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外伝
7.お前は理解していない
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「アスタルテが休んでいるか、どうやって探るべきか」
オレが魔力を流して領地を乱せば、彼女の眠りを妨げてしまう。眉を寄せて考えるオレに、リリアーナは何でもなさそうに答えた。
「クリスティーヌのネズミを使えばいい」
くるっと向きを変えて、ベッドの下に手を入れてネズミを呼び寄せる。城中に散らばるクリスティーヌの眷属を捕まえるリリアーナは、自分の姿に気づいていないだろう。捲れ上がった裾は太腿まで露わになり、際どい所で揺れている。これで自分は淑女になった気でいるのだから、困ったものだ。
「リリアーナ、見えているぞ」
裾を摘まんで隠してやれば、捕まえたネズミを右手に持った彼女は飛び起きた。だがすぐに「見せたのに」と意味不明なことを呟く。そこで機嫌を損ねた彼女が、クリスティーヌ経由でアスタルテの状態を調べるのに、1時間ほど甘やかす必要があった。
まあ、時間は捨てるほどあるのだ。たまにはこんな時間も悪くない。笑ったオレに飛びついて、リリアーナは頬に唇を押し当てる。これも最初の頃は跳ね除けたが、今では慣れてしまった。危機感が薄れたのは、それだけ戦いが遠ざかった証拠だろう。
探らせた様子では1時間ほど書類の処理をしていたが、すぐに横になっていた。仮眠のつもりか、長椅子にいるらしい。出来ればしっかり休ませたいが、ある程度は仕方あるまい。これ以上干渉すれば、こちらに気づかれてしまう。
「もういいぞ」
吸血種の眠りは深いため、短時間でも回復が早い。吸血鬼を敵に回すと厄介な理由は、情報収集能力や戦闘能力に加え、この回復力にあった。魔力が有り余っているオレでも、ここまでの回復力はない。その意味で、明日の朝を指定したのだ。長すぎれば彼女は反発して飛び込んでくるが、我慢できる許容範囲ぎりぎりの時間を設定した。
「サタン様、アスタルテと仲がいいね。すぐわかってる」
互いの不調や考えを目配せひとつで察しなければ、すぐに死へ直結する場面を繰り返してきた。その話をしても、リリアーナは不満そうに「ふーん」と答えるだけで納得しない。自分も同じように繋がりたいと考えるのは、子供らしい我が侭だ。
オレが魔王の地位を狙ったのは、殺伐とした世界を治めるため。戦いにより家族を失う子供をなくし、安全な日々を与えるためだった。なのに、そんな平和な場所で育った黒竜の娘は唇を尖らせる。腹は立たないが、贅沢なリリアーナの目元を手で覆った。
もう眠れ。余計なことを口にするな。言葉にしないオレの気持ちを察したように、リリアーナは目を閉じてオレの腕にしがみ付いた。自由にさせながら、金髪が縁取る褐色の頬を撫でる。お前は理解していない――お前が考える以上に、オレの中での比重が重くなっている事実を。
リリアーナを含めた大切な存在が住む世界に残された謎は、解いておきたい。それが危険であればなおさら、害を為さないとしても……証明しなければならなかった。
オレが魔力を流して領地を乱せば、彼女の眠りを妨げてしまう。眉を寄せて考えるオレに、リリアーナは何でもなさそうに答えた。
「クリスティーヌのネズミを使えばいい」
くるっと向きを変えて、ベッドの下に手を入れてネズミを呼び寄せる。城中に散らばるクリスティーヌの眷属を捕まえるリリアーナは、自分の姿に気づいていないだろう。捲れ上がった裾は太腿まで露わになり、際どい所で揺れている。これで自分は淑女になった気でいるのだから、困ったものだ。
「リリアーナ、見えているぞ」
裾を摘まんで隠してやれば、捕まえたネズミを右手に持った彼女は飛び起きた。だがすぐに「見せたのに」と意味不明なことを呟く。そこで機嫌を損ねた彼女が、クリスティーヌ経由でアスタルテの状態を調べるのに、1時間ほど甘やかす必要があった。
まあ、時間は捨てるほどあるのだ。たまにはこんな時間も悪くない。笑ったオレに飛びついて、リリアーナは頬に唇を押し当てる。これも最初の頃は跳ね除けたが、今では慣れてしまった。危機感が薄れたのは、それだけ戦いが遠ざかった証拠だろう。
探らせた様子では1時間ほど書類の処理をしていたが、すぐに横になっていた。仮眠のつもりか、長椅子にいるらしい。出来ればしっかり休ませたいが、ある程度は仕方あるまい。これ以上干渉すれば、こちらに気づかれてしまう。
「もういいぞ」
吸血種の眠りは深いため、短時間でも回復が早い。吸血鬼を敵に回すと厄介な理由は、情報収集能力や戦闘能力に加え、この回復力にあった。魔力が有り余っているオレでも、ここまでの回復力はない。その意味で、明日の朝を指定したのだ。長すぎれば彼女は反発して飛び込んでくるが、我慢できる許容範囲ぎりぎりの時間を設定した。
「サタン様、アスタルテと仲がいいね。すぐわかってる」
互いの不調や考えを目配せひとつで察しなければ、すぐに死へ直結する場面を繰り返してきた。その話をしても、リリアーナは不満そうに「ふーん」と答えるだけで納得しない。自分も同じように繋がりたいと考えるのは、子供らしい我が侭だ。
オレが魔王の地位を狙ったのは、殺伐とした世界を治めるため。戦いにより家族を失う子供をなくし、安全な日々を与えるためだった。なのに、そんな平和な場所で育った黒竜の娘は唇を尖らせる。腹は立たないが、贅沢なリリアーナの目元を手で覆った。
もう眠れ。余計なことを口にするな。言葉にしないオレの気持ちを察したように、リリアーナは目を閉じてオレの腕にしがみ付いた。自由にさせながら、金髪が縁取る褐色の頬を撫でる。お前は理解していない――お前が考える以上に、オレの中での比重が重くなっている事実を。
リリアーナを含めた大切な存在が住む世界に残された謎は、解いておきたい。それが危険であればなおさら、害を為さないとしても……証明しなければならなかった。
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