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04 第四王子
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隣国への留学から帰国した第四王子であるテオドールは、その日珍しく父である国王の執務室へと呼び出されていた。帰国してからと言う物暫く留守にしていたおかげで忙しく、父親と言っても朝食で顔を合わせるくらいであった。
きっちりと着込んだ服に窮屈さを覚えながらも、側近のロイズを伴い執務室への道をゆったりと歩いて行く。
「父上の話はなんだろうなぁ、ロイズ」
「わかっているのにいちいち聞くのはいかがなものかと」
「別の事かもしれないだろ?」
「本当にそう思われますか?」
「だよなぁ、気が重たいったらないな。もっと留学期間を延ばせばよかった」
「これでもギリギリまで延ばしたのですから、もう無理ですよ」
はぁと重たい溜息を落としながら、テオドールは国王の執務室へと辿り着いた。
扉が開かれた先には宰相や文官達が居たが、王の視線を受けすぐさま人払いがされる。残されたのはテオドールと王のみになった。
静まり返った執務室の中でテオドールが座る椅子の対面に腰を下ろすと、一つの絵姿を差し出してくる。
「同盟国であるファーアルス王国の第三姫だ。そなたにはかの姫君と婚姻を結んでもらうぞ」
やはりその話だったかと、テオドールは僅かに眉根を寄せた。そんな息子の姿に諦めろと言わんばかりに視線を向ける。その視線を受け止めながらも、すぐに切り替えられるわけがないだろうと心の中で悪態をついてしまうのは仕方のない事だ。
「……それで、俺の持ち得る自由な時間は後どれほどですか」
「正式な発表は二年後、婚姻はその更に一年後だ」
「やけに早いですね?」
「新たな協定を結ぶ故な、その為の婚姻だ。お前も留学中に十分遊んだであろう? 何が不満だ、姫は見ての通り麗しい、器量も良いそうだ。王子妃には申し分ないだろう。それに後二年はあるのだ、それまでは自由なのだからそれで納得するのだテオドール」
手元の絵姿に目を落とせば、豊かな金の髪をした色白の女性が小さく微笑みを浮かべていた。正直に言えばテオドールの好みではない。しかし自由恋愛を謳うこの国でも、特筆した事項がある場合王族の政略結婚は当たり前なのだ。
それが今回、たまたまテオドールに当たってしまっただけだ。一番上の兄を除けば、他の兄や姉達は自由恋愛の末の婚姻だと言うのに。
留学中に相手を見つければ良いかと当初は思っていたが結局学びや社交の方が忙しく、父親が言うように十分遊んだかと言われればそんな事は無かった。
だから帰国する期間をあれこれ理由を付けて延ばしていたのだが、とうとうそんな言い訳も通じなくなり渋々帰って来たのだった。
あと二年で心残りを捨てるには余りにも期間が短すぎる。身近で幼い頃から仲睦まじく、お互いを大事だと愛おしむ両親や兄姉夫婦を見ているから余計にそう思ってしまう。
政略結婚が決まってしまった今、もうテオドールには心から愛する相手を見つける事など出来ないのだ。仮にできたとしても、終わりの時間は既に決まってしまっている。
沈んだ気分のまま執務室を後にしたテオドールは、自室に戻る気分にはなれずに広い庭を歩く事にした。
執務室から出てからと言うもの、無言のまま歩くテオドールにロイズは心配しながらも、ただ着いていく事しかできなかった。執務室の中で一体どんな会話がなされたかについては、見当がついてはいるのだが、主がロイズに話をする気力が戻るまではそっとしておいた方が良いだろうと、ひたすらに待つのだった。
池の畔で腰を下ろしたテオドールは、小石を手に取り池に投げ入れながらロイズにやっと口を開いた。
「俺に残された時間は後二年だそうだ」
「そうですか、お相手はやはり?」
「ファーアルスの第三姫だよ」
「美しい姫君だとお噂は聞きますね、絵姿は見たのですか?」
「あぁいかにもなお姫様だったさ、好みじゃないのはたしかだ」
「これで恋愛小説よろしく、一目で恋に落ちる……となればテオドール様の憂いも無くなったでしょうにね」
「人生そう上手く事は進まないだろう」
「しかし二年ですか、それまでにお相手を見つけてみては?」
「終わりがはっきりとわかっているのにそれはどうだろうな? それに慌てて探しても良い人には巡り合えないと、兄上も姉上にも毎度言われているからなぁ」
「では諦められるのですか?」
「仕方ないだろう、どう頑張ってもこればっかりは無理だ」
力なく笑うテオドールに、ロイズはなんとも遣る瀬無い気持ちになるばかりであった。なまじロイズ自身愛する恋人が居る為に、テオドールの様に何の感情も無い相手との婚姻を結ばなければならないと言う事に、踏み込んだ事など何も言えないのだ。
きっちりと着込んだ服に窮屈さを覚えながらも、側近のロイズを伴い執務室への道をゆったりと歩いて行く。
「父上の話はなんだろうなぁ、ロイズ」
「わかっているのにいちいち聞くのはいかがなものかと」
「別の事かもしれないだろ?」
「本当にそう思われますか?」
「だよなぁ、気が重たいったらないな。もっと留学期間を延ばせばよかった」
「これでもギリギリまで延ばしたのですから、もう無理ですよ」
はぁと重たい溜息を落としながら、テオドールは国王の執務室へと辿り着いた。
扉が開かれた先には宰相や文官達が居たが、王の視線を受けすぐさま人払いがされる。残されたのはテオドールと王のみになった。
静まり返った執務室の中でテオドールが座る椅子の対面に腰を下ろすと、一つの絵姿を差し出してくる。
「同盟国であるファーアルス王国の第三姫だ。そなたにはかの姫君と婚姻を結んでもらうぞ」
やはりその話だったかと、テオドールは僅かに眉根を寄せた。そんな息子の姿に諦めろと言わんばかりに視線を向ける。その視線を受け止めながらも、すぐに切り替えられるわけがないだろうと心の中で悪態をついてしまうのは仕方のない事だ。
「……それで、俺の持ち得る自由な時間は後どれほどですか」
「正式な発表は二年後、婚姻はその更に一年後だ」
「やけに早いですね?」
「新たな協定を結ぶ故な、その為の婚姻だ。お前も留学中に十分遊んだであろう? 何が不満だ、姫は見ての通り麗しい、器量も良いそうだ。王子妃には申し分ないだろう。それに後二年はあるのだ、それまでは自由なのだからそれで納得するのだテオドール」
手元の絵姿に目を落とせば、豊かな金の髪をした色白の女性が小さく微笑みを浮かべていた。正直に言えばテオドールの好みではない。しかし自由恋愛を謳うこの国でも、特筆した事項がある場合王族の政略結婚は当たり前なのだ。
それが今回、たまたまテオドールに当たってしまっただけだ。一番上の兄を除けば、他の兄や姉達は自由恋愛の末の婚姻だと言うのに。
留学中に相手を見つければ良いかと当初は思っていたが結局学びや社交の方が忙しく、父親が言うように十分遊んだかと言われればそんな事は無かった。
だから帰国する期間をあれこれ理由を付けて延ばしていたのだが、とうとうそんな言い訳も通じなくなり渋々帰って来たのだった。
あと二年で心残りを捨てるには余りにも期間が短すぎる。身近で幼い頃から仲睦まじく、お互いを大事だと愛おしむ両親や兄姉夫婦を見ているから余計にそう思ってしまう。
政略結婚が決まってしまった今、もうテオドールには心から愛する相手を見つける事など出来ないのだ。仮にできたとしても、終わりの時間は既に決まってしまっている。
沈んだ気分のまま執務室を後にしたテオドールは、自室に戻る気分にはなれずに広い庭を歩く事にした。
執務室から出てからと言うもの、無言のまま歩くテオドールにロイズは心配しながらも、ただ着いていく事しかできなかった。執務室の中で一体どんな会話がなされたかについては、見当がついてはいるのだが、主がロイズに話をする気力が戻るまではそっとしておいた方が良いだろうと、ひたすらに待つのだった。
池の畔で腰を下ろしたテオドールは、小石を手に取り池に投げ入れながらロイズにやっと口を開いた。
「俺に残された時間は後二年だそうだ」
「そうですか、お相手はやはり?」
「ファーアルスの第三姫だよ」
「美しい姫君だとお噂は聞きますね、絵姿は見たのですか?」
「あぁいかにもなお姫様だったさ、好みじゃないのはたしかだ」
「これで恋愛小説よろしく、一目で恋に落ちる……となればテオドール様の憂いも無くなったでしょうにね」
「人生そう上手く事は進まないだろう」
「しかし二年ですか、それまでにお相手を見つけてみては?」
「終わりがはっきりとわかっているのにそれはどうだろうな? それに慌てて探しても良い人には巡り合えないと、兄上も姉上にも毎度言われているからなぁ」
「では諦められるのですか?」
「仕方ないだろう、どう頑張ってもこればっかりは無理だ」
力なく笑うテオドールに、ロイズはなんとも遣る瀬無い気持ちになるばかりであった。なまじロイズ自身愛する恋人が居る為に、テオドールの様に何の感情も無い相手との婚姻を結ばなければならないと言う事に、踏み込んだ事など何も言えないのだ。
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