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第1章 人形師編
26お兄様でおまかせを
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「で、今日は非番だというのにも関わらず仕事を持ってきたと?仕事熱心なのは結構だが・・・。社畜か、君は。」
事務所へと訪れた僕達は、扉を開けた社長の第一声がそれだった。
気怠さの混じったその第一声は、溜め息と共にこぼれ落ちる。そんな彼女も休みであっても変わらずのスーツ姿だ。
いつものようにジャケットこそは肩に羽織りはしていないが、ブルーグレイのスーツベストを着ていた。
相変わらず両手に手袋を着用し、その手には半透明の湯気を漂わせたコーヒーカップ。
昼下がりのコーヒーブレイクでも満喫しながら古本でも読み漁っていたのか、気怠い挨拶の正体はその不機嫌から。
例によって、彼女は自分の時間を割かれる事を酷く嫌う。それが非番である休みの日なら尚更だ。
まさか、この女社長に自ら「社畜か」と聞かれるとは思わなかった。
「はぁ、まぁ・・・、なんというか成り行きで。」
特に狙って仕事を拾ってきた訳では無く、本当に成り行きなのだから仕方がない。
思わず僕は後頭部を察すり、彼女の威圧的な一言に少し萎縮してしまう。
事情はどうあれ、彼女が今回の案件を引き受けてくれるかどうかは条件次第だ。
現に眉を歪ませたこの女社長は、束の間の休息を見送って引き受けるのか。
そんな心情はさて置きと云うのか、少女の姿をした人形メリィはそんな高圧は何のその。
一歩前へと踏み出し、社長へと対峙する。強張る事なく表情は穏やかで、落ち着いている。
「貴女がコマチ様ですか?」
「いかにも。君は・・・、そうか。自動人形か。それも精巧で精密な一級品レベルだな。」
僕に対しギロリと睨んでいた社長の瞳は視線を少女へと変え、ふと気を許す。
同時に一目見た頃には、少女の正体を把握していた。やはり、わかる人にはわかるものなのだろうか。
彼女曰くメリィの自動人形としての完成度は相当なものらしく、腕を組み唸らせる。
事務所へ来る途中にチップも云っていたが、通常の自動人形ではここまでの会話出来ないそうだ。
一種の今で云うところのAiのように、予めプログラムされた簡略された言語を話す程度だと云う。
少女のように喜怒哀楽の感情を乗せた会話を出来る者は、そうそうと居ないらしい。
そんな感情を持ち合わせていながら、この女社長に臆する事無く会話をしているのは実に肝が据わっている。
メリィは彼女の返答に対し、また例のお辞儀をする。ワンピースの両端を軽く摘み上げ、軽くお辞儀をする。
その動作すらもブレや緊張は無く、そっと瞳を開ける。
「私、メリィと申します。あと、お兄様は悪くないですわよ?」
『お兄様ッ?!』
メリィのその一言に、一同がザワつく。
当の僕もそうだ。ギョッと心臓を握りしめるような突然訪れた感覚。
何食わぬ顔で微笑む少女を取り除き、無意識に放たれた火矢により戦場が慌てふためき始めていた。
真っ先に勢い良く胸ぐらを掴んできたのは、我が社を代表する女社長だった。
鬼のような形相で先程より何倍も織り重ねた威圧をぶつけながら、こちらへと押し寄せてきた。
「おい、垂くん‼︎こんな少女に何を吹き込んだと云うのだ⁉︎ 場合によっては犯罪になりかねんぞ!」
血相を変えた怒鳴り声が事務所に響き渡る。
そんな事言われたって僕だって知りませんよ、と嘆きをぶつけたいところだ。
第一、この少女にそんな呼ばれ方をされたのは今が初めてなのだから。
だがしかし、周りの弊社従業員達の視線は幻滅したかのように酷く冷たかった。
まるで虫ケラを見るような軽蔑した目付きがこちらへと集中され、アイスピックでも投げつけられた気分だ。
「うへぇ、ロリコンかよ。」
「おい、イサム。ロリコンってなんだ?」
と、ボソリと呟くメルも溜め息混じりに投げつけてくる。
それを聞いたチップは、ロリコンというこの幼女にとって聞き慣れない言葉に頭を傾げていた。
違う、そうじゃない。これは誤解なのだ。決して僕がそう云うように仕向けたとか教えたとかそう云う事じゃない。
特に相談して決めた訳では無く、メリィはそう勝手に呼んだだけなのだ。
何度も云おう、これは誤解なのだ。僕があたふためいている最中、少女はクスリと笑っていた。
こ、この、方向音痴お嬢様め!僕を図ったな⁉︎今日初めて会ったばかりだと云うのに、この少女ときたら。
そんなメリィは、コホンと呼吸を整えた後に口を開く。
「それで、私の依頼は受けてくれるのかしら?」
頬に手を添えて、再び社長へと尋ねた。
僕の心情などお構い無しにバッサリとその空気を断ち切り、話題をズラし本題へと意識を向かせた。
キラリと反射したブルーの瞳が社長の胸元へと突き刺すように当てる。
「済まないな、今日は生憎の非番なのだ。先程、そこの変態から依頼内容は聞いたところだが・・・。
迷子探しなら、日を改めてくれたまえ。」
社長は、考えるまでも無いと云った具合に右手で追い払うように退去を促した。
確かに今日は非番だ。それも仕事内容と云えば、総じてまとめるなら確かに迷子探しに近い。
ましてや依頼人が大人ならまだしも、相手は人形で子供。仮に受けたところで報酬は多く見込めない。
せいぜい子供のお駄賃程度が関の山だろう。それならば、わざわざ非番に出向く必要もないと判断したのだろう。
至って合理的ではある。・・・ん?おい、ちょっと待て。変態って僕の事か?それは塗衣ですよ、社長!
「あら、そう。仕方無いですわね。それじゃあ、他を当たるしか無さそうですの。」
社長の言葉を聞いた少女は、少し俯いてしまっていた。
確かに社長の言い分はもっともだ。けれど、メリィだって並々ならぬ想いでここまで来た筈だ。
はいそうですか、で返してしまうのはどうにも不憫だ。そう思った僕は、二人の会話へと割り込む。
「社長、一応条件だけでも聞いても良いんじゃないですかね?」
「ふむ・・・。迷子探しなど子供のお駄賃程度なんだがな。」
やはり社長は、受ける気などさらさら無かった。
不機嫌に歪んだ眉は変わらず、怪訝そうに溜め息を吐き散らしながら返した。
それでも少女は怯む事も臆する事も無く、ニコリと笑う。
「報酬は、私の瞳で如何かしら?」
まるで初めから社長の言葉を見通していたのか、予め用意された言葉を添えたようにも聞こえた。
自分の右眼を大きく見開き、人差し指で強調させるように指差す。
ブルーに輝くその瞳は、何十、何百色にも折り重なった限り無く海にも似た青。
木漏れ日のように窓から溢れる光が、メリィの瞳を浅瀬に深海とも捉えられる美しい青を輝かせる。
それを見た社長はピクリと止まり、一際目立たせた少女の瞳に視点を移す。
「瞳・・・?これは、・・・サファイアか。」
上顎に親指を添え、興味を示し始めたのか深く頷いた。
明らかに先程までの殺伐とも云える緊張を纏った空気が変わり始めている。
それを当然逃す事を許さなかったメリィは、ニヤリと口角を上げ微笑む。
事務所の中を少し覗き込み見渡した後に、羽ばたきを覚えた小鳥のようにこう告げた。
「そう、一応鑑別書付きのブルーサファイアですわ。この宝石の価値は、・・・そうですわね。
この事務所をフルリフォーム出来るくらいの価値はあると思いますの。」
するとその言葉を証明するように、どこから取り出したのかその鑑別書なる書類をハラリと出す。
ブルーサファイアとしっかり記載されており、それ以外にもカラット数や色相や透明度も明記されている。
正直、素人の僕が見ても良くわからなかったが、目を見開くように社長はその鑑別書を見つめていた。
それはまじまじと、まさかなと思う程に現実と夢が乖離したように。受け取った鑑別書をワナワナと握り締める。
彼女の中で何かを考え込んでいるのか、計算をしているのか、様々な思考がスクランブル交差している。
暫くその一枚の紙を見つめた後に、ふと糸が途切れたように彼女は両手を撫で折した。
静かに鑑別書をメリィへと返し、椅子に掛けていたジャケットを取り出す。
「何をしている垂くん。早く準備したまえ、出かけるぞ。」
その目付きは先程までの気怠さは、綺麗さっぱり洗い流されており完全な仕事モードだった。
これが漫画ならば、社長の瞳はドル札の眼と見ても過言では無い。
社長はすっかりジャケットを羽織り鼻息を鳴らす始末で、僕とチップはその落差に呆気に取られていた。
「あからさま過ぎですよ!」
「なぁ、リフォームってなんだ?鰻重何杯分だ?」
後で調べたところ、フルリフォームの平均費用はおよそ四百から二千五百万円程だと云う。
充分な価値のあるサファイアならば、それに匹敵する程の価値がある。
それを鰻重で換算しようとするチップの事は置いておくとして、社長は些か少女の依頼に難儀を示していた。
「しかし、なんだ。我々は運び屋だ。制約上、我々が運ぶモノは片手で持てる程の荷物に限る。」
そう、それは彼女が立てた制約。この便箋小町は基本的に大小を問わず片手で運べる物のみ。
だがご覧の通り、メリィ自身が依頼人であり依頼物である以上はその制限を大きく超える。
その拘りだけは社長も譲れない為に、難儀を抱えていたという訳だ。
少女は、そんな事ならばとでも云う様に平然とした素振りで唇を開いた。
「成程。では・・・。」
「うん?」
するとメリィは僕の傍らへと寄って来たかと思えば、空いた右手を握り締める。
人形だと云う事を証明するように、少女の手は血の通わないひんやりとした温もりを帯びていた。
脈は無く、鼓動も無い。耳をすませば、カチカチと微かに回る歯車の音のみ。文字通り機械的で、実に単調だった。
握ってきた少女は、顔を上げにっこりと笑い出す。その笑顔だけを切り取れば、無垢に笑う少女そのものだ。
少し握る強さが加わり、メリィは再び社長へと視線を移す。
「お兄様とこうやって手を繋げば、“片手で運んだ”事になりますわよね?」
「その二枚舌、どこで覚えたんだか。まぁ、いい。垂くん、君もそれで良いだろう?」
少女の機転に巻かれたのか、流石の社長も頭を抱え始めてしまったが遂にはメリィを承諾した。
確かにメリィの云うような、手を繋いでいれば運んでいると同義という発想は中々思い付かない。
