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第10章 覇王を追撃する闇

362.信じてやることも親の務めだ

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 地響きを立てて移動する亀の巨体は、一直線に湖を目指していた。立ち並ぶ木々を薙ぎ倒して進むため、彼の後ろは平らな土地が広がる。滅多に住処を出ないレイキがこの場にいるのは……。

「カルデアの仕業か」

 策略を練るのが好きで、よく叱られていた女だ。大蛇の性質をしっかり受け継ぎ、嫉妬深く他者をすぐに妬む。当時の魔王に気に入られたアルシエルが気に入らず、告げ口されるたびに噛み付いてきた。

 威勢がいい女も嫌いではないが、なにぶんにも一緒にいて疲れる。嫌になったアルシエルが婚約解消を考えている間に、向こうが逃げてくれたのだが。その理由が新しい男だと知らされ、気の毒そうに周囲から見られたのは困った。

 懐かしい思い出を頭の隅に押しやり、アルシエルは違和感に首を傾げる。レイキは神獣ではなく、ただの魔物だ。基本的に本能に従って衝動的に生きるため、事情を説明して協力してもらう手は使えない。にもかかわらず、カルデアはレイキを操った。

 何かある。レイキが執着する何かが、あの湖周辺に存在するはず……。

 滑空して湖の近くに降り立ち、大急ぎで魔王サタンに駆け寄った。

「我が君、レイキが」

「リリアーナに任せた」

 簡単そうに言われ、頷きかけて目を見開く。あの幼いとも言える子竜に、この大きな獲物を任せた、と?

「それはっ」

「双子も一緒だ」

 だから問題ないと簡単そうに告げるが、問題は残ったままだ。子供達が戦うには、荷が勝ちすぎる。個体としての潜在能力は高くとも、大きすぎる敵を排除する方法をあの子は知らない。

 焦って走り出そうとした腕を、軽く掴まれた。それだけで動けなくなる。振り払うことも出来ず、冷や汗が滲んだ。

「質量は関係ない。リリアーナはやり遂げる」

 娘を信じてやれ。声にならなかった言葉がすとんと胸に落ちた。やり遂げると約束した娘は、黒竜王たるアルシエルの血を引く竜だ。その力を親が信じなくてどうする。

「わかりました。ですが援軍に出ます」

「勝手にしろ」

 冷たい言葉の裏に、自由な行動を許す魔王の度量を感じた。この人は言葉選びは不器用だが、配下を信じて待つことが出来る。それは配下の力となり、信頼となるはず。

 なるほど、アスタルテ殿が心酔する意味がわかった。この世界の歴代魔王の中で最高峰に立つ実力者は、その心意気も素晴らしい。改めて、この主君を選んだ自分を誇った。

「早く行け」

 ひらりと手を振って追い払う魔王へ一礼し、翼を広げて飛んだ。距離を詰めるレイキに、リリアーナの氷が叩きつけられる。同時に切り裂く風が甲羅を傷つけ、手足を炎が炙った。連携もうまくいっているようだ。

 逞しくなった我が子の姿に、口元が緩んだ。大きく息を吸い込んで咆哮をあげ、そのまま竜化した黒竜王はレイキに向かって体当たりをかました。
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