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第11章 戦より儘ならぬもの

384.この程度で狂ってもらっては困る

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 お前が何を話そうと、ダンマリを決め込もうと結果は同じだ。そう突きつけた。エルフ族そのものを巻き込んだ騒動に発展する。それは彼女にとって恐怖だった。

 何も知らない親兄弟を巻き添えにし、新たに生まれたばかりの眷族も殺される。一族がすべて死に絶え、エルフという存在自体を消し去られるのだ。短慮にも自分達の起こした行動が、種族滅亡の引き金となる――その恐怖に耐えられる者は多くなかった。

「無理をして仲間を裏切ることはない。私の最重要は我が君だ。後顧の憂いを断つことを優先する」

 主君に仇なす種族は滅ぼした方がいい。簡単そうに恐ろしい発言をした。これでエルフが折れればいいが……無理なら数匹殺してみせるか。

「……そんなこと出来るわけがないっ! だって魔王様が黙ってないわ!!」

 どうやら夢魔の魔王の庇護下にあったエルフらしい。魔王がついている――それがこのエルフの拠り所なのだろう。虎の威を借りたのだが、それは偶像だった。夢魔が魔王だったのは、黒竜王の後見ゆえだ。そして黒竜王アルシエルも、夢魔イシェトもこちら側にいた。

 首を傾げて赤い唇に指先を当てる。思案する所作で、不思議そうに呟いた。

「魔王様、とは我が主君であるサタン様のことか? 夢魔のイシェトも黒竜王アルシエルも、今は我が君の配下だぞ」

 残酷な事実を、エルフの前に無邪気に並べる。信じられないと目を見開いたエルフの眼球を、今度こそ指で抉った。

「ぐあ、あああああぁ!!」

 ころんと手の中に転がり落ちた瞳は、美しい緑色だ。森の色をした眼球からずるりと繋がる神経を爪で切り落とした。

「これは情報料として貰う」

 収納空間に入れたままのガラス瓶を取り出した。以前の拷問で得た瞳が入った瓶に、無造作に入れる。赤、青、黒……さまざまな瞳が入った瓶は透明の液体が満たされていた。

「緑は初めてだ」

 くすくす笑って、まだ喚き散らすエルフの顎を押さえて覗いた傷口は、ぽっかりと穴が開いている。溢れる血が涙のように頬を伝った。

「この程度の痛みで狂ってもらっては困る。話が出来るか?」

 ここからは饒舌に畳み込んでいく。反論も思考も必要ない。この獲物はただ真実を吐き出す器であればよかった。

「アスタルテ殿、やりすぎでは? これでは話す前に狂いかねん」

 見かねた風を装いウラノスが口を挟む。ずっと口元を手で覆っていた同族だが、それは嫌悪ではなかった。甘い血の匂いに誘われぬよう抑えつつ、さらに追い詰める手伝いを申し出たのだ。捕まえた獲物を甚振るのは、吸血種と竜種の特徴であり……ウラノスにも当て嵌まる。

「目を抉って耳を半分落としただけだ。この程度で狂うのか? ならば家族を見つけて切り裂けば、素直に話すだろうか」

 お前が話さないなら、家族や恋人を探す。目の前で同じように切り裂いてやろう。そう告げられたエルフの残った瞳が、絶望の色に染まった。強者に踏み躙られるのが弱者の宿命であり、逃げ場はない。思い知らされた現実に、エルフは痛む片目の穴を押さえて項垂れた。

 赤い糸が繋がる水溜りに、透明の涙が落ちる。

「話しま、す……全部」

 本心から絞り出した声に滲む覚悟を嗅ぎ取り、ウラノスが口角をあげる。一時期、魔王位を預かった同族の残酷さに微笑み返し、美女は手にしたガラス瓶を収納へ投げ入れた。
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