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第11章 戦より儘ならぬもの
367.考え一つで不幸が生まれるのが政
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駆け寄るアガレスの報告を聞きながら、執務室へ入る。後ろをついてきたリリアーナだが、途中でククルの見舞いに行くと走っていった。
ついてくれば邪魔だが、いなくなると気分が悪い。奇妙な感覚に振り回される前に切り捨て、机の書類に署名した。もっぱら予算の承認が主らしく、似たような書類が多い。
初等教育を行う施設の建設、働く親から子供を預かる施設の計画、街の衛生状態を保つため入浴場の予算……途中で奇妙なものが混じっていた。
孤児の予算の後ろに、ロゼマリアが新たにドレスを仕立てる名目で金額が算出されている。ドレスが必要なら仕立てるのは問題ないが、その金額がおかしかった。
あのロゼマリアがそんな申請をするか。そう考えて立ち上がる。
「いかがなさいました?」
「これをみろ」
指差した部分を見るなり、アガレスが複雑そうな顔をした。すぐに表情を取り繕うが、顔を顰めて「失敗した」という本音を隠したらしい。この男は有能だが、変なところで抜けている。
「何の予算だ?」
「すみません。孤児の……親が名乗り出たんです。それで支度金を持たせたいと、ロゼマリア様が仰いました。それを却下したため、このような方法に出たかと」
支度金、つまりは子供を引き取る親に餞別を渡したいのか。ロゼマリアにしたら、親が名乗り出たのなら親子仲良く暮らしてほしい。その際に不自由しないよう金を渡そうと考えた。
アガレスは孤児の親が名乗り出て金を受け取った前例を作れば、金を目当てに名乗り出る親が現れる。それは孤児の幸せに繋がらない。金をもらってまた子供を捨てる可能性が高いと考えた。だから反対したのだろう。
どちらも言い分も理解できるが……そもそもの前提が間違っている。
「孤児は国の財産だ。育てるのは大人の役目だが、放棄したものに国の宝を手にする権利があるとは思えん」
貧しかった。苦しかった。そんな言い訳はどこにでもある。だが同じ苦境に喘いでも、子供の手を離さなかった親もいた。なぜなら、手を離したら子供は死ぬ。生きていけるほど強ければ、独立させればよい。まだ親の庇護下にある年齢の子供を捨てておいて、生活が成り立つから返せ?
それは筋が通らない話だった。子供の手を離した時点で、その子が死んでも仕方ないと思った。自分が生き残るため、子供を犠牲にして楽をした。そんな者に、再び子供の手をとる権利はない。
書類を横から確認したアスタルテが肩をすくめた。
「陛下のおっしゃることはごもっとも。手を離した子供は死んだと見做し、返さないと突きつけねば……理解しないでしょう」
これは愛玩動物であっても許されない。飼った子犬が大きくなったからと捨て、立派に育った成犬の姿を見て返せと言うのか? 今の飼い主がそれを受け入れる道理はなかった。
病気があったり、食べ物がなくても……子供を捨てた事実は同じだ。捨てられた者は、その痛みを一生引き摺っていくというのに、平然と帰ってこいと言える者が本当に親なのか。
「ロゼマリアと話をする」
「はっ」
彼女の考える親子のあり方が歪んでいようと構わない。だがそれが孤児を不幸にするなら、止めるのが保護したオレの務めだった。
ついてくれば邪魔だが、いなくなると気分が悪い。奇妙な感覚に振り回される前に切り捨て、机の書類に署名した。もっぱら予算の承認が主らしく、似たような書類が多い。
初等教育を行う施設の建設、働く親から子供を預かる施設の計画、街の衛生状態を保つため入浴場の予算……途中で奇妙なものが混じっていた。
孤児の予算の後ろに、ロゼマリアが新たにドレスを仕立てる名目で金額が算出されている。ドレスが必要なら仕立てるのは問題ないが、その金額がおかしかった。
あのロゼマリアがそんな申請をするか。そう考えて立ち上がる。
「いかがなさいました?」
「これをみろ」
指差した部分を見るなり、アガレスが複雑そうな顔をした。すぐに表情を取り繕うが、顔を顰めて「失敗した」という本音を隠したらしい。この男は有能だが、変なところで抜けている。
「何の予算だ?」
「すみません。孤児の……親が名乗り出たんです。それで支度金を持たせたいと、ロゼマリア様が仰いました。それを却下したため、このような方法に出たかと」
支度金、つまりは子供を引き取る親に餞別を渡したいのか。ロゼマリアにしたら、親が名乗り出たのなら親子仲良く暮らしてほしい。その際に不自由しないよう金を渡そうと考えた。
アガレスは孤児の親が名乗り出て金を受け取った前例を作れば、金を目当てに名乗り出る親が現れる。それは孤児の幸せに繋がらない。金をもらってまた子供を捨てる可能性が高いと考えた。だから反対したのだろう。
どちらも言い分も理解できるが……そもそもの前提が間違っている。
「孤児は国の財産だ。育てるのは大人の役目だが、放棄したものに国の宝を手にする権利があるとは思えん」
貧しかった。苦しかった。そんな言い訳はどこにでもある。だが同じ苦境に喘いでも、子供の手を離さなかった親もいた。なぜなら、手を離したら子供は死ぬ。生きていけるほど強ければ、独立させればよい。まだ親の庇護下にある年齢の子供を捨てておいて、生活が成り立つから返せ?
それは筋が通らない話だった。子供の手を離した時点で、その子が死んでも仕方ないと思った。自分が生き残るため、子供を犠牲にして楽をした。そんな者に、再び子供の手をとる権利はない。
書類を横から確認したアスタルテが肩をすくめた。
「陛下のおっしゃることはごもっとも。手を離した子供は死んだと見做し、返さないと突きつけねば……理解しないでしょう」
これは愛玩動物であっても許されない。飼った子犬が大きくなったからと捨て、立派に育った成犬の姿を見て返せと言うのか? 今の飼い主がそれを受け入れる道理はなかった。
病気があったり、食べ物がなくても……子供を捨てた事実は同じだ。捨てられた者は、その痛みを一生引き摺っていくというのに、平然と帰ってこいと言える者が本当に親なのか。
「ロゼマリアと話をする」
「はっ」
彼女の考える親子のあり方が歪んでいようと構わない。だがそれが孤児を不幸にするなら、止めるのが保護したオレの務めだった。
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