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プロローグ
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——もういらないから、あげる。
そういって、去った男の姿を、なんと言っていいのか、いまだに迷う。
はっきり言って迷惑だったし、自分の子どもを物か何かのように俺に押し付けていったそいつが、今いったいどんな生き方をしているのかは知らない。
腐れ縁としかいいようのない、高校時代は遠く。大学も過ぎ、社会人一年目の、春だった。
一人暮らしのアパートに、身の置き所なく座る。
さっきまで見ていたテレビを消し、向かい合って座るその子は、ひどく落ち着いていた。静かすぎるくらいだった。
「えっ…と…」
しまった。何を話せば。
「あ、名前。まだだよね?えっと」
「青磁です」
伏し目がちな薄い色の瞳と、日本人離れした白い肌に、小づくりな唇。
将来はきっとイケメンになる。中身だけは、父親に似てほしくないけど。
「ああ、青磁君か。僕は…」
「知ってます。雨笠さん…ですよね」
「あいつ…いや、お父さんから聞いた?」
「はい。今日からお前、あいつんとこ行け、と」
行けって、あの男。
「ええ~と、その。あいつ、気まぐれだから、そのうち、君のことちゃんと迎えに来ると思うし…。お母さんは?」
「いません。一年程前に、死ねこのクズ!と、言い残して出ていきました」
うっかり知る、家庭事情。
「そ…かぁ~…」
冷汗が出る。しかし、想像に難くない。
なぜなら、学生時代、そうやって彼女と別れた場面を、何度となく目撃しているからだ。
「雨笠さんって、きっといいひとなんですね」
「…どうして?」
正座した膝に、両の拳を置く、小学一年生くらいの外見をした、その子が口を開く。
「突然こんな、会ったこともない子供を押し付けられて、でも、その子を追い返そうともしない…人がいいんだなって」
「……確かに、君のことは知らなかったけど、君のお父さんとは、知り合いだよ?まあ、腐れ縁ってやつだけどね」
本当をいうと、もう何年も顔を合わせていなかったけど、そんなこと、今この子に言うことじゃない。
「おなかすいてない?—ちょうど昼だし。何か作ろう。青磁君、手伝ってくれる?」
初めて、視線が合う。
並々と濡れた、あいつに似た鋭い眼。でも、あいつよりもずっと柔らかい、まだ、何よりも幼く、青い眼差しだった。
そういって、去った男の姿を、なんと言っていいのか、いまだに迷う。
はっきり言って迷惑だったし、自分の子どもを物か何かのように俺に押し付けていったそいつが、今いったいどんな生き方をしているのかは知らない。
腐れ縁としかいいようのない、高校時代は遠く。大学も過ぎ、社会人一年目の、春だった。
一人暮らしのアパートに、身の置き所なく座る。
さっきまで見ていたテレビを消し、向かい合って座るその子は、ひどく落ち着いていた。静かすぎるくらいだった。
「えっ…と…」
しまった。何を話せば。
「あ、名前。まだだよね?えっと」
「青磁です」
伏し目がちな薄い色の瞳と、日本人離れした白い肌に、小づくりな唇。
将来はきっとイケメンになる。中身だけは、父親に似てほしくないけど。
「ああ、青磁君か。僕は…」
「知ってます。雨笠さん…ですよね」
「あいつ…いや、お父さんから聞いた?」
「はい。今日からお前、あいつんとこ行け、と」
行けって、あの男。
「ええ~と、その。あいつ、気まぐれだから、そのうち、君のことちゃんと迎えに来ると思うし…。お母さんは?」
「いません。一年程前に、死ねこのクズ!と、言い残して出ていきました」
うっかり知る、家庭事情。
「そ…かぁ~…」
冷汗が出る。しかし、想像に難くない。
なぜなら、学生時代、そうやって彼女と別れた場面を、何度となく目撃しているからだ。
「雨笠さんって、きっといいひとなんですね」
「…どうして?」
正座した膝に、両の拳を置く、小学一年生くらいの外見をした、その子が口を開く。
「突然こんな、会ったこともない子供を押し付けられて、でも、その子を追い返そうともしない…人がいいんだなって」
「……確かに、君のことは知らなかったけど、君のお父さんとは、知り合いだよ?まあ、腐れ縁ってやつだけどね」
本当をいうと、もう何年も顔を合わせていなかったけど、そんなこと、今この子に言うことじゃない。
「おなかすいてない?—ちょうど昼だし。何か作ろう。青磁君、手伝ってくれる?」
初めて、視線が合う。
並々と濡れた、あいつに似た鋭い眼。でも、あいつよりもずっと柔らかい、まだ、何よりも幼く、青い眼差しだった。
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