371 / 438
第11章 戦より儘ならぬもの
368.任せすぎた甘さのツケは自ら払う
しおりを挟む
書類を目の前に突きつけられたロゼマリアは、驚いたように目を見開いた。手にとってよく確かめ、隣の侍女エマに手渡す。彼女もじっくり目を通してから仕える姫に返した。
「魔王陛下はどのようにお考えですか?」
肩書きで呼ばれたことに距離を感じる。だが特に何も思わなかった。この娘はいずれ誰かに嫁ぐ。手元に残すべきではないと考えていた。だから距離が遠いのは当たり前だ。
「孤児は国の宝、親に返すべきではない」
親が慈しむ保証はない。人間は一度失敗しても機会を与えれば立ち直ると考えるものがいた。その考え自体はオレも否定しない。立ち直ることができる者も実在するからだ。
ただし、適用できる条件がある。自分の進退を賭けた話ならば問題なかった。他人の今後や生命を左右する決断ならば話は別だ。
無理に引き取る必要はない。孤児院の扉は開かれており、入っていくるのも出ていくのも可能だった。子供を連れ出さずとも、会いにくればよい。それで用は足りる。信頼関係を築き直し、子供自身が望んで親の元へ帰るなら構わなかった。
思考能力が認められる年齢になれば、子供であっても意思や願いは尊重されるべきだ。幼すぎるなら成長を待てばいい。人間の成長など、わずか数年だった。それを待てずに安全な巣から雛を外へ出そうとするのは、保護者ではない。捕食者の行動だった。
「私は親と子は引き離されるべきではないと考えます。それでもこの国にいる限り、陛下のご意志を尊重しましょう」
物分かりのいいロゼマリアに疑問をぶつける。
「なぜ、ドレスの名目で金を請求した」
「……魔王陛下、これは私の申請ではございませんわ」
申請自体をキッパリと否定した。エマも隣で大きく頷く。全く心当たりがないと言い切った彼女は、付き従ったアガレスをちらりとみた。
「アガレス宰相閣下の前で申し上げるのは気が引けますけれど、城内に不思議な書類が出回っております。命令書であったり、申請書、それから支払いの許可証もありました」
エマが箪笥の一番下段から書類の束を取り出した。受け取ったロゼマリアが差し出すと、アガレスが中を確かめる。そして唸った。
「つまり、アガレスを通さずに書類が流れている、と?」
「はい、その通りです。回収できたのは一部でしょう。魔王陛下が外敵と戦う間、獅子身中の虫は元気に羽を伸ばしていたようですわ」
「見つけたわよ」
開いていたドアから入ったオリヴィエラは、何か小さなメモと魔石を持っている。オレから隠すように後ろに手を回しかけ、赤い唇が諦めたように溜め息をついた。
「隠すとひどい目に遭いそう」
「それはなんだ?」
「証拠品です。私では目立つので、オリヴィエラに頼んでいました」
オリヴィエラは、手を伸ばすアガレスを横目にオレの手に直接渡した。魔石は質が悪い。しかし通信機能のみを持たせたらしく、実用性はあった。逆に魔力の質が悪く量が少ないことで、気づかれにくい。
メモを広げると、ある人物の名前が記されている。見覚えのある名に、オレは眉を寄せた。
「捕らえろ」
命じられたオリヴィエラは静かに頭を下げ、ロゼマリアにウィンクしてから部屋を出る。緊張した面持ちのアガレスに、メモを見せた。
「まさか」
絶句した彼の様子に、何も気づいていなかったことを知る。任せすぎたか。自分の判断の甘さのツケを、静かに受け止めた。
「魔王陛下はどのようにお考えですか?」
肩書きで呼ばれたことに距離を感じる。だが特に何も思わなかった。この娘はいずれ誰かに嫁ぐ。手元に残すべきではないと考えていた。だから距離が遠いのは当たり前だ。
「孤児は国の宝、親に返すべきではない」
親が慈しむ保証はない。人間は一度失敗しても機会を与えれば立ち直ると考えるものがいた。その考え自体はオレも否定しない。立ち直ることができる者も実在するからだ。
