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第10章 覇王を追撃する闇

349.最後の一手はオレの役目だ

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 アペプを砕いて燃やし尽くした。そう合図を送ったアスタルテの言葉で、すべての魔力を注いでいく。丁寧に、だが迅速に魔力を走らせた。

 細く柔らかい絹糸で編んだような魔法陣は、無理に魔力を流すと壊れる。繊細で扱いが難しいが、この世界の大地をすべて覆うほど広げられる利点があった。

 くるりと大地を覆って包んだ魔法陣がじわりと熱を帯びる。額に汗が滲んだ。

 アナトやバアル、ククルが送った魔力を流し、続いてヴィネが招いた地脈を繋いで注ぐ。己の魔力を一緒に混ぜながら、膝をついて魔法陣の一端に手を置いたアスタルテの動きを見守った。

「我が身に流れる血の契約により、この地を血に染め替えよ」

 大量の血を流したばかりの彼女は、牙で指先を噛んで滲んだ赤で魔法陣に文字を書き足す。途端に吸い出される魔力量が激増した。

「くっ」

 噛み締めた歯の隙間から息が漏れる。失った右腕分だけ、魔力が不足していた。足りない、まだ必要なのだ。

 相打ちなどという、みっともない真似は己に許さぬ。それは負けと同じだった。

「っ、来い」

 不安そうなリリアーナに声をかける。魔力を使って戦ったばかりなのに、彼女は嬉しそうに駆け寄った。そのまま抱き着く彼女を受け止め、わずかに迷う。

「私、サタン様の右腕の代わりになる」

 命じる前に、リリアーナは自ら魔力を注いだ。赤い血肉の断面が見える右腕の付け根に手を当て、瞼を閉じて魔力を流す。

「我らも協力するのが筋であろう?」

「当然だ」

 ウラノスの問いに、アルシエルが地面の上に座り込んだ。ぶっきらぼうに肯定した彼は、地表に描かれた魔法陣と体の接地面積を増やし、体内に残った膨大な魔力を放出した。

「ドラゴンは豪快だな」

 苦笑いしたウラノスは、肩をすくめて己の手首を切り裂いた。滴る血が魔力を帯びて光を帯びる。美しい光景だった。

 己の魔力を魔法陣へ注ぐ誰もが、己の保身すら忘れていた。砕いた敵がざわりと身を起こすが、魔法陣に触れると崩れていく。

 発動が第一段階、神を滅ぼす光を放つ第二段階、そして浄化する第三段階。光の網が世界を彩った。

「……まだ、足りぬ」

 悔しさからこぼれ落ちた声は、掠れていた。アスタルテに目配せする。目を見開き、唇を震わせたアスタルテが首を横に振った。その否定の所作に、心配ないと笑う。

「リリアーナ、離れていろ」

 呼吸を整えて命じるが、何かを察した彼女は逆にしがみついた。振り払う前に、アルシエルがリリアーナを引き剥がす。

「やだっ、ダメ! 嫌だ!!」

 本能で察した黒竜の娘は、泣きながら叫んだ。その声に口元を歪め、体内から湧き上がる凶悪な魔力を解き放つ。

「全員、退避! 早くしなさい」

 転移の魔法陣のために血を撒いたアスタルテに、全員が駆け寄る。暴れるリリアーナがアルシエルの腕に噛み付いた。顔を顰めるが、彼は娘を離さない。

 そうだ、それでいい。姿を消す彼らを見送ったところで……意識が飛んだ。
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