仕方無く、と云う承諾を呑んだ彼女も僕へとその判断を促す。
「まぁ・・・、はい。けど、探すと言っても手掛かりとか情報は無いんですか?」
彼女が承諾するのならば、僕は当然断る理由は無い。
それでもまだ問題はあり、気になる疑問は山積みなところだ。一つは、少女を作った製作者の居場所だ。
彼女の能力であれば、いくら方向音痴といえどゴール地点である居場所だけは把握出来る筈だ。
メリィの居場所を索敵する力は、この便箋小町の場所さえも特定させる程の精度だからこそ疑問が拭えない。
社長は人差し指を立て僕達へと向けながら、こう告げる。
「冷静になりたまえよ、垂くん。この子は自動人形だ。自らの意思で動き、行動が出来る。
もし、彼女が居場所や手掛かりを掴んでいるのならば、とっくに自己解決している筈だ。
それが出来ないと云う事は・・・。」
「一筋縄では無いと云う事ですね。」
そう一筋縄では無い。社長の云う通り、索敵が出来ていれば目的地に辿り着けた筈だ。
索敵も出来ず、索敵も出来ないとなれば探すのは容易ではない。
となれば、ここからは僕達“便箋小町”の出番という訳だ。
ましてや、“ギフト”絡みで報酬もたんまりと聞けば願ったり叶ったりなのだ。
ぐいっと身を乗り出したのは、チップでぶっきらぼうに聞き込みを投げかける。
「んじゃ、メリィだっけか。その造ってくれた奴の家はわかんのか?」
「はい、大きな屋敷でしたわ。」
なんか前にも似たような聞き込みの流れだな。どこかデジャヴにも感じてしまう程だ。
少女は、チップの質問に対し平然と淡白に答えた。大きな屋敷・・・。
ざっくばらん過ぎて、とてもじゃないが特定出来ない。案の定、チップも眉を歪ませていた。
「あー・・・、それ、どこだよ。」
「・・・・・・、ふふふ。」
チップがそう尋ねたところで返ってくるのは、誤魔化すように笑う少女の仕草だけだった。
その先のメリィの台詞は、わからないという回答だけだ。恐らく彼女には、その屋敷の面影はわかるのだろう。
けれどもその行き先が分からない。あっ!と気付いたチップは、思わずメリィへと指を差し叫び出す。
「そうだ、こいつ!めっちゃ方向音痴なんだ!」
そうして幼女も漸く気付く。この少女メリィが極度の方向音痴だと云う事に。
コツメの時もそうだったが、チップは思った事をすぐ口に出す事までは良い。
けれど勝手に聞き込みを開始しておいて、勝手に自分で詰まる始末だ。
その光景を見た社長も、ふむと呼吸を置き少し考え込む。そうして指を立て、一つの考察を練った。
「彼女の方向音痴なところも、まぁ多少は原因があるだろうが。それだけでは無いだろうな。
もっと別の、矮小な何かを見落としているのかもしれないな。」
確かに、便箋小町を見つけられるのに目的地の屋敷が分からないのは矛盾している。
うちの便箋小町のように何か特別な結界か何かでも張っているのだろうか。
これはあくまでも異種の仮説ではあるが、例えば彼女の索敵能力に特化した防御壁なるものを張っているとか。
もしそうであるならば、彼女がいくら方向音痴だろうと時間経過と共に探し当てられる筈だ。
その屋敷の者は、メリィを来させないように拒んでいる・・・?一体どう云う事なんだ。
僕も考えが更け込み、額に手を当てながら考察を練っている最中、メルはボソリと呟く。
「おい、人形。その製作者って奴はまだ生きてんのか?」
「おいおい、毛むくじゃら。それは、不謹慎だろ。」
全くだ。コイツときたら無神経というか不謹慎というか。
なんの前振りも無く平然とヅカヅカと聞いてくる無神経さには、背筋が凍るばかりだ。
いや、待てよ・・・。そうか、この無神経もじゃ公が聞いてきた事柄も一理ある。
「俺たちにとっちゃあ、それが重要なんだ。人形、どうなんだ?」
コイツの云う通りだ。この少女の気持ちなどいざ知らずに土足で聞いているところは頷けないが。
その屋敷の住人が生きているかどうか。これは確かに重要なのかもしれない。
もし、彼女を拒んでいるものがいるとすれば、それを追い払う為の結界を張る筈。
つまりその術者が居ると云う事だ。問題は、それが製作者本人なのかそれ以外か。
いずれにしても、彼女を拒む者がそこに居る事が頷けてしまうのだ。
暫く彼女は、メルの質問に対し考え込み俯く。けれど、ぐるりと回っては見たものの浮かない表情で顔を上げる。
「それは・・・、分からないですわ。何年も会えてないのですから・・・。」
少女の返答は、少し辿々しく先程までのような自信に溢れた波は無かった。
分からないという理由も第一ではあるが、もっと別の想いが入り混じっているようだった。
そう、どちらかと云うと思い当たる節はあると云った具合だ。口を紡ぎ、目線は合わせず下に逸れていた。