ただし、適用できる条件がある。自分の進退を賭けた話ならば問題なかった。他人の今後や生命を左右する決断ならば話は別だ。
無理に引き取る必要はない。孤児院の扉は開かれており、入っていくるのも出ていくのも可能だった。子供を連れ出さずとも、会いにくればよい。それで用は足りる。信頼関係を築き直し、子供自身が望んで親の元へ帰るなら構わなかった。
思考能力が認められる年齢になれば、子供であっても意思や願いは尊重されるべきだ。幼すぎるなら成長を待てばいい。人間の成長など、わずか数年だった。それを待てずに安全な巣から雛を外へ出そうとするのは、保護者ではない。捕食者の行動だった。
「私は親と子は引き離されるべきではないと考えます。それでもこの国にいる限り、陛下のご意志を尊重しましょう」
物分かりのいいロゼマリアに疑問をぶつける。
「なぜ、ドレスの名目で金を請求した」
「……魔王陛下、これは私の申請ではございませんわ」
申請自体をキッパリと否定した。エマも隣で大きく頷く。全く心当たりがないと言い切った彼女は、付き従ったアガレスをちらりとみた。
「アガレス宰相閣下の前で申し上げるのは気が引けますけれど、城内に不思議な書類が出回っております。命令書であったり、申請書、それから支払いの許可証もありました」
エマが箪笥の一番下段から書類の束を取り出した。受け取ったロゼマリアが差し出すと、アガレスが中を確かめる。そして唸った。
「つまり、アガレスを通さずに書類が流れている、と?」
「はい、その通りです。回収できたのは一部でしょう。魔王陛下が外敵と戦う間、獅子身中の虫は元気に羽を伸ばしていたようですわ」
「見つけたわよ」
開いていたドアから入ったオリヴィエラは、何か小さなメモと魔石を持っている。オレから隠すように後ろに手を回しかけ、赤い唇が諦めたように溜め息をついた。
「隠すとひどい目に遭いそう」
「それはなんだ?」
「証拠品です。私では目立つので、オリヴィエラに頼んでいました」
オリヴィエラは、手を伸ばすアガレスを横目にオレの手に直接渡した。魔石は質が悪い。しかし通信機能のみを持たせたらしく、実用性はあった。逆に魔力の質が悪く量が少ないことで、気づかれにくい。
メモを広げると、ある人物の名前が記されている。見覚えのある名に、オレは眉を寄せた。
「捕らえろ」
命じられたオリヴィエラは静かに頭を下げ、ロゼマリアにウィンクしてから部屋を出る。緊張した面持ちのアガレスに、メモを見せた。
「まさか」
絶句した彼の様子に、何も気づいていなかったことを知る。任せすぎたか。自分の判断の甘さのツケを、静かに受け止めた。
0
お気に入りに追加
1,032
あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

家族に無能と追放された冒険者、実は街に出たら【万能チート】すぎた、理由は家族がチート集団だったから
ハーーナ殿下
ファンタジー
冒険者を夢見る少年ハリトは、幼い時から『無能』と言われながら厳しい家族に鍛えられてきた。無能な自分は、このままではダメになってしまう。一人前の冒険者なるために、思い切って家出。辺境の都市国家に向かう。
だが少年は自覚していなかった。家族は【天才魔道具士】の父、【聖女】の母、【剣聖】の姉、【大魔導士】の兄、【元勇者】の祖父、【元魔王】の祖母で、自分が彼らの万能の才能を受け継いでいたことを。
これは自分が無能だと勘違いしていた少年が、滅亡寸前の小国を冒険者として助け、今までの努力が実り、市民や冒険者仲間、騎士、大商人や貴族、王女たちに認められ、大活躍していく逆転劇である。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる