フローブルー

とぎクロム

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 「雨笠さんって、ホントに恋人いないんですか?」
 「いないよ。なんで?」
 資料室から引っ張り出してきた外回り用のファイルを、杉田が机にぶちまける。
 それを拾い読みしながら、適当に流す。
 「だって、そんだけ中身はイケメンで、彼女も彼氏もいないって、おかしいでしょ。普通」
 中身は、は余計だ。
 今年から仕事を組み始めた入社二年目の杉田は、根は良いやつかもしれないが、何分、話したがりだ。
 まあ、営業向きではあるが。
 「そういうお前は…、例の彼女とはどうなったんだよ」
 杉田の顔が、デレッと垂れ下がる。
 「いや、も。聞いて下さいよ~」
 本題はそっちか。
 つまりは、彼女との話を聞いてほしかったわけだ。
 そのあと、延々、彼女の惚気話のろけばなしに移行しそうだったので、適当なところで話を戻す。
 「それで、今度の企画会議に出す提案書に使えそうな物は見つかったのか?」
 「あ~、たぶん大丈夫っす。あざっす」
 以外とあっさりしている。
 「昼どうします?」
 「すまん。今日は先約がある」
 「ええ~。今月、金欠だから雨笠さん頼みだったのに」
 「そいつは悪かったな。例の彼女に、手料理でも振る舞ってもらえるよう、頑張れ」
 会社を出て、待ち合わせの店に向かう。
 愛想のいい店員に個室へと案内され、久しぶりに顔を合わせた。
 「待ったか?」
 「今、来たから。ごめん。仕事なのに…」
 「それは、お互い様…だろ?」
 冬の外気のまとわりついたコートを脱ぐ。
 十六で芸能界入りした青磁と俺は、今は別々に暮らしていた。
 「卒業祝い、…考えたか?」
 「……まだ」
 今年で、高校卒業。
 時がたつのは、本当に早い。
 「早くしないと、締め切るぞ」
 冗談めかしてせっつく。
 青磁が、むぅとでも擬音が付きそうな顔で押し黙る。
 身体は年相応にデカくなっても、そういうところは相変わらずか。
 ふ、と口元が緩む。
 子供の望めない自分が、息子を持ったような気になる。
 「――紺さんは、おれにして欲しいことってないの?」
 「うん?お前に?」
 「うん。もうすぐ誕生日…でしょう?」
 「ん~。そうだなぁ、考えとく」
 「…早くしないと、締め切っちゃうよ?」
 ふと、青磁が柔らかくほほ笑む。
 やり返された。
 「……ったく。どこで覚えてくるんだ」
 わざとねたようにすると、クスクスと笑いを深めた。
 ガシャンッと、グラスか何かが割れる音が、壁越しに聞こえてくる。
 続いて、慌ただしい店員の声。
 個室から顔を出し、通りすがった店員に、
 「何かありましたか?」
 と、声をかける。
 店員が頭を下げ、
 「すみません。お客様の中に、つがいのパートナーでご来店された方がいらっしゃったのですが、ど  うも、相手の方が、ちょうど発情期ヒート中だったらしく…」
 お騒がせして申し訳ありません、と、もう一度、頭を下げて足早に立ち去る。
 「…発情期ヒートか。それは、災難だったな」
 店側にとっても、そのカップルにとっても。
 抑制剤や安定剤を飲んでいても、フェロモンを抑えきれずに、往来で立ち往生したオメガやアルファの不慮の事故は、未だにちらほら聞く。
 医療がだいぶ発達したとはいえ、未だによく解明されていない部分が多い、男女の性差から、さらに派生してホモサピエンスに備わった、オメガバースという、性。
 環境の変化による生殖機能の変化とも提唱されているが、何よりもまだ歴史が浅く、医療も法も、昨今、ようやく整備されてきた。
 空調を介してか、かすかに甘い香りが漂ってくる。
 これは、例のカップル、どちらかのモノだろうか?
 「紺さん、ひょっとして、におう?」
 「…ちょっとな。青磁、お前は?」
 首をフルフルと振る。
 そう言えば、青磁はいつ、初ヒートが来るだろう?
 目の前の若者を、ちらりと盗み見る。
 大体、第二次性徴に伴ってバースも固まっていく…とは、テレビのワイドショーの受け売りだが。
 今のところ、そういう気配がまったくない。
 一応、中学の一斉検診では、オメガと診断されたから、もうとっくに来ていてもおかしくないはず。
 自分の時は…、と考え、やめた。
 自分の時も、何も…。
 「…紺さん?」
 青磁が、いぶかしそうに首を傾げていた。
 「いや…、なんでもないよ」
 笑ってごまかす。
 そうしているうちに、料理がきた。
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