それを口に出さないと云う事は、何か訳ありとして彼女の心のどこかで抱え込んでいるのだろう。
恐らくそれは、今回の依頼にとって重要な事なのかも知れない。けど先走ってはいけない。
ゆっくりと、焦らず。徐々にメリィの心境を紐解いてあげる必要がある。
「なら決まりだな。新人とチップは、タバコ屋に行ってこい。」
「タバコ屋?・・・板さんのところか。で、お前はどうすんだよ、メル。」
結果論だけは、この妖怪と一緒だったのがどうにも皮肉な話だ。
メルが云うように、この場合手取り早く捜査を特定するならば、板さんのところだろう。
この自動人形を作り出した場所であれば、その痕跡を辿れる筈だ。
生き霊やマナ、精霊と対話することが出来る板さんなら居場所を特定出来る。
けれど、ふと思ったのは言い出しっぺのこの妖怪の事である。行ってこいと云う事は、自分はどうするんだか。
自分は同行しないとハナから決めつけて話しているので、僕は一応この妖怪に聞いて見た。
「あ?今日は非番だからな、『さすらい刑事シリーズ』の一挙放送を観るから俺は行かねぇぞ。」
と、どこから取り出したのかテレビのリモコンを持ち上げ、指揮棒のように振るう。
ハナから俺は行かねえぞと言いたげなのか、そのまま事務所の奥へとメルは行ってしまった。
妖怪は色んな意味で頑固なのだろうか。なんとも一度決めた自分のルールは捻じ曲げようとはしない。
ある程度臨機応変に対応してくれる社長は、半妖である事も理由になるんだろうか。
「・・・社長は、どうされるんですか?」
と、彼女へと投げかけるがいつものような本を読み漁る素振りは無かった。
呼吸を二秒先に置いてきたように少し俯き、何かをじっくりと考えているようだった。
吹き荒ぶ風すらも物ともせずに念仏のように一点を見つめ、何かを小さく呟いている。
ふと漸く僕の言葉に気付いた社長は、こちらに振り向く事も無く口元を覆い隠すように手を添えて答える。
「・・・あぁ、済まない。少し調べたいものがある。居場所が掴めた頃には合流するさ。」
どこか彼女の視線は異様に冷たかった。それは決して、誰かに敵意を剥き出しているという訳では無い。
密かに冷たく静かに。暫く佇んだかと思えば、そっと顔を上げて社長も自分のデスクへと戻っていく。
こちらの返事を待つ必要は無かったのか、そのままゆっくりと腰掛けていた。
いずれにしても、もう出た方が良いのだろう。そう思った僕は少女と幼女を連れ、声をかける。
「・・・それじゃ行こうか。」
「はい、お兄様!」
ずっと手を握っていた少女メリィは、笑顔で答えてくれた。
ハキハキと綺麗に透き通るその声は、これから咲き誇ろうとする向日葵のようだった。
「それ・・・、ちょっとむず痒いから、やめてくんない?」
けれど、未だに彼女が云う“お兄様”と云うワードがどうにもむず痒い。
背中から全身へと痺れとはまた違う、ゾワつかせる不思議な感覚が蟲のように走り回っていたのだ。
それがどうにも不慣れな言葉のせいで耐性が無いだけなのか、今は定かでは無い。
するとチップが手の平で口元を抑えながら、よそよそと近寄ってきた。
「なぜですか、お兄さま?にひひ。」
明らかに嫌味をブレンドしている。
どこか企んだような眼差しで気持ち悪い笑いを堪えながら、メリィの真似をしていたのだ。
妙に声色もいつもより高めに話しており、それが絶妙に鼻がつきイライラを促進させる。
「うるせぇ、お前は黙っていろ・・・ッ!」
と、思って言葉に出した時には幼女の脳天にゲンコツを喰らわせていた。
流石のチップも耐性が付いてきたのか、悶絶する事はなく数回頭を摩る程度だった。
さて、そんなわけで今回の編成は決まったのだ。まずは、手がかりを掴む為に板さんの所へ行こう。
そういえば、あそこには住み込みでコツメも一緒に居るんだっけか。彼に会うのも数週間ぶりだな。
手がかかりを探すついでに挨拶するのも悪くないし、様子を見るには丁度良いタイミングなのかも知れない。
なんて事の無い非番が結局のところ仕事をする羽目にはなったが、ほんの少しだけ楽しいと感じている自分も居る。
何を馬鹿なと思うかも知れないだろう。だから僕は、皆には見せずそっと蓋を閉じたのだ。
事務所へと訪れた僕達は、扉を開けた社長の第一声がそれだった。
気怠さの混じったその第一声は、溜め息と共にこぼれ落ちる。そんな彼女も休みであっても変わらずのスーツ姿だ。
いつものようにジャケットこそは肩に羽織りはしていないが、ブルーグレイのスーツベストを着ていた。
相変わらず両手に手袋を着用し、その手には半透明の湯気を漂わせたコーヒーカップ。
