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第10章 覇王を追撃する闇
330.命の法則は常に一方通行だ
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目の前の敵に集中する。
背後の守りは不要だ。呼吸を整え、ゆっくりと心音を押さえた。興奮した神が鱗に守られた尻尾を振り回し、大きな咆哮を放つ。大地は鳴動し、地上は地震となって震えただろう。開いた口に向け、魔法陣を複数展開する。氷を叩きつけて意識を逸らし、獅子と竜の境目に魔法陣を飛ばした。
そのまま距離を詰め、左手に展開し発動直前の魔法陣を叩き込む。爆発音と振動が手のひらに返り、黒竜の革でも防ぎれきない高熱が肌を焼いた。
肉の焼ける不快な臭いが漂い、神の腹に焦げ跡が残る。ぐらりと傾いた神が足を踏ん張り、その勢いで体当たりをかました。咄嗟に避けきれず、全身を岩に叩きつけられる。
くくっと喉が震えた。久しぶりだ、小賢しい手は使えぬな。これほどの敵ならば、きっちり叩きのめさなければ後悔する。その予感に、みしりと骨が軋んだ体でふらりと立ち上がった。
使える手は限られる。神族は魔法による攻撃に耐性があり、堕天してもそれは変わらない特性だった。圧倒的な力でねじ伏せるには、獣の姿を封印した状況は不利だ。両手両足を縛って狩りに挑むような困難さは、逆に気持ちを昂らせた。
愛用の剣を引き寄せ、刃の上に左手を滑らせた。指でなぞった刃がオレの血を纏う。
「っ!」
とっさに動こうとしたリリアーナだが、血の匂いに気づきながら我慢した。ばたんと尻尾が揺れ、抗議するような唸り声が背中に当たる。振り返らず、指先の傷の血を舐めとる。その頃には傷は塞がっていた。
体内に循環する魔力を最大に圧縮し、強化すると同時に身体の治癒力を高める。骨に入ったヒビも痛みも瞬きの間に散った。目を伏せてひとつ深呼吸する。
顔を上げると、後退りつつ反撃の態勢を整える黒い神が睨みつけた。鋭い眼差しは切りつける鋭さを放つのに、彼は小さく震える。その怯えを振り切るように、がああああ! と大きな声で威嚇した。
威嚇する時点で、すでに負けは決まっている。弱者ほどよく吠えるものだ。ぐっと爪に力を入れ、神は一気に飛びかかってきた。距離を詰める蹴りの勢いを利用し、逆の足を振り抜く。物理的な距離は届かないが、空間を裂く音が響いた。
手足の動きに、空間を操る刃を重ねている。戦い慣れた熟練の動きだが、己自身の能力ではないらしい。誰かを飲み込んだ際に読み取った動きと記憶を使い、上手に間合いをとる。
鬼人王やグリュポスの王弟など、様々な戦上手の経験値を取り込んだ黒い神は、詰めた距離を利用して長い爪を振りかざす。上から下ろす動きだが、大振りすぎて簡単に予想がついた。かわすために体を斜めにした直後、己の失態に気付いた。
「っ、リリアーナ!」
体をずらした視界に飛び込んだのは、結界に包んだリリアーナだ。通常なら心配なんてしない。だが結界があることを承知で、神が仕掛ける攻撃が通らない保証はなかった。失えば取り戻しはきかない。命の法則は常に一方通行だ。
刃に流した血に魔力を乗せ、足を踏ん張る。正面から、爪の攻撃を受け止めた。
*******************************************
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