
 政略結婚が決まってしまった今、もうテオドールには心から愛する相手を見つける事など出来ないのだ。仮にできたとしても、終わりの時間は既に決まってしまっている。

 沈んだ気分のまま執務室を後にしたテオドールは、自室に戻る気分にはなれずに広い庭を歩く事にした。
 執務室から出てからと言うもの、無言のまま歩くテオドールにロイズは心配しながらも、ただ着いていく事しかできなかった。執務室の中で一体どんな会話がなされたかについては、見当がついてはいるのだが、主がロイズに話をする気力が戻るまではそっとしておいた方が良いだろうと、ひたすらに待つのだった。

 池の畔で腰を下ろしたテオドールは、小石を手に取り池に投げ入れながらロイズにやっと口を開いた。

「俺に残された時間は後二年だそうだ」
「そうですか、お相手はやはり?」
「ファーアルスの第三姫だよ」
「美しい姫君だとお噂は聞きますね、絵姿は見たのですか?」
「あぁいかにもなお姫様だったさ、好みじゃないのはたしかだ」
「これで恋愛小説よろしく、一目で恋に落ちる……となればテオドール様の憂いも無くなったでしょうにね」
「人生そう上手く事は進まないだろう」
「しかし二年ですか、それまでにお相手を見つけてみては?」
「終わりがはっきりとわかっているのにそれはどうだろうな? それに慌てて探しても良い人には巡り合えないと、兄上も姉上にも毎度言われているからなぁ」
「では諦められるのですか?」
「仕方ないだろう、どう頑張ってもこればっかりは無理だ」

 力なく笑うテオドールに、ロイズはなんとも遣る瀬無い気持ちになるばかりであった。なまじロイズ自身愛する恋人が居る為に、テオドールの様に何の感情も無い相手との婚姻を結ばなければならないと言う事に、踏み込んだ事など何も言えないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

男ですが聖女になりました

白井由貴
BL
 聖女の一人が代替わりした。  俺は、『聖属性の魔力を持つオメガ性の女性』のみが選ばれると言われている聖女に何故か選ばれてしまったらしい。俺の第二性は確かにオメガだけれど、俺は正真正銘男である。  聖女について話を聞くと、どうやら国民に伝わっている話と大分違っているらしい。聖女の役目の一つに『皇族や聖職者への奉仕』というものがあるらしいが………? 【オメガバース要素あり(※独自設定あり)】 ※R18要素があるお話には「*」がついています。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開しています。 ■■■ 本編はR5.10.27に完結しました。 現在は本編9話以降から分岐したIFストーリーを更新しています。IFストーリーは最初に作成したプロットを文章化したものです。元々いくつも書いた中から選んで投稿という形をとっていたので、修正しながら投稿しています。 ■■■ R5.11.10にIFストーリー、後日談含め全て投稿完了しました。これにて完結です。 誤字脱字や誤表現などの修正は時々行います。 ■■■ ──────── R5.10.13:『プロローグ〜7話』の内容を修正しました。 R5.10.15:『8話』の内容を修正しました。 R5.10.18:『9〜10話』の内容を修正しました。 R5.10.20:『11〜15話』の内容を修正しました。

たとえ月しか見えなくても

ゆん
BL
留丸と透が付き合い始めて1年が経った。ひとつひとつ季節を重ねていくうちに、透と番になる日を夢見るようになった留丸だったが、透はまるでその気がないようで── 『笑顔の向こう側』のシーズン2。海で結ばれたふたりの恋の行方は? ※こちらは『黒十字』に出て来るサブカプのストーリー『笑顔の向こう側』の続きになります。 初めての方は『黒十字』と『笑顔の向こう側』を読んでからこちらを読まれることをおすすめします……が、『笑顔の向こう側』から読んでもなんとか分かる、はず。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

月明かりの下で 【どうしよう。妊娠したんだ、僕】

大波小波
BL
 椿 蒼生(つばき あお)は、第二性がオメガの大学生。  同じテニスサークルに所属している院生、アルファの若宮 稀一(わかみや きいち)から、告白された。  さっそく二人は付き合い始めたが、富豪の家に生まれ育った稀一は、蒼生に従順さだけを求める。  それに合わせて、蒼生はただ稀一の言いなりだ。  だが、ある事件をきっかけに、大きくその図は変わる……。

健気な公爵令息は、王弟殿下に溺愛される。

りさあゆ
BL
ミリアリア国の、ナーヴァス公爵の次男のルーカス。 産まれた時から、少し体が弱い。 だが、国や、公爵家の為にと、自分に出来る事は何でもすると、優しい心を持った少年だ。 そのルーカスを産まれた時から、溺愛する この国の王弟殿下。 可愛くて仕方ない。 それは、いつしか恋に変わっていく。 お互い好き同士だが、なかなか言い出せずに、すれ違っていく。 ご都合主義の世界です。 なので、ツッコミたい事は、心の中でお願いします。 暖かい目で見て頂ければと。 よろしくお願いします!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...