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河童編
9.運転はおまかせを
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河童の少年“コツメ”と同行する事になった僕とチップは、事務所へと向かう事になった。
僕の家の最寄り駅まででおよそ一時間。事務所はその更に奥の駅である為、プラス三十分。
その駅から事務所まで、徒歩で更に十五分。どんなに急いでも二時間は掛かる。
流石にここから事務所で交通機関を使わず徒歩だと、日が暮れてしまう。
と、思ったのだが依頼主が妖怪である事、そして依頼の届け物があると云うのにも関わらず
交通機関の使用は、二つ返事で社長に却下された。
「クレープキッチンカーがそこにあるだろう?それで移動したまえ。」とのことだ。
確かに免許はあるが、運転なんて十八歳の時に本免試験を受けて以来だ。
俗に言うところのペーパードライバーである。不安がブレンドされた冷や汗が滴る。
鏡を覗けば、さぞ自分の青ざめた顔が映るだろう。そもそも車移動もダメなのでは?
確か、移動は徒歩のみでと、制約上あった気がするのだが。
徒歩も嫌だが、車の運転はもっと嫌なので一応聞いてみたところ・・・。
「その車なら、安全設計上問題無いから大丈夫だ。」
この車は、社長の特注仕様に改良されているらしい。
本来、車での移動は依頼中禁止されているはずなのだが、どうやら例外のようだ。
社長曰く、霊的なものを遮断しているようで外部からのアクセスを防いでいるとの事だ。
先程の便箋小町七つ道具と云い、どこまでご都合主義なのか。
長時間の運転も疲れを感じさせない腰から背もたれまでゆったりと座れるシート。
方向音痴にも安心のナビ、同じくストレスを与えない丁度いいグリップのハンドル。
後は、よく分からないボタンがいくつか。確かに、これなら運転が不安な僕でも安心して・・・
「・・・って、なるかぁぁぁぁあああああ!馬鹿か、おい!」
運転席に座り込んでいた僕は、苛立ちを原動力に勢い良くハンドルへと頭突きをした。
ビ、ビィィィーーっと、僕の心情を共鳴するように車のクラクションが駅広場に鳴り響く。
駅広場を通り行く人達も、何事かとこちらへと振り向いている。
僕の奇行に驚いたのか、助手席に座り込むチップはあんぐりと口を開けていた。
ちなみにコツメは、チップがあまりにも生臭いとうるさいので申し訳ない気持ちはあったが、
後部のキッチン側に大人しく座ってもらっている。
「イ、イサム・・・。運転、大丈夫なのか?」
ビクつきながら僕へと質問するチップ。律儀にしっかりシートベルトを装着するだけでなく、
恐怖心を緩和させる為か、そのシートベルトにしがみ付き小さく小刻みに震えていた。
「だ、大丈夫だ・・・、問題ない。」
硬直した笑顔で誤魔化してみたものの、チップの顔は宛ら紐なしバンジーに挑戦する程で、
悪魔なのに自分の胸に手を当て、十字を切っていた。
僕は前髪を弄り、緊張を誤魔化す。震わせた右手を押さえ込むように車のキーを差し込む。
ドゥルルルンー。
「お、点いたぞ!」
ただ、エンジンが点いただけなのだが僕は一つの安堵を溢した。僕の心境とは反転して、
チップは両手で顔を塞ぎ、「もう見てらんない!」とでも言うのか。
共に搭乗しているのが恥かのようになるべく僕から距離を取り、
遂には両脚を上げ小さく塞ぎ込む。ただでさえ白い肌だからこそ、赤らんだ頬は目立っていた。
「わかった、わかったから早く進んでくれ!」
顔を塞いだままチップは、恥じらいだ表情で叫んでいた。
通常、車での移動であれば然程、電車での移動時間と変わりはしない。
それは一般的に、車での移動が慣れている場合だ。
だが、ペーパードライバーの運転となれば話は別である。十五分でも地獄の時間だ。
震える両手はハンドルを掴み、ミラー越しの自分の顔は青空のように染まっていた。
「よし、まずは事務所に向かおう。コツメ君の為にもね。」
不安が入り混じった声でアクセルペダルを踏み、事務所の帰路へと向かう。
