フローブルー

とぎクロム

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 ——今度、ドラマに出る。
 ——ほんとか?おめでとう。どんなのか聞いていいか?
 ——オメガ物で、おれが、アルファ役。
 「…マジか?」
 思わず声になる。
 いや、というかそれって、ひょっとしてR指定が入るドラマか?
 ついこの前、成人したとはいえ、それっていいのか?
 「いやいや。あいつも、もう大人だ。俺が口出すことでもない…よな」
 しかし、気になる。
 あれこれ、もんもんとしていると。
 ——オメガのおれが、アルファ役って、やっぱり変かな?
 「……」
 ——そんなことないぞ。身体、気を付けてな。ドラマ、楽しみにしてるよ。
 「……我ながら、月並みだな」
 手の中で、スマフォが鳴る。
 ——頑張る。
 「…はぁ」
 何に対してのため息なのか、いまいち分からない。
 飲み切った缶ビールを、片手で潰す。
 夏の盛り。
 夜の窓ガラス越しに、蝉の鳴き交わす声が届く。
 「世の中の、息子を持つ父親は、こういう時、どう対応してんのかな…」
 俺は、あいつの本当の父親じゃないけど、なんというか、ちょっと。
 「寂しいな…」
 ポロッと本音がこぼれた。
 ハッと口を塞ぐ。
 「……いい年してな~」
 家族なんか、望んだことはなかった。
 いや、違う。
 望めないんだと、あの夏の日に、自分の身体が証明した。
 そこからは、どうやっても逃れられない。
 腹をさする。
 そこに、使われることのない、オメガとしての機能がむなしくある。
 「……頑張れよ。青磁」
 生乾きの髪が、エアコンの風に、わずかにそよいだ。
   
  ********

 「雨笠君って、恋人いないってホント?」
 相手役の海馬かいばさんが、遠慮もなくグイグイくる。
 この人は、初日からずっとこんな調子だ。
 芸歴はほとんど一緒でも、確か、年は向こうの方がいくつか上だから、基本、敬語で返す。
 「いません。海馬さんこそ、そのあたりは、どうなんですか?モテるでしょう?」
 「いや~、俺ね~、遊びは良いけど、束縛がダメなのよ~」
 休憩時間。一息ついた割と和やかな現場で、海馬さんはリラックスしたように折りたたみ椅子の背にもたれる。
 「特に俺らみたいな性種って、そういうとこ、気を付けなきゃじゃん?噛まれたら、一生ものだしさ」
 首の後ろに貼った保護シールに触れながら、歯を見せて笑う。
 白い八重歯が、せりふにリアリティをプラスする。
 「……」
 おれは、自分の首の後ろにもある、それを指でなぞった。
 撮影中は、事故防止のためにオメガ性を持った出演者全員が、この市販のシールを付ける。一種のマナーであり、自己防衛でもある。
 「休憩終わりで~す」
 スタッフの声に「は~い。今行きま~す」と、スタジオ中に、持ち前のよく通る声で海馬さんが答える。
 「頼むぜ。利樹としき
 役名で呼ばれる。
 今日は、もうあと、ワンシーンだ。
 これが終わったら、紺さんにラインを送ろう。
 今度いつ会えるのか、聞きたい。
 「あっ」
 カメラ入りする時、海馬さんが、おれに耳打ちする。
 「お前、今、誰のこと考えた?」
 「?特に…」
 「うっそだ。逢いたい奴のこと、考えただろ?」
 八重歯を見せて、ニヤリとする。
 おれは、聞こえなかったフリ。
 芝居が始まる―。
  
 『…利樹としき。おれは、決めたぞ』
 ソファーに身を投げ出していた一矢かずやが、厚底ブーツのかかとを、勢いよく鳴らして起き上がる。
 『おれは、ここを出ていく』
 反対の端に足を組んで座り、優雅に紅茶を飲んでいた利樹は、我関せず、だ。
 どうせ、一時的なものだと高を括っていた。
 そして、それは大概たいがいの場合、当たっていた。
 移り気な相棒のことだ。
 腹がいたら、そのうち帰ってくるだろう。
 利樹は、そう疑わない。
 『…なんとか言えよ』
 今も、ねたように唇を尖らせる。
 『…なんて言って欲しいんだ?』
 愛している?どこにも行かないでくれ?
 そうやって、引き留めて欲しい。
 瞳がそう言っている。
 茶番だ。
 利樹は、取り合わない。
 次に、なんと言うのか…。予測できる。
 『——もういいっ』
 ほら。
 立ち上がって、部屋を出て行こうとする。
 荷物も持たずに。
 『——行くな』
 ピタリと、足を止める。
 まったくもって、茶番だ。
 オメガである以上、アルファである自分に、逆らうことなど、出来やしないのに。
 『…おれに、ここにいて欲しい?』
 『ああ』
 一矢は、満足そうに小鼻を膨らます。
 まったく。
 手間のかかる、つがい相手だ―。
 利樹は、紅茶を飲み干した。
 
 『…放せ』
 『いやだ』
 伸し掛かる一矢に腕を取られた格好になっても、利樹は眉ひとつ動かそうとしない。
 中古のソファーが、二人分の重みに軋みを上げる。
 『なんで、お前は…』
 一矢は、ふいに、泣きそうになった。
 グッと、目頭が熱くなる。
 意図的に、フェロモンを放つ。
 『…強姦レイプでもする気か』
 『お前が、そんなタマかよ』
 事ここに至っても、まったく表情を崩さない。鉄面皮てつめんぴだ。
 強引に唇を重ねる。ムカつくことに、目も閉じない。
 そのうち、ようやく気が変わったか、身体を押され、今度は一矢が押し倒される番だった。
 自分の唇を舌先で舐めとった利樹が、一矢の顎の輪郭を、人差し指でゆっくりとなぞる。
 『…っ』
 一矢は、それだけで感じた。
 ふ、と利樹が笑う。
  興が乗った時に見せる、あの、傲岸なアルファの顔だった。
 
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