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——雨笠 青磁 ドラマ降板
ネットの芸能ニュースに、コーヒーでむせた。
「うわっ、なんすか雨笠さん」
杉田がオーバーに身体をのけぞらせて避ける。
「ぐふっ…す、すまん」
スマフォの画面を覗いた杉田が、
「ああ、それっすか。なんか、体調不良みたいっすね」
「そうなのか?」
聞いてない。
「詳しくは知らないっすけど…。明美のやつが吠えてました。日々の潤いがっ‼、て」
人差し指に光る結婚指輪。
杉田の嫁か…。二年くらい前は、よく惚気話に付き合わされたな。
「そう言えば、ずぅっと聞きたかったんですけど…」
えらく真剣な顔で杉田が顔を近づける。近いな。
「雨笠さんって、やっぱり雨笠青磁と関係あります?」
直球。
「…なんで?」
「いや~。経理の子が見たっていうんですよ。わが社の中身は雨笠青磁な雨笠次長が、本家似の美青年と親しそうに歩いてた…って」
いつだ?デマか?
応えに迷う。
杉田の視線が痛い。
「あ~…」
「雨笠く~ん。ちょっといいか~い」
あ、部長。ナイスです。
「今、行きまっす」
そのまま杉田を振り切り、その日は意地で会社を定時で上がる。
行きの電車の中で、青磁に、
——大丈夫か?これから、家に行っていいか?
と、ラインを送る。
返事はまだない。
駅前のドラッグストアで、栄養剤とスポーツドリンクを買い込む。
店を出たところで電話が鳴った。
「…青磁か?」
「―紺さん?」
「ニュース見てさ。体調悪いのか?」
「今、どこ?」
「もうすぐそこだ。なんか、買っといて欲しい物あるか?」
レジ袋の中を確かめる。
「…いい。帰って」
「うん?」
スマフォを取り直す。
「ごめん。せっかく来てくれたのに…。でも、お願い。帰って」
「——って言われたのにな…」
来ちゃったよ。
小奇麗な、芸能人御用達の高層マンションの外観を仰ぎ見る。
ドラッグストアの袋と見比べながら、足が迷う。どのみちオートロックだから、部屋まで行くには青磁に開けてもらう必要がある。
「来るなって言われたしな…」
エントランスの受付に、預けるだけ、預けるか?
「あ、不審者」
ドキーっとする。別にやましいところは、なくとも。
帽子にサングラス。ある程度、顔を隠していてもわかる、整った顔。
「海馬君。人を指さすのは止めなさいと、何度も言いましたよね?」
そばの、スーツに、眼鏡をかけた…。
「…天野さん?」
「お久しぶりです。雨笠さん」
青磁の元マネージャー。青磁が芸能界入りする時、ちょこっと顔を合わせた覚えがある。
「青磁君のお見舞いですか?」
「ええ、まあ…。来るなって言われましたけどね。心配が抜けなくて…」
顔を見て安心したい。その思いで、ここまで来た。
「ええ~、何々。二人だけで話、進めないでよ。天野さんこの人、誰?青磁の何?」
青磁…。
呼び捨てた青年に、胸がもやる。
「こちらは…、青磁君の養父で、雨笠さん。わたしも、彼を担当していた時、お世話になりました」
「お世話って…、私は特に何も…」
「いいえ。当時マネージャーとして未熟だった私を、気さくに励まして下さいました」
そんなことしたかな…。
若かりし頃の自分の行いに、照れも相まって、奥歯を噛む。
「ふ~ん。青磁、いるの?」
「ああ…、多分」
「じゃ、おっさんも来る?おれ達、下見ついでに、顔だけ見ようと思ってたけど…。今回は、譲ってやるよ」
偉そうな物言いに、天野さんが声を低めて「海馬君」と窘める。
海馬…、そうか、彼か。青磁の出ていたドラマの、相手役の…。
確か、同じ事務所の同期…だったか?
