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第10章 覇王を追撃する闇

345.この世界は神の領域ではない

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 世界は厳しい。親は子を守らず放置し、それ故に強者の子は弱者と戦い這い上がるしかなかった。生存競争が激しい世界で、頂点に立つ魔王の配下は最強クラスの者が名を列ねる。それらに追い回され育った子供は、小さな洞窟に逃げ込んでいた。

 酷く寒い。傷から血を流し過ぎた。このままでは動けなくなる。わかっているのに、指先から凍るような寒さが広がった。ここまでか。

「……意外な客だこと」

 女性の声に顔をあげる。黒髪に紫の瞳、見たことのない魔族だ。だから敵とは断定できないが、味方でもないだろう。魔王に逆らい独立を保つ種族はほぼない。暗い洞窟の奥に潜んでいた彼女も、オレを父王に差し出すことを選ぶはず。

「濃厚な血……素質はじゅうぶんね」

 手首を切って血を与える女魔族に、オレは新たな力を分け与えられた。世界の頂点に立てる吸血鬼の始祖――アースティルティトの血を得たことで、能力も魔力も飛躍的に向上した。追手を返り討ちにする旅へ同行した彼女に問うたことがある。なぜ味方をしたのかと……。

「私は王になりたいわけじゃない。でも他人に頭を下げるのも嫌いだ」

 頭を下げずに済む地位は必要だが、そのために魔王の配下に降る気もないし、魔王の地位は面倒だ。すべてを投げ出したように語る彼女は、何かを堪えるように哀しそうに笑った。

 幼い頃の記憶を反芻する自分が、夢の中にあると気づいて目を覚ます。まだ子供だったオレに同情したのか、アスタルテは戦い方や魔王を目指す者の心得を叩き込んだ。切っても切れぬ、母とも姉とも呼べる存在なのだ。

 目を開いて、最初に城内に魔力を放つ。感じ取れなかったのはヴィネとレーシーか。保護下にあったティカルとマヤもいない。隣で飛び起きたリリアーナが、右腕を竜化して身構えた。護衛の役目を果たす気はあるようだ。

「起きたの?」

「アスタルテに何かあった」

 眷属ではない。同等に近い契約相手だからこそ、彼女の感情が大きく揺らぐと影響される。そう告げて立ち上がった。右腕がないのは不便だが、もう少し魔力が戻れば新たに「創り出す」ことも可能だ。手早く身支度を整えたオレの斜め後ろで、腕を戻したリリアーナが控えた。

「私も行く。護衛だから」

「よかろう」

 アスタルテの魔力を終点として、転移をかけた。右腕がなくとも魔法や左腕があれば戦える。戦力となっても足手纏いにはなるまい。そう考えて飛び込んだ先は、予想通りの戦場だった。

 黒い神の残滓や囮となった欠片を砕くのが面倒になったのだろう。アスタルテの瞳は輝きを増し、赤と金の魔力が全身を覆っていた。ゆらゆらと黒髪が踊り、息が詰まるほどの魔力が満ちる。

「アスタルテ」

「我が君、これから本体を引き摺り出します」

 残忍な吸血鬼の本性を隠さず笑う彼女の口元に、白い牙が覗く。出会った頃の記憶が夢に出たのは、これが原因か。繋がった意識が引き摺られたらしい。肩をすくめ、左腕の爪を伸ばして剣の代わりとする。失った右腕の位置に立つリリアーナが、竜化させた両手で一歩前に出た。

「私が右腕になる」
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