しばらく車を走らせ、事務所まで半分を過ぎた頃。
後部のキッチン側を覗ける窓からコツメの顔がチラついている。
時折、こちらの様子を見るように顔を覗かせていた。
車での移動自体が珍しいのか、そのハニーイエローの瞳は輝いていたように見える。
と云うのも僕自身、余裕が無いのだ。自動車学校でもこんなに長く運転してないからだ。
バックミラー越しの視界に映る程度の為、はっきりとは見ていない。
コツメ曰く、人里遠く離れた場所に河童達の里があると云う。
人里までの間は、獣道で道という道は無いらしく人が訪れる事はまず無い場所のようだ。
車なども見た事はあっても乗るのは初めてなのか、その輝きの目は納得である。
小休憩を挟むため、道中にあったコンビニの駐車場に停まった。
ペーパードライバーにとって休憩は大事である。じゃなきゃ体力が持たない。
本当は、反対車線上にいくつかコンビニがあったのだがなるべく右折を避けたかった。
休みたいが逆サイドの為、惜しみながらも通り過ぎていったコンビニ達。
ようやく見つけた左車線のコンビニという一種のオアシスに一息を入れることができたのだ。
体を伸ばし、固まった筋肉に軽いストレッチをする。
コツメは、また少年の姿になりアスファルトと共に日差しを浴びていた。
それはどこか上の空で、ここにはないどこか遠くを見つめる様だった。
「コツメくん。河童にとって尻子玉って何なんだい?」
僕に声を掛けられたコツメは、ポケットに忍ばせていた尻子玉を取り出し見つめ出す。
心ここに在らずと云うよりは、どこか思い詰めた表情で口を開く。
「おいらにもよくわからない。『一人前の河童になる為の証だ』って父ちゃんは言ってた。」
「そうか・・・。返そうと思ったのは、どうして?」
そう聞くとコツメは、一呼吸の溜息を吐く。それは、自分の気持ちを落ち着かせる様。
「おいら、見たんだ。」
「尻子玉を取られた子の親達が泣いてる姿を。
腑抜けになってしまった自分の子供を抱き抱えて、泣いてる姿を。」
あぁ、自分はなんて酷い事をしてしまったのか。そう感傷してしまったのだろうか。
河童の一族としては、一人前として認められる。だがどうか。
蓋を開けてみれば、尻子玉を抜けばその子は腑抜けと化し、元には戻らない。
父に愛でられはしゃぐ姿も、母に愛でられ笑う姿も泣く事も無く、
ただ時を置き去りにし安閑とした我が子がそこにいる。抱きしめても揺さぶっても反応はない。
泣き崩れ絶望に垂れる両親が瞳に映り込む。
あぁ、自分はなんて酷い事をしてしまったのか。ハニーイエローの瞳は潤んでいた。
多くは語らずともコツメの心象心理がわかるような気がしていた。
「それで、返したくなってしまったんだね。」
自分の感傷を優しく摩られたコツメは、生唾を飲みコクリと頷く。
「だから、おいら。夜に水神様の祠に行って、こっそり祀っていたこの尻子玉を盗ったんだ。」
淡く輝く尻子玉を摘み、再び見つめ出す。
その行為はきっと、河童としては決して許される事ではないのだろう。
水神様とは何なのか良くはわからないが、河童達が信仰する神の一種なのだろうか。
もしそうならば、村で良く聞く“掟”や“仕来り”の類だと推測しよう。
この河童の少年がした行為は、重罪では免れないのだろう。
「君は優しいんだね。」
「こんなので一人前になるなら、おいらは半人前のままでいいんだ。」
摘み上げていた尻子玉をぎゅっと握り締め、ズボンのポケットへと仕舞い込む。
啜り泣くのを堪えた浅く枯れた声が尾を引く。
「でもよぉ、それやっちまったら、お前。もう帰れねぇだろ?」
ひょこっとキッチンカーの陰から現れたのは、チップ。
バニラアイス棒を頬張りながら、少し呆れた表情で僕たちの顔を伺う。
本日も炎天下である。暑いのもわかる。アイスを食べたいのもわかる。
だが、幼い口に美味しく頬張るそのアイスも社長から貰った数少ない軍資金だ。
クソ。シリアスな話が台無しだ。
「良いんだ。これが返せれば、どうだっていい。」
その言葉に迷いはなかった。
傷心仕切っていたからかも知れないが、チップに振り向く事なく言葉を返した。
