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第5話 『押し倒されてきゅんきゅんしちゃった♡』
しおりを挟むこんこん、と愛姫が春奈の部屋のドアを軽い音でノックする。部屋の中からの返事はない。
「春奈、入るわよ」
愛姫がそう宣言するも、相変わらず返事は返ってこない。
がちゃり、と音を立ててドアを開け、部屋の電気をつける。
綺麗に整理整頓された部屋。
本棚には沢山の本が並んでいる。
白を基調とした家具で統一されており、観葉植物もちらほらと見受けられる。
相変わらず女子の部屋みたいね、と愛姫は部屋を見てそう呟いた。
「何してんのよ」
「……」
そんな部屋の中、ベッドの上でうつ伏せに寝ている春奈に声をかけるが、反応はない。
愛姫は部屋の中へと進み、ベッドに腰掛ける。
「……」
「……」
お互いに黙り込み、少しの時間、静寂が二人の間に流れる。
「……」
「……なんだよ」
春奈がうつ伏せのまま口を開く。
「そっちこそなにしてんのよ」
「…………バカみたいだろ、俺」
「……」
「てめぇの勘違いで勝手に張り切って、てめぇの身勝手な理屈で愛姫を困らせやがって……。調子に乗ってた自分が、腹立たしくて……!」
決して大きいわけではないが、その声には力がこもっている。
「……そう」
「……笑えねぇ話だろ」
自嘲気味に春奈が言う。
「そうね、笑えないわ」
「はは、本人にそう言われちゃお終い―――」
「だって、誰にもあんたのことを笑う権利なんてないから」
はっきりとした、それでいて優しい口調で愛姫が言う。
「あんたは勝手に張り切ったわけじゃない、調子に乗っていいのよ。人のために一生懸命になったんだから、誇ってもいいくらいよ」
「……」
「そんな一生懸命なあんたの気持ちを踏みにじって……悪かったわね」
俯きながら、それまでよりも少し小さな声で呟くように謝罪の言葉を述べる愛姫。
「―――ッ違う!俺が勝手に先走っただけだ!」
そんな愛姫に対して、春奈が声を張り上げながら身体を起こす。
「違くないわよ。正直言って、わたしはあんたの気持ちを全く考えてなかった」
「……ッ」
愛姫の言葉を聞いて、春奈が少しだけ苦痛に顔を歪める。
「酷いとか最低とか、罵ってくれても構わないわよ」
「……言わねぇよ」
「そう……はっきりと言っておくけど、わたしにはあんたの気持ちなんか分からない。何であんなに怒ったのか」
「……だろうな」
「だけど、あんたがわたしの為にやろうとしてたことは分かる」
「……そうか」
愛姫が春奈を振り返って視線を合わせる。
「ねぇ」
「……なんだよ」
「あんたの料理、食べたいんだけど。外食でも、クッキーでもなくて。だからあんたに頼んだのよ?」
「……でも、クッキー食ってたろ」
「そうよ、食べたわ。でもそれはあんたの料理が食べたくないってことじゃない」
「……別に食べたいわけでもなかったんだろ」
春奈がすっと視線を下げながら言う。
「食べたいに決まってるじゃない。そうじゃなくて……あんたの気持ちが分からなかっただけよ」
「だからそれは……ッ!……お前が俺のことなんか……何とも思ってないからだろ……」
初めは力のある声だったが、だんだんと尻すぼみに春奈の声が小さくなる。
「…………ふざけないで」
春奈に聞こえるかどうか、恐らくは聞こえないくらいの声量で愛姫が呟く。
「あんただって……!わたしの気持ちなんか全然分かってないじゃない……!」
「……え?」
突然愛姫が立ち上がり、春奈の方を向く。
がばっ、とベッドの上で上半身を起こして座っていた春奈を押し倒し、腕を押さえつけ―――
「いい加減にシャキッとしなさいよ!それでもわたしのお―――幼馴染なの!?」
「―――え」
覆い被さるような形で、春奈を怒鳴りつける。
その表情には、怒りとも辛苦とも言える感情が内包されているように見える。
一方の春奈は、こんな時にも関わらず紅潮している。
「あんたがそんなんだから!……わたしは、わたしはずっと……ッ!」
「ちょっ、どうし―――」
「わたしが本当にあんたのことを何とも思ってないとか思ってるわけ!?」
愛姫が声を張り上げる。
「落ち着―――」
「目ぇ瞑んなさい!」
「は?」
「目を瞑りなさいって言ってんのよ!早く!」
「はい!」
春奈は眼前で大きな声を出す愛姫の表情と、その勢いに押され、思わず返事をして目を瞑った。
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