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第10章 覇王を追撃する闇
350.いっそ、世界が壊れればいい
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意識が白く塗りつぶされていく。何も残らない。すべて吐き出した。そう感じながら、不思議な空間に立ち尽くす。
上下も左右もわからぬ、見覚えのない空間だった。少しして淡い色が見える。赤、緑、あれは……金か? 徐々に増えていく色は混ざり合うことなく、揺れるたびに色を濃くした。
呼ぶ声が聞こえる。
サタン? それはオレの名ではない。称号のひとつで、一度も使ったことがない。魔王としてシャイターンの称号で呼ばれるオレへ、なぜその言葉を投げかける?
いや違う。これはオレが選んだ未来だ。
母を殺した父王を殺し、魔王の地位を受け継いだ直後、すべてが嫌になった。魔王になりたかったわけではなく、ただあの男を殺したかっただけだ。配下を嗾けてオレを殺そうとした。時間はかかったが、アースティルティトやククルカン達の助力もあり、生き残って敵を退けた。
それだけのことだ。魔王に興味などない。地位も名誉も不要だった。だが目の色を変えた魔族が擦り寄る。魔王の地位がそれほどに魅力的なら、奪えばいい。その努力なしに側で微笑むだけで得られると、本気で思っているのか。
倒した父の表情を思い出す。解放されたと微笑み、母の名を呼んで塵になった男は――もしかしたら死を切望したのかも知れぬ。オレと同じ絶望を抱えながら数万年を待ったのだとしたら、ようやく自由になれた喜びはさぞ大きかっただろう。
オレも同じ道を辿るのか。絶望に満ちた暗闇を、己を殺せる強者を探し、いなければ育ててこの息を止めさせる。頂点に立った以上、自死は選べなかった。今までに殺した命に顔向けできぬ負けを、己に許せるほど弱ければ魔王ではない。
心を黒く塗りつぶす毒を飲み干しながら、日々を過ごすのなら……いっそ。
世界が壊れればいい。
そう思って目を閉じ、次に目を開いた場所は異世界だった。その事実を認識し心が震えた。新しい世界が広がる。行き止まりではなく、スタート地点に戻れたのだ。
「サタン様」
「我が君」
呼ぶ声は遠く、オレは古い記憶に溺れる。腕を失って痛みと寒さに震えた夜を、仲間だと信じた相手に裏切られた慟哭を、魔王の地位についた絶望を……丁寧に辿って目を伏せた。
満足だ、もういい。何もかも消えればよい。
名誉も肩書も要らぬ。なのに、忘れ物がある気がして閉じた目を開く。瞼を押し上げた先で、鮮やかな蜂蜜色の輝きが瞬いた。
指を触れようとして、失った右腕が動かないことに気づいた。そこで諦めれば良いものを、左手を持ち上げる。ひどく重い。何かが邪魔をするように絡みつくが、振り切って黄金に触れた。
ああ、温かい。
「サタン様!」
呼ばれた声に「なんだ」と答えた。しつこいぞ、うるさい。そう示した響きは鬱陶しいと感情を滲ませて、声になって耳に届いた。
「よかった……よか、っ……ううっ」
泣き声は嫌いなのに、不思議と咎める気になれない。踏み出した4本の足にオレは己の姿を見下ろした。
上下も左右もわからぬ、見覚えのない空間だった。少しして淡い色が見える。赤、緑、あれは……金か? 徐々に増えていく色は混ざり合うことなく、揺れるたびに色を濃くした。
呼ぶ声が聞こえる。
サタン? それはオレの名ではない。称号のひとつで、一度も使ったことがない。魔王としてシャイターンの称号で呼ばれるオレへ、なぜその言葉を投げかける?
いや違う。これはオレが選んだ未来だ。
母を殺した父王を殺し、魔王の地位を受け継いだ直後、すべてが嫌になった。魔王になりたかったわけではなく、ただあの男を殺したかっただけだ。配下を嗾けてオレを殺そうとした。時間はかかったが、アースティルティトやククルカン達の助力もあり、生き残って敵を退けた。
それだけのことだ。魔王に興味などない。地位も名誉も不要だった。だが目の色を変えた魔族が擦り寄る。魔王の地位がそれほどに魅力的なら、奪えばいい。その努力なしに側で微笑むだけで得られると、本気で思っているのか。
倒した父の表情を思い出す。解放されたと微笑み、母の名を呼んで塵になった男は――もしかしたら死を切望したのかも知れぬ。オレと同じ絶望を抱えながら数万年を待ったのだとしたら、ようやく自由になれた喜びはさぞ大きかっただろう。
オレも同じ道を辿るのか。絶望に満ちた暗闇を、己を殺せる強者を探し、いなければ育ててこの息を止めさせる。頂点に立った以上、自死は選べなかった。今までに殺した命に顔向けできぬ負けを、己に許せるほど弱ければ魔王ではない。
心を黒く塗りつぶす毒を飲み干しながら、日々を過ごすのなら……いっそ。
世界が壊れればいい。
そう思って目を閉じ、次に目を開いた場所は異世界だった。その事実を認識し心が震えた。新しい世界が広がる。行き止まりではなく、スタート地点に戻れたのだ。
「サタン様」
「我が君」
呼ぶ声は遠く、オレは古い記憶に溺れる。腕を失って痛みと寒さに震えた夜を、仲間だと信じた相手に裏切られた慟哭を、魔王の地位についた絶望を……丁寧に辿って目を伏せた。
満足だ、もういい。何もかも消えればよい。
名誉も肩書も要らぬ。なのに、忘れ物がある気がして閉じた目を開く。瞼を押し上げた先で、鮮やかな蜂蜜色の輝きが瞬いた。
指を触れようとして、失った右腕が動かないことに気づいた。そこで諦めれば良いものを、左手を持ち上げる。ひどく重い。何かが邪魔をするように絡みつくが、振り切って黄金に触れた。
ああ、温かい。
「サタン様!」
呼ばれた声に「なんだ」と答えた。しつこいぞ、うるさい。そう示した響きは鬱陶しいと感情を滲ませて、声になって耳に届いた。
「よかった……よか、っ……ううっ」
泣き声は嫌いなのに、不思議と咎める気になれない。踏み出した4本の足にオレは己の姿を見下ろした。
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