チップは、半分以上あったアイスを丸ごと頬張り口の中へ放り込む。
残った裸のアイス棒をコツメへと向ける。
「返すたって、そいつがどこにいるのかわかるのかよ?」
チップに言われ、考え込む。ここは仕方ないのだろう。
恐らくさっきの話から慌てて里から飛び出したのだ。
届け先であるその子がいる場所なんてわからなかったから、僕たちを訪ねてきたのだろう。
「・・・わからない。その子の居た場所に行ったけど居なかった。」
うーん、と考え込むチップ。少ない脳みそで考えている。
「じゃあ、そいつの名前は?」
「・・・わかんない。」
「あー・・・、ね、年齢は?」
「んー、人間の年齢は分からないよ・・・。」
「だァぁぁぁぁぁあああ!八方ふさがりじゃねぇか‼︎」
わしゃわしゃと自分の髪を掻き、遂には叫び出す始末。
脳みそが少ないからオーバーヒートも早いのか?諦めるのが早すぎるだろ。
その発狂したチップを見て、現実を突きつけられ悩み出すコツメ。
さて、どうしたものか。このまま事務所に戻ったところで解決策は見つかるのだろうか。
真っ直ぐ事務所へ向かうべきか、何か手掛かりを探るべきか。
まぁ、ここで迷っても仕方がない。ここは一つ、上司の判断に仰いでもらうか。
そう考え、携帯電話を取り出し社長へと掛ける。
・・・。
社長との通話までは最初のコール音も終わる事なく繋がった。
事情を説明し、判断を仰いでもらうよう話した。
「あぁ、安心したまえ垂くん。それなら丁度良いうってつけの場所がある。」
「うってつけ、ですか?」
電話越しでもわかる自信に満ち溢れた声色だった。既にそんな事は想定内だと言わんばかり。
やはりこの人に聞いて間違いはなかったのだろう。と安堵したところだが。
「事務所近くにあるタバコ屋に向かうといい。そこで合流しよう。」
何を言うかと思えば、全く想定もしなかった回答だった。
タバコ屋なんて、行ったこともない。というか僕まだ十九なんですけど。
「た、タバコ屋ですか?僕まだ十九ですからタバコ買えませんよ?」
「ふむ、最近の子は真面目なんだな。安心したまえ、用があるのはタバコではない。
その店主の“板さん”に用があるんだよ。」
タバコ屋の店主って確か、いつも暇そうにしてるあのお婆さんのことなのか。
あんな婆さんと会わせて一体何をしようと云うのだろう。
「まぁ、来ればわかるさ。君にもそろそろ紹介しようと思っていたところでね。
手間が省けて丁度良い。」
ツー、ツー・・・。
一方的に電話を切られてしまった。まぁ上司が電話を切るまで終話するなと言われているが
これはあまりにも一方的過ぎないだろうか。あまり理解はできなかった。
とりあえずの目的地は定まった。行き先は、事務所近くのタバコ屋。
終話した携帯電話を仕舞い、チップの咥えていたアイス棒を取り上げる。
放っておくと躾がなっていないこの悪魔は、平気でゴミをポイ捨てするからだ。
取り上げたアイス棒を見て、少し笑みが溢れた。
どうやら進む方向は間違っていないと予見したからだ。
「チップ、このアイス棒を店員さんに見せてこい。アイス貰えるぞ。」
その「あたり」と書かれたアイス棒を掴み取り、はしゃぐように目を見開いたかと思えば
宝島を目指すかのようにチップは、コンビニへと走り込む。
タバコ屋へ向かうために、僕はエンジンキーを回す。
僕の家の最寄り駅まででおよそ一時間。事務所はその更に奥の駅である為、プラス三十分。
その駅から事務所まで、徒歩で更に十五分。どんなに急いでも二時間は掛かる。
流石にここから事務所で交通機関を使わず徒歩だと、日が暮れてしまう。
と、思ったのだが依頼主が妖怪である事、そして依頼の届け物があると云うのにも関わらず
交通機関の使用は、二つ返事で社長に却下された。
「クレープキッチンカーがそこにあるだろう?それで移動したまえ。」とのことだ。
確かに免許はあるが、運転なんて十八歳の時に本免試験を受けて以来だ。
俗に言うところのペーパードライバーである。不安がブレンドされた冷や汗が滴る。
鏡を覗けば、さぞ自分の青ざめた顔が映るだろう。そもそも車移動もダメなのでは?
