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1-5 【死霊の兵】スパルトイ
しおりを挟む扉の先はルークの予想通り洞窟ではなく、人工物である石壁が並ぶ『ダンジョン』だった。
魔法で閉じられた扉の先、職人が丹念に加工したであろう滑らかな石壁が寸分の狂いもなく、規則正しく並べられている光景は、美しさと不気味さが混在していた。
2人は決して広くはない通路を、音を殺しながら進む。息を潜めているのか、闇だけが広がるダンジョンに2人は警戒心を最大に強める。
お互いのやり取りも自然と小声になっていた。
「視界をもっと広く取りたい……光の範囲を広くできないか?」
「出来ます……」
その声を合図に、少女の持つ杖が周囲の壁をより強く照らしていく。
「お前って本当に攻撃魔法が使えないのか……?」
ルークはロングダガーを逆手で構え構え、背後にいる少女に問う。ドレッドトロールの角を持ったまま戦闘は困難なため、ダンジョンに入る際に捨てていた。
「はい……攻撃魔法は一切使えません……」
「あれだけの魔法が使えるなら、攻撃魔法も簡単だろ……」
「私の魔力ではちょっと……難しいんです……」
人には誰しも得手不得手があり、魔法に関してはなおさら顕著であった。自身にも身に覚えがあるルークは、それ以上彼女を問い詰めることはしなかった。
「分かった。ならもし戦闘になったら、さっきの魔法は全部俺にかけてくれ。いや……1つだけ知らない魔法があったな……俺の魔力が増えていたが、何の魔法をかけたんだ?」
「『マナ・エウカディレ』は魔力を増幅をさせる魔法です……と言っても私の魔力を分けているだけですが……」
少女の答えに、ルークは疑問の1つが解消された。『マナ・バースト』の閃光に蒼色が混じっていたのは、彼女の魔力を使用したからであった。
「ならその魔法は、俺が合図をするまではかけないでくれ。代わりに……このダガーを強化する魔法はあるか?」
「先程のように金属を硬化させる魔法ぐらいで、属性を付与するような魔法も使えません……」
「そうか……」
会話を終えた2人は闇を照らしながら、ダンジョン内を進んでいく。通路は1本道が続くばかりで、ルークが懸念していた脅威は一切なかった。
緊張感が緩みつつあったルークは、少女に質問をする。
「このダンジョン……誰が何のために作ったんだ? お前なら知っているんじゃねえのか?」
「このダンジョンはその昔、ドワーフとエルフが作ったと言われています。大体、2千年前だとか……」
「2千年って……」
大昔の話に、ルークは思わず聞き返してしまう。長い歴史の一片を感じるべく、彼は滑らかな石壁に触れた。
「2千年前っていうが……よく出来たダンジョンだな……壁や床も全然風化してねえ……。これがドワーフの技術か……」
世界に存在する荘厳な城や遺跡の大半は、ドワーフが作ったと言われており、彼らは今日も歴史に名を残す建造物を作り続けている。
壁に注目したルークは、ふと付近にある奇妙な物を見つける。
「これは……魔石か? 純度が高そうだな」
「エルフが住む地方で採れる魔石ですね」
「よく知ってるな。これ……配置的にこれは光源用だな」
ルークは壁に備え付けられていたトーチに光源魔法を使用すると、先端の魔石が金色に発光し周囲を照らし始める。
彫刻が彫られた石壁が煌びやかな光を受け取ると、どこか王族の霊廟にでも迷い込んだかのような、厳めしい雰囲気を感じさせるものがあった。
「金色の魔石じゃねえか……!」
魔石の持つ魔力量や性質は、質感と発光する色によってある程度判別することが可能である。青や金色に光る魔石は魔力量が豊富なため、高額で取引されることが多かった。
壁に等間隔で、実質的な『貨幣』が配置されていることに気付いたルークは、金属のトーチをダガーの柄頭で叩き、無理矢理に魔石を取り外していく。
「なにしてるんですか……駄目ですよ……!」
「何でだ? ダンジョンにあるものは誰の所有物でもねえ」
「駄目ですよ!……ここはそういう場所じゃないんです……!」
「『ここは』って……お前、やはりこのダンジョン……何かあるんだな……!」
希少な魔石に意識を取られたルークは、彼らに忍び寄る闇に気付くのが、わずかに遅れた。
「今の音はっ?」
先に気付いたのはルークだった。暗闇から何かを引きずるように聞こえる金属音。
正体を暴くべく、取り外した魔石を音の方へと投げつけた。
暗闇が金色に照らされ、映し出されたのは――
「スパルトイ……!」
「グゥェェ……!」
「鎧も着てます!」
ルークがスパルトイを視認した瞬間には、ロングソードによる剣撃が迫っており、ルークはロングダガーとバックラーを交差させるように攻撃を防いだ。
(くそっ……反応が遅れた……!)
「グィェェ……」
(……っ……こいつ……なんて力だ……!)