昼下がりのコーヒーブレイクでも満喫しながら古本でも読み漁っていたのか、気怠い挨拶の正体はその不機嫌から。
例によって、彼女は自分の時間を割かれる事を酷く嫌う。それが非番である休みの日なら尚更だ。
まさか、この女社長に自ら「社畜か」と聞かれるとは思わなかった。
「はぁ、まぁ・・・、なんというか成り行きで。」
特に狙って仕事を拾ってきた訳では無く、本当に成り行きなのだから仕方がない。
思わず僕は後頭部を察すり、彼女の威圧的な一言に少し萎縮してしまう。
事情はどうあれ、彼女が今回の案件を引き受けてくれるかどうかは条件次第だ。
現に眉を歪ませたこの女社長は、束の間の休息を見送って引き受けるのか。
そんな心情はさて置きと云うのか、少女の姿をした人形メリィはそんな高圧は何のその。
一歩前へと踏み出し、社長へと対峙する。強張る事なく表情は穏やかで、落ち着いている。
「貴女がコマチ様ですか?」
「いかにも。君は・・・、そうか。自動人形か。それも精巧で精密な一級品レベルだな。」
僕に対しギロリと睨んでいた社長の瞳は視線を少女へと変え、ふと気を許す。
同時に一目見た頃には、少女の正体を把握していた。やはり、わかる人にはわかるものなのだろうか。
彼女曰くメリィの自動人形としての完成度は相当なものらしく、腕を組み唸らせる。
事務所へ来る途中にチップも云っていたが、通常の自動人形ではここまでの会話出来ないそうだ。
一種の今で云うところのAiのように、予めプログラムされた簡略された言語を話す程度だと云う。
少女のように喜怒哀楽の感情を乗せた会話を出来る者は、そうそうと居ないらしい。
そんな感情を持ち合わせていながら、この女社長に臆する事無く会話をしているのは実に肝が据わっている。
メリィは彼女の返答に対し、また例のお辞儀をする。ワンピースの両端を軽く摘み上げ、軽くお辞儀をする。
その動作すらもブレや緊張は無く、そっと瞳を開ける。
「私、メリィと申します。あと、お兄様は悪くないですわよ?」
『お兄様ッ?!』
メリィのその一言に、一同がザワつく。
当の僕もそうだ。ギョッと心臓を握りしめるような突然訪れた感覚。
何食わぬ顔で微笑む少女を取り除き、無意識に放たれた火矢により戦場が慌てふためき始めていた。
真っ先に勢い良く胸ぐらを掴んできたのは、我が社を代表する女社長だった。
鬼のような形相で先程より何倍も織り重ねた威圧をぶつけながら、こちらへと押し寄せてきた。
「おい、垂くん‼︎こんな少女に何を吹き込んだと云うのだ⁉︎ 場合によっては犯罪になりかねんぞ!」
血相を変えた怒鳴り声が事務所に響き渡る。
そんな事言われたって僕だって知りませんよ、と嘆きをぶつけたいところだ。
第一、この少女にそんな呼ばれ方をされたのは今が初めてなのだから。
だがしかし、周りの弊社従業員達の視線は幻滅したかのように酷く冷たかった。
まるで虫ケラを見るような軽蔑した目付きがこちらへと集中され、アイスピックでも投げつけられた気分だ。
「うへぇ、ロリコンかよ。」
「おい、イサム。ロリコンってなんだ?」
と、ボソリと呟くメルも溜め息混じりに投げつけてくる。
それを聞いたチップは、ロリコンというこの幼女にとって聞き慣れない言葉に頭を傾げていた。
違う、そうじゃない。これは誤解なのだ。決して僕がそう云うように仕向けたとか教えたとかそう云う事じゃない。
特に相談して決めた訳では無く、メリィはそう勝手に呼んだだけなのだ。
何度も云おう、これは誤解なのだ。僕があたふためいている最中、少女はクスリと笑っていた。
こ、この、方向音痴お嬢様め!僕を図ったな⁉︎今日初めて会ったばかりだと云うのに、この少女ときたら。
そんなメリィは、コホンと呼吸を整えた後に口を開く。
「それで、私の依頼は受けてくれるのかしら?」
頬に手を添えて、再び社長へと尋ねた。
僕の心情などお構い無しにバッサリとその空気を断ち切り、話題をズラし本題へと意識を向かせた。
キラリと反射したブルーの瞳が社長の胸元へと突き刺すように当てる。
「済まないな、今日は生憎の非番なのだ。先程、そこの変態から依頼内容は聞いたところだが・・・。
迷子探しなら、日を改めてくれたまえ。」
社長は、考えるまでも無いと云った具合に右手で追い払うように退去を促した。
確かに今日は非番だ。それも仕事内容と云えば、総じてまとめるなら確かに迷子探しに近い。
ましてや依頼人が大人ならまだしも、相手は人形で子供。仮に受けたところで報酬は多く見込めない。
せいぜい子供のお駄賃程度が関の山だろう。それならば、わざわざ非番に出向く必要もないと判断したのだろう。
至って合理的ではある。・・・ん?おい、ちょっと待て。変態って僕の事か?それは塗衣ですよ、社長!