確か、移動は徒歩のみでと、制約上あった気がするのだが。
徒歩も嫌だが、車の運転はもっと嫌なので一応聞いてみたところ・・・。
「その車なら、安全設計上問題無いから大丈夫だ。」
この車は、社長の特注仕様に改良されているらしい。
本来、車での移動は依頼中禁止されているはずなのだが、どうやら例外のようだ。
社長曰く、霊的なものを遮断しているようで外部からのアクセスを防いでいるとの事だ。
先程の便箋小町七つ道具と云い、どこまでご都合主義なのか。
長時間の運転も疲れを感じさせない腰から背もたれまでゆったりと座れるシート。
方向音痴にも安心のナビ、同じくストレスを与えない丁度いいグリップのハンドル。
後は、よく分からないボタンがいくつか。確かに、これなら運転が不安な僕でも安心して・・・
「・・・って、なるかぁぁぁぁあああああ!馬鹿か、おい!」
運転席に座り込んでいた僕は、苛立ちを原動力に勢い良くハンドルへと頭突きをした。
ビ、ビィィィーーっと、僕の心情を共鳴するように車のクラクションが駅広場に鳴り響く。
駅広場を通り行く人達も、何事かとこちらへと振り向いている。
僕の奇行に驚いたのか、助手席に座り込むチップはあんぐりと口を開けていた。
ちなみにコツメは、チップがあまりにも生臭いとうるさいので申し訳ない気持ちはあったが、
後部のキッチン側に大人しく座ってもらっている。
「イ、イサム・・・。運転、大丈夫なのか?」
ビクつきながら僕へと質問するチップ。律儀にしっかりシートベルトを装着するだけでなく、
恐怖心を緩和させる為か、そのシートベルトにしがみ付き小さく小刻みに震えていた。
「だ、大丈夫だ・・・、問題ない。」
硬直した笑顔で誤魔化してみたものの、チップの顔は宛ら紐なしバンジーに挑戦する程で、
悪魔なのに自分の胸に手を当て、十字を切っていた。
僕は前髪を弄り、緊張を誤魔化す。震わせた右手を押さえ込むように車のキーを差し込む。
ドゥルルルンー。
「お、点いたぞ!」
ただ、エンジンが点いただけなのだが僕は一つの安堵を溢した。僕の心境とは反転して、
チップは両手で顔を塞ぎ、「もう見てらんない!」とでも言うのか。
共に搭乗しているのが恥かのようになるべく僕から距離を取り、
遂には両脚を上げ小さく塞ぎ込む。ただでさえ白い肌だからこそ、赤らんだ頬は目立っていた。
「わかった、わかったから早く進んでくれ!」
顔を塞いだままチップは、恥じらいだ表情で叫んでいた。
通常、車での移動であれば然程、電車での移動時間と変わりはしない。
それは一般的に、車での移動が慣れている場合だ。
だが、ペーパードライバーの運転となれば話は別である。十五分でも地獄の時間だ。
震える両手はハンドルを掴み、ミラー越しの自分の顔は青空のように染まっていた。
「よし、まずは事務所に向かおう。コツメ君の為にもね。」
不安が入り混じった声でアクセルペダルを踏み、事務所の帰路へと向かう。
しばらく車を走らせ、事務所まで半分を過ぎた頃。
後部のキッチン側を覗ける窓からコツメの顔がチラついている。
時折、こちらの様子を見るように顔を覗かせていた。
車での移動自体が珍しいのか、そのハニーイエローの瞳は輝いていたように見える。
と云うのも僕自身、余裕が無いのだ。自動車学校でもこんなに長く運転してないからだ。
バックミラー越しの視界に映る程度の為、はっきりとは見ていない。
コツメ曰く、人里遠く離れた場所に河童達の里があると云う。