「行きましょうか」
天野さんが、音頭を取る。続いて、海馬。
俺もその後について、マンションのエントランスをくぐった。
オメガ専用フロア、三階の角地が青磁の部屋だ。
扉の前まで来たはいいが…。インターホンが押せない。
別に、手が塞がっている訳じゃない。
こんな所までノコノコやって来た自分に、今、呆れたからだ。
俺も、大概、子離れ出来てない。
女の子ならいざ知らず、三十半ばも超えたおっさんに、見舞われて嬉しいはずもない。
玄関ノブにドラッグストアの袋を引っかけて、ラインだけ送る。
――栄養剤と、それから、スポドリとか他にもいろいろ買ったから、玄関とこに引っかけとくぞ。早く体調良くなるように、な。
見返して、
「…帰るか」
明日は日曜だし、映画でも見るか…。
そんなことを考え、踵を返した。
後ろでドアが開く音—。
伸びてきた力強い腕に、そのまま中へ引きずり込まれた。
瓶が床に高い音を立ててすべり落ちる音を、青磁の身体越しに聞く。
「…青磁?」
全力疾走した後のマラソン走者のように顔を上気させ、息を吐き出す青磁。腕を床に縫い付けられた格好で、仰ぎ見る男は、本当にあの青磁なのか…。
拘束された腕に、グッと力が入る。
「…っ…せい」
顔が近づく。
瞳が迫る。
幼いころに見た、青くしなやかな光を湛えた青磁の瞳は、今、あの眼をしていた。
ひどく昔。
あいつと同じ…。
「なんで…、来たの?」
気を散らすように顔の角度を変える。
「ぁ…」
声が…。
「おれのこと…、心配して来た?」
「……」
首筋に、顔を埋める。
髪が頬にかかる。
「…噛みたい」
ざぁ…と、血の気が引いていくようだった。
フラッシュバックが起こる。
高二の夏。
同じように、こうして。
「よせ…」
強張った唇で、名前を呼ぶ。
「りゅう…」
ネットの芸能ニュースに、コーヒーでむせた。
「うわっ、なんすか雨笠さん」
杉田がオーバーに身体をのけぞらせて避ける。
「ぐふっ…す、すまん」
スマフォの画面を覗いた杉田が、
「ああ、それっすか。なんか、体調不良みたいっすね」
「そうなのか?」
聞いてない。
「詳しくは知らないっすけど…。明美のやつが吠えてました。日々の潤いがっ‼、て」
人差し指に光る結婚指輪。
杉田の嫁か…。二年くらい前は、よく惚気話に付き合わされたな。
「そう言えば、ずぅっと聞きたかったんですけど…」
えらく真剣な顔で杉田が顔を近づける。近いな。
「雨笠さんって、やっぱり雨笠青磁と関係あります?」
直球。
「…なんで?」
「いや~。経理の子が見たっていうんですよ。わが社の中身は雨笠青磁な雨笠次長が、本家似の美青年と親しそうに歩いてた…って」
いつだ?デマか?
応えに迷う。
杉田の視線が痛い。
「あ~…」
「雨笠く~ん。ちょっといいか~い」
あ、部長。ナイスです。
「今、行きまっす」
そのまま杉田を振り切り、その日は意地で会社を定時で上がる。
行きの電車の中で、青磁に、
——大丈夫か?これから、家に行っていいか?
と、ラインを送る。
返事はまだない。
駅前のドラッグストアで、栄養剤とスポーツドリンクを買い込む。
店を出たところで電話が鳴った。
「…青磁か?」
「―紺さん?」
「ニュース見てさ。体調悪いのか?」
「今、どこ?」
「もうすぐそこだ。なんか、買っといて欲しい物あるか?」
レジ袋の中を確かめる。
「…いい。帰って」
「うん?」
スマフォを取り直す。
「ごめん。せっかく来てくれたのに…。でも、お願い。帰って」
「——って言われたのにな…」
来ちゃったよ。
小奇麗な、芸能人御用達の高層マンションの外観を仰ぎ見る。
ドラッグストアの袋と見比べながら、足が迷う。どのみちオートロックだから、部屋まで行くには青磁に開けてもらう必要がある。
「来るなって言われたしな…」
エントランスの受付に、預けるだけ、預けるか?
「あ、不審者」
ドキーっとする。別にやましいところは、なくとも。
帽子にサングラス。ある程度、顔を隠していてもわかる、整った顔。
「海馬君。人を指さすのは止めなさいと、何度も言いましたよね?」
そばの、スーツに、眼鏡をかけた…。
「…天野さん?」
「お久しぶりです。雨笠さん」
青磁の元マネージャー。青磁が芸能界入りする時、ちょこっと顔を合わせた覚えがある。
「青磁君のお見舞いですか?」
「ええ、まあ…。来るなって言われましたけどね。心配が抜けなくて…」
顔を見て安心したい。その思いで、ここまで来た。
「ええ~、何々。二人だけで話、進めないでよ。天野さんこの人、誰?青磁の何?」
青磁…。
呼び捨てた青年に、胸がもやる。
「こちらは…、青磁君の養父で、雨笠さん。わたしも、彼を担当していた時、お世話になりました」
「お世話って…、私は特に何も…」
「いいえ。当時マネージャーとして未熟だった私を、気さくに励まして下さいました」
そんなことしたかな…。
若かりし頃の自分の行いに、照れも相まって、奥歯を噛む。
「ふ~ん。青磁、いるの?」
「ああ…、多分」
「じゃ、おっさんも来る?おれ達、下見ついでに、顔だけ見ようと思ってたけど…。今回は、譲ってやるよ」
偉そうな物言いに、天野さんが声を低めて「海馬君」と窘める。
海馬…、そうか、彼か。青磁の出ていたドラマの、相手役の…。
確か、同じ事務所の同期…だったか?
「行きましょうか」
天野さんが、音頭を取る。続いて、海馬。
俺もその後について、マンションのエントランスをくぐった。
オメガ専用フロア、三階の角地が青磁の部屋だ。
扉の前まで来たはいいが…。インターホンが押せない。
別に、手が塞がっている訳じゃない。
こんな所までノコノコやって来た自分に、今、呆れたからだ。
俺も、大概、子離れ出来てない。
女の子ならいざ知らず、三十半ばも超えたおっさんに、見舞われて嬉しいはずもない。
玄関ノブにドラッグストアの袋を引っかけて、ラインだけ送る。
――栄養剤と、それから、スポドリとか他にもいろいろ買ったから、玄関とこに引っかけとくぞ。早く体調良くなるように、な。
見返して、
「…帰るか」
明日は日曜だし、映画でも見るか…。
そんなことを考え、踵を返した。
後ろでドアが開く音—。
伸びてきた力強い腕に、そのまま中へ引きずり込まれた。
瓶が床に高い音を立ててすべり落ちる音を、青磁の身体越しに聞く。
「…青磁?」
全力疾走した後のマラソン走者のように顔を上気させ、息を吐き出す青磁。腕を床に縫い付けられた格好で、仰ぎ見る男は、本当にあの青磁なのか…。
拘束された腕に、グッと力が入る。
「…っ…せい」
顔が近づく。
瞳が迫る。
幼いころに見た、青くしなやかな光を湛えた青磁の瞳は、今、あの眼をしていた。
ひどく昔。
あいつと同じ…。
「なんで…、来たの?」
気を散らすように顔の角度を変える。
「ぁ…」
声が…。
「おれのこと…、心配して来た?」
「……」
首筋に、顔を埋める。
髪が頬にかかる。
「…噛みたい」
ざぁ…と、血の気が引いていくようだった。
フラッシュバックが起こる。
高二の夏。
同じように、こうして。
「よせ…」
強張った唇で、名前を呼ぶ。
「りゅう…」
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