「あら、そう。仕方無いですわね。それじゃあ、他を当たるしか無さそうですの。」
社長の言葉を聞いた少女は、少し俯いてしまっていた。
確かに社長の言い分はもっともだ。けれど、メリィだって並々ならぬ想いでここまで来た筈だ。
はいそうですか、で返してしまうのはどうにも不憫だ。そう思った僕は、二人の会話へと割り込む。
「社長、一応条件だけでも聞いても良いんじゃないですかね?」
「ふむ・・・。迷子探しなど子供のお駄賃程度なんだがな。」
やはり社長は、受ける気などさらさら無かった。
不機嫌に歪んだ眉は変わらず、怪訝そうに溜め息を吐き散らしながら返した。
それでも少女は怯む事も臆する事も無く、ニコリと笑う。
「報酬は、私の瞳で如何かしら?」
まるで初めから社長の言葉を見通していたのか、予め用意された言葉を添えたようにも聞こえた。
自分の右眼を大きく見開き、人差し指で強調させるように指差す。
ブルーに輝くその瞳は、何十、何百色にも折り重なった限り無く海にも似た青。
木漏れ日のように窓から溢れる光が、メリィの瞳を浅瀬に深海とも捉えられる美しい青を輝かせる。
それを見た社長はピクリと止まり、一際目立たせた少女の瞳に視点を移す。
「瞳・・・?これは、・・・サファイアか。」
上顎に親指を添え、興味を示し始めたのか深く頷いた。
明らかに先程までの殺伐とも云える緊張を纏った空気が変わり始めている。
それを当然逃す事を許さなかったメリィは、ニヤリと口角を上げ微笑む。
事務所の中を少し覗き込み見渡した後に、羽ばたきを覚えた小鳥のようにこう告げた。
「そう、一応鑑別書付きのブルーサファイアですわ。この宝石の価値は、・・・そうですわね。
この事務所をフルリフォーム出来るくらいの価値はあると思いますの。」
するとその言葉を証明するように、どこから取り出したのかその鑑別書なる書類をハラリと出す。
ブルーサファイアとしっかり記載されており、それ以外にもカラット数や色相や透明度も明記されている。
正直、素人の僕が見ても良くわからなかったが、目を見開くように社長はその鑑別書を見つめていた。
それはまじまじと、まさかなと思う程に現実と夢が乖離したように。受け取った鑑別書をワナワナと握り締める。
彼女の中で何かを考え込んでいるのか、計算をしているのか、様々な思考がスクランブル交差している。
暫くその一枚の紙を見つめた後に、ふと糸が途切れたように彼女は両手を撫で折した。
静かに鑑別書をメリィへと返し、椅子に掛けていたジャケットを取り出す。
「何をしている垂くん。早く準備したまえ、出かけるぞ。」
その目付きは先程までの気怠さは、綺麗さっぱり洗い流されており完全な仕事モードだった。
これが漫画ならば、社長の瞳はドル札の眼と見ても過言では無い。
社長はすっかりジャケットを羽織り鼻息を鳴らす始末で、僕とチップはその落差に呆気に取られていた。
「あからさま過ぎですよ!」
「なぁ、リフォームってなんだ?鰻重何杯分だ?」
後で調べたところ、フルリフォームの平均費用はおよそ四百から二千五百万円程だと云う。
充分な価値のあるサファイアならば、それに匹敵する程の価値がある。
それを鰻重で換算しようとするチップの事は置いておくとして、社長は些か少女の依頼に難儀を示していた。
「しかし、なんだ。我々は運び屋だ。制約上、我々が運ぶモノは片手で持てる程の荷物に限る。」
そう、それは彼女が立てた制約。この便箋小町は基本的に大小を問わず片手で運べる物のみ。
だがご覧の通り、メリィ自身が依頼人であり依頼物である以上はその制限を大きく超える。
その拘りだけは社長も譲れない為に、難儀を抱えていたという訳だ。
少女は、そんな事ならばとでも云う様に平然とした素振りで唇を開いた。
「成程。では・・・。」
「うん?」
するとメリィは僕の傍らへと寄って来たかと思えば、空いた右手を握り締める。
人形だと云う事を証明するように、少女の手は血の通わないひんやりとした温もりを帯びていた。
脈は無く、鼓動も無い。耳をすませば、カチカチと微かに回る歯車の音のみ。文字通り機械的で、実に単調だった。
握ってきた少女は、顔を上げにっこりと笑い出す。その笑顔だけを切り取れば、無垢に笑う少女そのものだ。
少し握る強さが加わり、メリィは再び社長へと視線を移す。
「お兄様とこうやって手を繋げば、“片手で運んだ”事になりますわよね?」
「その二枚舌、どこで覚えたんだか。まぁ、いい。垂くん、君もそれで良いだろう?」
少女の機転に巻かれたのか、流石の社長も頭を抱え始めてしまったが遂にはメリィを承諾した。