人里までの間は、獣道で道という道は無いらしく人が訪れる事はまず無い場所のようだ。
車なども見た事はあっても乗るのは初めてなのか、その輝きの目は納得である。
小休憩を挟むため、道中にあったコンビニの駐車場に停まった。
ペーパードライバーにとって休憩は大事である。じゃなきゃ体力が持たない。
本当は、反対車線上にいくつかコンビニがあったのだがなるべく右折を避けたかった。
休みたいが逆サイドの為、惜しみながらも通り過ぎていったコンビニ達。
ようやく見つけた左車線のコンビニという一種のオアシスに一息を入れることができたのだ。
体を伸ばし、固まった筋肉に軽いストレッチをする。
コツメは、また少年の姿になりアスファルトと共に日差しを浴びていた。
それはどこか上の空で、ここにはないどこか遠くを見つめる様だった。
「コツメくん。河童にとって尻子玉って何なんだい?」
僕に声を掛けられたコツメは、ポケットに忍ばせていた尻子玉を取り出し見つめ出す。
心ここに在らずと云うよりは、どこか思い詰めた表情で口を開く。
「おいらにもよくわからない。『一人前の河童になる為の証だ』って父ちゃんは言ってた。」
「そうか・・・。返そうと思ったのは、どうして?」
そう聞くとコツメは、一呼吸の溜息を吐く。それは、自分の気持ちを落ち着かせる様。
「おいら、見たんだ。」
「尻子玉を取られた子の親達が泣いてる姿を。
腑抜けになってしまった自分の子供を抱き抱えて、泣いてる姿を。」
あぁ、自分はなんて酷い事をしてしまったのか。そう感傷してしまったのだろうか。
河童の一族としては、一人前として認められる。だがどうか。
蓋を開けてみれば、尻子玉を抜けばその子は腑抜けと化し、元には戻らない。
父に愛でられはしゃぐ姿も、母に愛でられ笑う姿も泣く事も無く、
ただ時を置き去りにし安閑とした我が子がそこにいる。抱きしめても揺さぶっても反応はない。
泣き崩れ絶望に垂れる両親が瞳に映り込む。
あぁ、自分はなんて酷い事をしてしまったのか。ハニーイエローの瞳は潤んでいた。
多くは語らずともコツメの心象心理がわかるような気がしていた。
「それで、返したくなってしまったんだね。」
自分の感傷を優しく摩られたコツメは、生唾を飲みコクリと頷く。
「だから、おいら。夜に水神様の祠に行って、こっそり祀っていたこの尻子玉を盗ったんだ。」
淡く輝く尻子玉を摘み、再び見つめ出す。
その行為はきっと、河童としては決して許される事ではないのだろう。
水神様とは何なのか良くはわからないが、河童達が信仰する神の一種なのだろうか。
もしそうならば、村で良く聞く“掟”や“仕来り”の類だと推測しよう。
この河童の少年がした行為は、重罪では免れないのだろう。
「君は優しいんだね。」
「こんなので一人前になるなら、おいらは半人前のままでいいんだ。」
摘み上げていた尻子玉をぎゅっと握り締め、ズボンのポケットへと仕舞い込む。
啜り泣くのを堪えた浅く枯れた声が尾を引く。
「でもよぉ、それやっちまったら、お前。もう帰れねぇだろ?」
ひょこっとキッチンカーの陰から現れたのは、チップ。
バニラアイス棒を頬張りながら、少し呆れた表情で僕たちの顔を伺う。
本日も炎天下である。暑いのもわかる。アイスを食べたいのもわかる。
だが、幼い口に美味しく頬張るそのアイスも社長から貰った数少ない軍資金だ。
クソ。シリアスな話が台無しだ。
「良いんだ。これが返せれば、どうだっていい。」
