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第10章 覇王を追撃する闇

353.いつの間にそんな話になった

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 魔力が落ち着いて元の人型に戻れば、魔力の制御もさほど難しくない。怯えて物影に隠れていたクリスティーヌが駆け寄り、リリアーナにしがみついた。

「リリー、リリー」

 名を呼んで泣く姿に悪いことをした気がする。居心地の悪さに溜め息をつくと、アナトがバアルを引きずって歩み寄った。上から下までじっくり観察され、眉を顰める。すると嬉しそうに抱き着いた。

「よかった。戻ったね」

「サタン様だ」

 無邪気に喜ぶ双子の後ろから、出遅れたククルも隙間を見つけて頭をねじ込む。押されながら受け止め、必死にしがみ付く子供達に言い聞かせた。

「問題ない。アスタルテの後片付けを手伝ってやれ」

 手が届く距離だが数歩下がって苦笑いする右腕は、優雅に一礼した。

「お手数をおかけしました」

「いや、心配させた」

 首を横に振るアスタルテが浮かべた笑みを裏切るように、頬に涙が伝う。気づいていないのか、拭わぬアスタルテにククルが体当たりした。少女姿に戻ったククルは、素手でアスタルテの頬を包む。慰めるように優しい動きで拭った。

「安心したらお腹空いちゃった」

 ふふっと笑うククルがよろめき、後ろからマルファスが支えた。騒動に駆けつけたアガレスが慌てて指示を出す。

「休憩用の部屋をいくつか用意させます。全員休憩をとって、体調を整えてください。食事を用意して! 急ぎなさい」

 騒ぎと大声を聞きつけた侍女達が慌てて走り回る。準備できた部屋に放り込まれ、リリアーナに強引に座らされた。当然のように隣に腰掛けた彼女は、にこにことご機嫌だ。

 ククルを抱き上げたマルファスの親しげな様子を思い出す。未婚の雌を抱き上げる行為を、誰も指摘しなかった。それが逆に不思議で、リリアーナに尋ねる。

「え? サタン様知らなかったの?」
 
 当然知っていると思われていたらしい。報告しなかったのではなく、誰かが報告したと全員が考えた。そう言われれば、報告の遅れを咎めるのも気が引ける。

「ククル姉さんは、マルファスと結婚するんだって。神族だから契約だったっけ? なんか儀式するみたいよ」

「いつの間にそんな話になった」

 外敵に気を取られている間に、妹のような存在に虫がついたのだ。自然と口調は刺々しくなった。

「ククル姉さんが倒れて、ずっとレーシーがいたでしょ。あの頃からマルファスも出入りしてた。一目惚れなんだってね」

 他人事として淡々と語るリリアーナは、ゆらりと尻尾を振った。隠せるようになった尻尾だが、やはり出している方が好ましい。感情を豊かに示す尾を左右に揺らしながら、リリアーナは膝の上に頭を乗せて仰向けに寝転がる。長椅子の上で無防備な格好をとる少女が手を伸ばした。

「ローザはオリヴィエラと暮らすんだって」

 後宮に残りたいと言った2人を思い出す。側妃になれば、他の王族に嫁がずに済むと言っていたから、その延長だろう。この辺の事情は理解していたため、そうかと頷く。

「失礼いたします」

 侍女が果物を運んできて、ちらりとリリアーナを見る。スカートが乱れた状態で寝転んだ少女とオレを交互に見て、慌てて出て行った。顔を赤らめる意味がよくわからない。
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