確かにメリィの云うような、手を繋いでいれば運んでいると同義という発想は中々思い付かない。
仕方無く、と云う承諾を呑んだ彼女も僕へとその判断を促す。
「まぁ・・・、はい。けど、探すと言っても手掛かりとか情報は無いんですか?」
彼女が承諾するのならば、僕は当然断る理由は無い。
それでもまだ問題はあり、気になる疑問は山積みなところだ。一つは、少女を作った製作者の居場所だ。
彼女の能力であれば、いくら方向音痴といえどゴール地点である居場所だけは把握出来る筈だ。
メリィの居場所を索敵する力は、この便箋小町の場所さえも特定させる程の精度だからこそ疑問が拭えない。
社長は人差し指を立て僕達へと向けながら、こう告げる。
「冷静になりたまえよ、垂くん。この子は自動人形だ。自らの意思で動き、行動が出来る。
もし、彼女が居場所や手掛かりを掴んでいるのならば、とっくに自己解決している筈だ。
それが出来ないと云う事は・・・。」
「一筋縄では無いと云う事ですね。」
そう一筋縄では無い。社長の云う通り、索敵が出来ていれば目的地に辿り着けた筈だ。
索敵も出来ず、索敵も出来ないとなれば探すのは容易ではない。
となれば、ここからは僕達“便箋小町”の出番という訳だ。
ましてや、“ギフト”絡みで報酬もたんまりと聞けば願ったり叶ったりなのだ。
ぐいっと身を乗り出したのは、チップでぶっきらぼうに聞き込みを投げかける。
「んじゃ、メリィだっけか。その造ってくれた奴の家はわかんのか?」
「はい、大きな屋敷でしたわ。」
なんか前にも似たような聞き込みの流れだな。どこかデジャヴにも感じてしまう程だ。
少女は、チップの質問に対し平然と淡白に答えた。大きな屋敷・・・。
ざっくばらん過ぎて、とてもじゃないが特定出来ない。案の定、チップも眉を歪ませていた。
「あー・・・、それ、どこだよ。」
「・・・・・・、ふふふ。」
チップがそう尋ねたところで返ってくるのは、誤魔化すように笑う少女の仕草だけだった。
その先のメリィの台詞は、わからないという回答だけだ。恐らく彼女には、その屋敷の面影はわかるのだろう。
けれどもその行き先が分からない。あっ!と気付いたチップは、思わずメリィへと指を差し叫び出す。
「そうだ、こいつ!めっちゃ方向音痴なんだ!」
そうして幼女も漸く気付く。この少女メリィが極度の方向音痴だと云う事に。
コツメの時もそうだったが、チップは思った事をすぐ口に出す事までは良い。
けれど勝手に聞き込みを開始しておいて、勝手に自分で詰まる始末だ。
その光景を見た社長も、ふむと呼吸を置き少し考え込む。そうして指を立て、一つの考察を練った。
「彼女の方向音痴なところも、まぁ多少は原因があるだろうが。それだけでは無いだろうな。
もっと別の、矮小な何かを見落としているのかもしれないな。」
確かに、便箋小町を見つけられるのに目的地の屋敷が分からないのは矛盾している。
うちの便箋小町のように何か特別な結界か何かでも張っているのだろうか。
これはあくまでも異種の仮説ではあるが、例えば彼女の索敵能力に特化した防御壁なるものを張っているとか。
もしそうであるならば、彼女がいくら方向音痴だろうと時間経過と共に探し当てられる筈だ。
その屋敷の者は、メリィを来させないように拒んでいる・・・?一体どう云う事なんだ。
僕も考えが更け込み、額に手を当てながら考察を練っている最中、メルはボソリと呟く。
「おい、人形。その製作者って奴はまだ生きてんのか?」
「おいおい、毛むくじゃら。それは、不謹慎だろ。」
全くだ。コイツときたら無神経というか不謹慎というか。
なんの前振りも無く平然とヅカヅカと聞いてくる無神経さには、背筋が凍るばかりだ。
いや、待てよ・・・。そうか、この無神経もじゃ公が聞いてきた事柄も一理ある。
「俺たちにとっちゃあ、それが重要なんだ。人形、どうなんだ?」
コイツの云う通りだ。この少女の気持ちなどいざ知らずに土足で聞いているところは頷けないが。
その屋敷の住人が生きているかどうか。これは確かに重要なのかもしれない。
もし、彼女を拒んでいるものがいるとすれば、それを追い払う為の結界を張る筈。
つまりその術者が居ると云う事だ。問題は、それが製作者本人なのかそれ以外か。
いずれにしても、彼女を拒む者がそこに居る事が頷けてしまうのだ。
暫く彼女は、メルの質問に対し考え込み俯く。けれど、ぐるりと回っては見たものの浮かない表情で顔を上げる。
「それは・・・、分からないですわ。何年も会えてないのですから・・・。」