その言葉に迷いはなかった。
傷心仕切っていたからかも知れないが、チップに振り向く事なく言葉を返した。
チップは、半分以上あったアイスを丸ごと頬張り口の中へ放り込む。
残った裸のアイス棒をコツメへと向ける。
「返すたって、そいつがどこにいるのかわかるのかよ?」
チップに言われ、考え込む。ここは仕方ないのだろう。
恐らくさっきの話から慌てて里から飛び出したのだ。
届け先であるその子がいる場所なんてわからなかったから、僕たちを訪ねてきたのだろう。
「・・・わからない。その子の居た場所に行ったけど居なかった。」
うーん、と考え込むチップ。少ない脳みそで考えている。
「じゃあ、そいつの名前は?」
「・・・わかんない。」
「あー・・・、ね、年齢は?」
「んー、人間の年齢は分からないよ・・・。」
「だァぁぁぁぁぁあああ!八方ふさがりじゃねぇか‼︎」
わしゃわしゃと自分の髪を掻き、遂には叫び出す始末。
脳みそが少ないからオーバーヒートも早いのか?諦めるのが早すぎるだろ。
その発狂したチップを見て、現実を突きつけられ悩み出すコツメ。
さて、どうしたものか。このまま事務所に戻ったところで解決策は見つかるのだろうか。
真っ直ぐ事務所へ向かうべきか、何か手掛かりを探るべきか。
まぁ、ここで迷っても仕方がない。ここは一つ、上司の判断に仰いでもらうか。
そう考え、携帯電話を取り出し社長へと掛ける。
・・・。
社長との通話までは最初のコール音も終わる事なく繋がった。
事情を説明し、判断を仰いでもらうよう話した。
「あぁ、安心したまえ垂くん。それなら丁度良いうってつけの場所がある。」
「うってつけ、ですか?」
電話越しでもわかる自信に満ち溢れた声色だった。既にそんな事は想定内だと言わんばかり。
やはりこの人に聞いて間違いはなかったのだろう。と安堵したところだが。
「事務所近くにあるタバコ屋に向かうといい。そこで合流しよう。」
何を言うかと思えば、全く想定もしなかった回答だった。
タバコ屋なんて、行ったこともない。というか僕まだ十九なんですけど。
「た、タバコ屋ですか?僕まだ十九ですからタバコ買えませんよ?」
「ふむ、最近の子は真面目なんだな。安心したまえ、用があるのはタバコではない。
その店主の“板さん”に用があるんだよ。」
タバコ屋の店主って確か、いつも暇そうにしてるあのお婆さんのことなのか。
あんな婆さんと会わせて一体何をしようと云うのだろう。
「まぁ、来ればわかるさ。君にもそろそろ紹介しようと思っていたところでね。
手間が省けて丁度良い。」
ツー、ツー・・・。
一方的に電話を切られてしまった。まぁ上司が電話を切るまで終話するなと言われているが
これはあまりにも一方的過ぎないだろうか。あまり理解はできなかった。
とりあえずの目的地は定まった。行き先は、事務所近くのタバコ屋。
終話した携帯電話を仕舞い、チップの咥えていたアイス棒を取り上げる。
放っておくと躾がなっていないこの悪魔は、平気でゴミをポイ捨てするからだ。
取り上げたアイス棒を見て、少し笑みが溢れた。
どうやら進む方向は間違っていないと予見したからだ。
「チップ、このアイス棒を店員さんに見せてこい。アイス貰えるぞ。」
その「あたり」と書かれたアイス棒を掴み取り、はしゃぐように目を見開いたかと思えば
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