スパルトイの胸部はプレートメイルに覆われており、骨だけの体格とは思えない強烈な力で、ルークを押し切ろうとする。
下から受けきる体勢になってしまったルークは、圧倒的に不利な状況であり、一刻も早く押し返そうと、両手に力を込めるが――
「スカレート・ミカルト!」
少女の声を聞いた瞬間、身体に、巨人さえも凌ぐ活力が溢れる。血が沸騰しそうなほど熱く滾り、その力は両腕に収束する。
押さえつけられていた分を巻き返さんばかりに、スパルトイの剣を払い除ける。
「はぁぁっ!!!」
剣を押しのけ、後退したスパルトイの腹部にあたる部位に蹴りを繰り出すと、スパルトイは受け身も取らず、仰向けのまま地面へと倒れる。
戦いはまだ終わっていない。
好転した状況を逃さず、少女は魔法を唱える。
「魔力よ、その者の庇護の壁となり、脅威を絶せよ。ドラルグ・ザムルフ……!」
ルークの身体を青い閃光に包まれると、彼は暖かい抱擁を感じる。
「グェェ……」
スパルトイはプレートメイルの重さなど感じていない様子で、ヌルりと気味悪く立ち上がる。痛みを全く感じていない挙動は、アンデッドという死霊の厄介さを如実に表していた。
ルークは少女に向かい叫ぶ。
「武器にもくれ!」
「はい!……鋼の魂は一時の盤石を示す……ターム・アムレット!」
ルークのダガーとバックラーが光り輝くと、硬度が増す。
万全の状態になったルークだったが、彼はスパルトイの出方を伺っており、先に動いたのはスパルトイだった。
スパルトイは上段から剣を振るう。
ルークは斬撃を後方へ回避するが、スパルトイは器用に手首を返し、すぐさま水平に斬撃を繰り出した。
攻撃を避けるべく一歩下がり、剣が虚空を斬る。しかしスパルトイは隙を晒さずに、更に追撃をする。人間の体幹を無視した、前方へなだれ込むような突きに、彼は盾で対応した。
「はぁっ!!!」
左手を勢い良く振り払い剣を弾くと、そのまましゃがみ、むき出しの大腿骨にむかってロングダガーを斬りつける。身体を強化されたルークの一撃は、2本の大腿骨を綺麗に切断した。
脚が無くなったスパルトイは、ルークへ倒れ掛かってくるが、彼は右肩で受け止めると、立ち上がる勢いを利用し押しのけた。
再びスパルトイは地に横たわるが、ルークたちはそこで信じられない現象を目にする。
「そんな!」
「くっ……再生が早すぎる……!」
2人が驚いたのも当然である。スパルトイが倒れるのと同時に、切断した大腿骨から下の脚が一人でに動き始めたからだ。
脚は倒れているスパルトイに吸い寄せられているかのように動き出すと、骨同士の切断面が不可解にも融合し、斬られる以前の状態へと戻った。
無傷なスパルトイは立ち上がると、再び右手のロングソードを振り上げ、目の前の標的へ距離を詰める。
「切断するだけじゃ駄目か……!」
上から振り下ろされる剣を避けるべく、左足を蹴り出す。真横へと回避したルークはもう一度スパルトイの脚を狙う。
同じ要領で腕を横一直線に振り、大腿骨を切断する。
ルークは倒れ掛かるスパルトイを跳ねのけ、馬乗りになると、彼は振り向いた。
「おい!」
「はっ、はい!」
「その脚を持ってろ!」
「えっ……はい!」
少女は言われたとおりに切断された脚を掴むが、それは気味悪く動き出した。
「ひぃっ!い、いやっ!」
「どうしたっ!」
「骨が、動いてっ……」
「大丈夫だ。そのまま持ってろ……それより……!」
ルークは抑えつけていたスパルトイの右手首目掛け、ロングダガーを振り下ろした。うまく関節に刃が入り綺麗に手首が切り落とされる。彼は切り落とされてなお蠢く右手を、ロングソードと共に前方へ放り投げた。
ルークは武器の無くなったスパルトイのプレートメイルを脱がそうとするが、馬乗りのまま、起き上がろうともがくスパルトイを押さえつけながら、鎧を脱がすのは至難の業だった。
「この奥にあるはずなのに……くそっ……! 動くんじゃ……ねぇ!」
もがくスパルトイの頭部をバックラーで執拗に殴りつけ、頭蓋骨を粉砕する。しかし生物ではないスパルトイの動きは止まらない。
痺れを切らしたルークはスパルトイを踏みつけながら立ち上がり、胸部に狙いをつけ手をかざす。その手は赤い火花を纏っていた。
「めんどくせえ……フェイル・バーム!」
魔力の火球はスパルトイの胸部で炸裂し、プレートメイルの一部に穴を開ける。バックラーで顔を覆いながら放ったため、幸い破片がルークに当たることはなかった。
鎧に穴を開けるために出力を高めた魔法は、スパルトイの胸骨と肋骨を破壊し、その中心には黒い魔石が赤黒い光を放ちながら『鼓動』していた。
「これだ……!」
骨が再生する前に、ルークはロングダガーを力強く握りなおすと、鼓動する黒い魔石に刃を突き立てた。
魔石に硬化した刃が突き刺さると――
「グェェェッ……! イェアァァ……!」
生き物ではないのに、まるで心臓を裂かれたかのようにスパルトイがのたうち回る。
ルークが刃を回転させ魔石を割り裂くと、魔石から発せられていた赤黒い光が消え去り、スパルトイは完全に停止した。
戦いを終えたルークは、深く息を吸い立ち上がる。
「やりましたか!?」
「ああ……大丈夫だ……」
ルークはスパルトイの骨を握り立ち上がる。
「これが黒か……」
ルークが呟く頃には、少女が握り締めていたスパルトイの足は黒い粉になっていた。
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