少女の返答は、少し辿々しく先程までのような自信に溢れた波は無かった。
分からないという理由も第一ではあるが、もっと別の想いが入り混じっているようだった。
そう、どちらかと云うと思い当たる節はあると云った具合だ。口を紡ぎ、目線は合わせず下に逸れていた。
それを口に出さないと云う事は、何か訳ありとして彼女の心のどこかで抱え込んでいるのだろう。
恐らくそれは、今回の依頼にとって重要な事なのかも知れない。けど先走ってはいけない。
ゆっくりと、焦らず。徐々にメリィの心境を紐解いてあげる必要がある。
「なら決まりだな。新人とチップは、タバコ屋に行ってこい。」
「タバコ屋?・・・板さんのところか。で、お前はどうすんだよ、メル。」
結果論だけは、この妖怪と一緒だったのがどうにも皮肉な話だ。
メルが云うように、この場合手取り早く捜査を特定するならば、板さんのところだろう。
この自動人形を作り出した場所であれば、その痕跡を辿れる筈だ。
生き霊やマナ、精霊と対話することが出来る板さんなら居場所を特定出来る。
けれど、ふと思ったのは言い出しっぺのこの妖怪の事である。行ってこいと云う事は、自分はどうするんだか。
自分は同行しないとハナから決めつけて話しているので、僕は一応この妖怪に聞いて見た。
「あ?今日は非番だからな、『さすらい刑事シリーズ』の一挙放送を観るから俺は行かねぇぞ。」
と、どこから取り出したのかテレビのリモコンを持ち上げ、指揮棒のように振るう。
ハナから俺は行かねえぞと言いたげなのか、そのまま事務所の奥へとメルは行ってしまった。
妖怪は色んな意味で頑固なのだろうか。なんとも一度決めた自分のルールは捻じ曲げようとはしない。
ある程度臨機応変に対応してくれる社長は、半妖である事も理由になるんだろうか。
「・・・社長は、どうされるんですか?」
と、彼女へと投げかけるがいつものような本を読み漁る素振りは無かった。
呼吸を二秒先に置いてきたように少し俯き、何かをじっくりと考えているようだった。
吹き荒ぶ風すらも物ともせずに念仏のように一点を見つめ、何かを小さく呟いている。
ふと漸く僕の言葉に気付いた社長は、こちらに振り向く事も無く口元を覆い隠すように手を添えて答える。
「・・・あぁ、済まない。少し調べたいものがある。居場所が掴めた頃には合流するさ。」
どこか彼女の視線は異様に冷たかった。それは決して、誰かに敵意を剥き出しているという訳では無い。
密かに冷たく静かに。暫く佇んだかと思えば、そっと顔を上げて社長も自分のデスクへと戻っていく。
こちらの返事を待つ必要は無かったのか、そのままゆっくりと腰掛けていた。
いずれにしても、もう出た方が良いのだろう。そう思った僕は少女と幼女を連れ、声をかける。
「・・・それじゃ行こうか。」
「はい、お兄様!」
ずっと手を握っていた少女メリィは、笑顔で答えてくれた。
ハキハキと綺麗に透き通るその声は、これから咲き誇ろうとする向日葵のようだった。
「それ・・・、ちょっとむず痒いから、やめてくんない?」
けれど、未だに彼女が云う“お兄様”と云うワードがどうにもむず痒い。
背中から全身へと痺れとはまた違う、ゾワつかせる不思議な感覚が蟲のように走り回っていたのだ。
それがどうにも不慣れな言葉のせいで耐性が無いだけなのか、今は定かでは無い。
するとチップが手の平で口元を抑えながら、よそよそと近寄ってきた。
「なぜですか、お兄さま?にひひ。」
明らかに嫌味をブレンドしている。
どこか企んだような眼差しで気持ち悪い笑いを堪えながら、メリィの真似をしていたのだ。
妙に声色もいつもより高めに話しており、それが絶妙に鼻がつきイライラを促進させる。
「うるせぇ、お前は黙っていろ・・・ッ!」
と、思って言葉に出した時には幼女の脳天にゲンコツを喰らわせていた。
流石のチップも耐性が付いてきたのか、悶絶する事はなく数回頭を摩る程度だった。
さて、そんなわけで今回の編成は決まったのだ。まずは、手がかりを掴む為に板さんの所へ行こう。
そういえば、あそこには住み込みでコツメも一緒に居るんだっけか。彼に会うのも数週間ぶりだな。
手がかかりを探すついでに挨拶するのも悪くないし、様子を見るには丁度良いタイミングなのかも知れない。
なんて事の無い非番が結局のところ仕事をする羽目にはなったが、ほんの少しだけ楽しいと感じている自分も居る。
何を馬鹿なと思うかも知れないだろう。だから僕は、皆には見せずそっと蓋を閉じたのだ。
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