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第11章 戦より儘ならぬもの

379.危険を冒しても取り戻す

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 執務室の脇にある仮眠用の長椅子に放り出され、時々思い出したように双子が顔を覗く。顔はそっくりだが、仕草や言動の違いから区別はついた。バアルが口を開かせ、アナトが慣れた手つきで試験薬を流し入れる。

 本人達が「試験薬だけどいいよね」と口にしていたから、半分は実験なのだろうと思った。普段なら文句のひとつも口にするが、身動きできない現状、受け入れるしかない。

 そもそも魔王様が止めないなら、他に方法はないと思う。苦くも辛くもない液体は、薄い赤だった。少し塩気があるかも知れない。そう感じたのは3回目くらいか。次に飲んだ時は、飲み終えた口の中に甘さを感じた。

「危険だけど、安全策ばかりじゃ負けちゃうよね~」

 何に対して負けるのか不明だが、双子の言い分も一理ある。そんな風に思考する余裕が出てきた。考えが散漫になることもなく、投薬の記憶もちゃんと残っている。

 徐々に戻っている感覚に、試験薬の効果を知る。これは凄い。魔族だからただの子供と思わなかったが、優秀だった。魔王様が信頼するのも当然だ。

 双子が来た時、瞬きで合図を送ってみた。気づいたのは押さえていたバアルだ。

「ねえ、動いたよ」

「瞬きなら前からするわ」

「そうじゃなくて、ほら。瞬きで合図してる」

「どれどれ……」

 アナトが覗き込み、目の前で手を開いたり閉じたりした。それに合わせて瞬きを意図的に早くする。目を輝かせた双子は手を叩いて喜んだ。

「言葉が通じてるかも!」

「やっぱり生きてたじゃない」

 誰かが俺はもう死んだと言ったのか? まあ、大した反応がないから死人みたいに見えるだろう。脳はまだ生きてるぞ。そう示すために目玉を動かす。ぎこちなくて痛いんだが、動いた。

「まだ無理しない方がいいよ。神経切れるかも知れないし」

 恐ろしい予測を口にしたアナトは、ふーんと鼻を鳴らして考え込んだ。

「話が出来るか、試してみようよ」

 バアルは嬉しそうに覗き、俺の気を引く。そちらに視線を合わせると、ゆっくり言い聞かされた。

「うんは1回、いいえは2回――出来そう?」

 1回だけ瞬きする。それから視線を逸らして、乾いた目を潤す瞬きをした。

「通じてる! えっと、マルファスを襲ったのはエルフでしょ? 耳がヴィネみたいな女性で、たぶん顔はまあまあ綺麗だと思うけど」

 また視線を合わせて瞬きを1回。

 エルフ族は外見が整っている者が主流だ。理由はよくわからないが、人間に迫害されにくくする目的があって顔を似せた説が有力だった。お茶菓子と引き換えに、ウラノスから聞いた情報を思い出す。魔族についての知識を深めようと、甘いものが好きなウラノスと親しくした。

「記憶落ちの実を食べた?」

「バアル、それは無理よ。だって彼は記憶落ちの実を知らないもの。何か種子みたいなの、食べさせられなかった? 苦くてまずいのよ」

 大きさを指で示しながらアナトが質問を変更する。上乗せされた内容に同意する意味で、瞬きを1回した。大喜びで手を叩く双子の様子に、部屋にいたアガレスが近づく。

 視線を合わせると、驚いた様子で飛び退った。よほど驚かせたらしい。次に視界に入った宰相は目を潤ませ、よかったと呟いた。
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